第1話後編 蟹の月の4日午前。《入学式》

 2人の後を追って2階へと上がっていく。




「違うから、本当に違うから!」


「はいはい、分かってますよ」


「何も分かってないでしょー!?」


「大丈夫ですって。料理下手でも料理長さんに教えてもらえばそのうち料理上手になれますって」


「ほら何も分かってないじゃない!」




 ぶんぶんと首を振って違う違うと言い続けるリエット先輩と、まぁまぁと言って慰める……いや、あれ慰めるフリして追い討ちしてんな。しかも素で。もしかしてクレタ先輩の方が天然なのでは?




「うぅ……案内の続きするわよ……」


「はーい。2階に上がってから、右手にあるのが食堂ですね」


「今日は入学式だから休みだけど、基本的に朝食と夕食はここで食べることになるわね」




 紫色の垂れ幕に白文字で【日ノ国】の言葉……たしか、"カンジ"、だっけか?で




 "食"




 と書かれている垂れ幕をくぐると、これまた【日ノ国】の"タタミ"と、"ザブトン"が敷かれた部屋が飛び込んできた。……垂れ幕の字なんて読むんだろう。




「あ、ちなみにここ靴で上がるの禁止だから」


「料理長さんに怒られちゃいますので……」


「文化の違い……。ここだけ【日ノ国】風に作られているのは、先程から話に出てる料理長さんが【日ノ国】の人だからなんですか?」


「【日ノ国】の人……と言いますか……」




 何故か言いにくそうにするクレタ先輩。これだけこだわって作られているんだから【日ノ国】出身の人が特注したとしか考えられないのだけれど……。




「【日ノ国】オタクなのよ。料理長」


「……は?」


「生まれは大国なんだけどね。【日ノ国】に対してやけに思い入れがあるみたいで、この寮を建てる際に自身の仕事場である食堂は【青燕】寮と同じ造りじゃないと仕事をしないって言い張ったみたいで、ここだけこういう風になったらしいわ」




 な、なるほど……。何故かは知らないけど、とてつもなく【日ノ国】に対して強い思い入れがある人なんだということだけはわかった。




「まぁ、結構強烈な性格と言動の人だけど、料理の腕は1級品だし、【日ノ国】大好きだからって【日ノ国】の料理しか作らないって訳では無いわ」


「リエット先輩もよく「もういいでしょその話は!?」




 またリエット先輩がイヤイヤ期に入ってしまった……。まだ2階の設備食堂紹介されたばっかりなんだけど、これ自室に案内されるまでにどのくらい時間かかるんだろう……。




「はいはい!次!次行くわよ!このままじゃ日が暮れるわ!」




 言うやいなやリエット先輩は私の手を掴んで食堂をそそくさと出ていこうとする。急に引っ張られたのでバランスが上手く取れず少しよろめく。というかこの人見た目に反して力強いぞ!?


 半分引き摺られる形で次に連れていかれたのは大量の書類やら本やらまとめて保存されている部屋だった。おそらくだが、資料室だろう。




「ここが資料室ね。と言っても、めぼしいものは学園の地図くらいなのだけと」


「ここも倉庫と同じで全く使いませんね」


「まぁ、ここも探せば何か有用なものが見つかるんじゃない?」




 なるほど。ここも今度じっくり調べてみよう。紙は好きだし。




「後はレイちゃんのお部屋に案内するだけですね」


「そうね。さっきも言ったけど、1年生は3階が割り当てられてるの。あなたの部屋は3階の一番奥の部屋になるわ。部屋番号は16ね。予め鍵は渡しておくから」


「ちなみに洋服とかインテリアとかの荷物は全部運んでおきましたから、後は開封して好きに飾ってくださいね」




 入学前に配送してもらった荷物どこにあるんだろうと思ったらもう運び込んでおいてくれたのね。もしかして本校舎に置きっぱなしでまた取りに戻らないといけないのかと焦ったわ。







 そういや荷物、あれも入ってんのかなぁ……。






━━━━━━━━━━━━━━━






 3階に上がり、部屋へと案内してもらう。1階事に16部屋あり、上から下に行くにつれて部屋の番数は増えるらしい。先程言われた通り私の部屋は3階に上がり、いくつも並ぶ部屋を通り過ぎた最奥にひっそりとあった。


 扉の前に立つとリエット先輩から何かを投げ渡される。反射的に受け取ったそれは"16"と書かれたタグが付けられた鍵だった。



「ここがあなたの部屋ね。ほら、鍵渡すから自分で開けなさい。これから1年過ごす部屋なんだから自分で開ける方が特別感あるでしょ?」




 リエット先輩に急かされるがままに鍵をドアノブに差し込み、回す。ガチャ、という音と共に鍵が解錠され、ドアノブに手をかけ回す。


 白い壁と床に、同じく白いカーテンが付けられた窓が飛び込んでくる。シーツが整えられたベットは新品のようにシワひとつなく伸ばされており、これまた真っ白で清潔さを感じさせる。クローゼットと机は綺麗に磨かれていて窓から差し込む陽の光を反射していた。部屋の端には私の荷物の入れられた鞄が3つほど固まっておいてあり、その3つだけが均等に整えられた部屋の中で異色な存在感を放っていた。




「ここが今日からあなたが1年間過ごすことになる部屋よ。装飾とかインテリアも好きにしていいわ。ただし傷をつけたり、穴を開けたりした場合は自分で直すか、修理費を自腹で切ってもらうことになるからそこら辺気をつけてね」


「むしろ壁とか床に穴開けるような事した人が今までにいたんですか」


「……」


「……」


「2人とも無言になられるとなんかマジっぽいのでやめてくださいよ……」


「悲しい事に本当の事なんですよね……」


「……嫌な、事件だったわ」




 2人揃って顔を顰めてそっぽを向いてしまった。何があったんだ……?




「ま、まぁ!よっぽど暴れでもしない限りは穴が空いたりとかはしないから大丈夫よ!あなたはそういう人じゃなさそうだし!」


「そうですよ!あ、学年が上がる時には荷物とかインテリア類はそのまま次の部屋に持ち込んでもいいので、全然気にしないで好きなように飾り付けてくださいね!」




 なんか凄くわざとらしく話を逸らされた。多分気にしたら負けなんだろうなぁ。




「とりあえず午前中は荷物整理でもしていなさい。午後は学園全体の見学に言ってもいいし、このまま部屋でだらだらと過ごすのもじゆうだから」


「ちなみに寮の門限は午後19時までになってますので、許可証がない限りは外出する際は午後19時までに帰ってきてくださいね」


「分かりました。あ、ちなみに今日の夕食って……」


「安心しなさい。今日は私とクレタが作るから」


「楽しみにしてくださいね」




 そんじゃ、また後でねー、と言い残し2人は立ち去っていった。さて、とりあえず鞄を開けるか。


 部屋の隅に固められた鞄のひとつを手に取り、開ける。衣服類だったのでクローゼットを開いて適当に放り込んでいく。私の服のほとんどは友人達が買ってくれたものだ。正直私自身あまりこういうお洒落に関心がないので、何がいいのかよく分からないが友人達が満足気にしていたので着るようにしたものが大半だ。


 2つ目の鞄は家の自室から持ってきたぬいぐるみや砂時計などの小物類だ。ぬいぐるみも友人達がくれたもので、この砂時計は友人達と一緒にお揃いで作ったものだ。それぞれの好きな物をかたどった装飾を飾り付けてあり、私は三日月をかたどった物を付けた。


 最後の鞄を開き、その中身を確認する。やっぱりあるか。





 ……。





 しばし悩んだ後、鞄を閉めてベットの下に押し込んだ。これは絶対に使わないし、出すことも無い。少なくとも、今の私はこれを見たくもない。




 ベットに大の字で寝転び、ぬいぐるみを抱き締めながらこれからどうするかを考える。学園の設備について把握しきれてないしまだ学園で学ぶ事が出来る【戦闘科】、【魔術科】、【技術科】、【教養科】の4学科の詳細も詳しく知らないしどこでどれが学べるのかも分からないのでそれらを聞かないといけない。それ以外にも私以外の1年生をまだ見かけていないので、それについても先輩に聞かないと……。


 ……あと、商業施設もあるらしいし……そっちも……







 …………ねむ………………。






 ………………。







 ……………。







 ………。







 …。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る