第1話中編 蟹の月の4日午前。《入学式》

「着いたぞ、ここが【灰雀】寮だ」


「思いのほか普通の見た目ですね」


「その感想に答えよう。他の寮ほど見た目に拘ってないのが特徴だ」


「それ特徴って言えるんですか……?」




 


 実際、15分ほど歩いてようやくその姿を現した【灰雀】寮の見た目は至って平凡だった。どこにでもある少し大きめの建物と言った感じで、特段これといった特徴もない。と言っても他の寮を見た事がないから比較対象もないのだが。






「他の寮もこんな感じなんですか?」


「その疑問に答えよう。【白鷹】寮はこれの2倍近い大きさをしており、手帳に書いてあったように貴族棟と平民棟で分けられている。【黒鷲】寮は見た目は同じだが、内装が大幅に改装されている。【青燕】寮は【日ノ国】独自の建築法で建てられており、見た目も内装も何もかもが違う。【赤鴉】寮は屋敷に加え、工場も隣接しているため全寮の中で最も敷地面積が広いだろう」


「尚更地味に見えてくるなここ……」


「機会があれば他の寮の見学をしてみるのもいいだろう」






 機会があればですけどね、と返しながら寮の扉を開け……なんか、中から言い争う声が聞こえてくるんですけど……?


 困惑し手を止めると「どうした」と行って先生が扉を開ける。今更だけどこの人名前なんていうんだろう。






「やはりドワーフは傲慢かつ強欲でいけないな。地精の加護を受けているからって自分が偉い存在であると勘違いして自分たち以外の種族を見下している。1度生まれるところから始め直したらどうだ?」


「エルフが偉そうに言うことじゃないでしょ!?あんた達も似たような存在じゃない、というか見下してんのはどっちよ!」


「まぁまぁ……そこら辺で落ち着こう?」




 銀髪にとんがった耳をした男性……エルフと、茶髪で小柄な女性……ドワーフが言い争いをしていたようだ。真ん中にいる少女が止めようとしていたようだが、2人とも耳に入っていないのかヒートアップしている。会話を聞いた限りだとどっちもどっちとしか思えないんだが。






「鎮まりたまえ」






 先生が杖で床を叩き鳴らす。ピタリ、と言い争っていた2人が止まり、こちらを見る。






「彼女が先んじて連絡した【灰雀】寮の新入生だ。寮のルールや設備案内などをするように。以上だ」






 言うやいなや先生は杖をつきながら扉を開け、出ていく。その杖どこから出したんだろう。というか丸投げですか。






「あなたが例の新入生ね。私は『リエット・ノーム』、誇り高いドワーフよ!ここ、【灰雀】寮の3年生でもあるわ。ここに来るまでに先生からある程度話は聞いたろうけど、念の為寮の説明をさせてもらうわね」






 先程のドワーフの女性が話しかけてくれた。先に自己紹介を聞いていればいい人で終わったんだろうけど、さっきの言い争いのイメージが凄い……。






「ふん……くだらん。俺は部屋に戻らせてもらう」


「あっ、こらロウ!自己紹介くらいしていったらどうなの!?」


「なんで俺がお前の指示に従わねばならんのだ。知らん」


「ちょっと、ロウさん!」






 何か知らんがエルフの人には物凄く嫌われてるな私。茶髪の女の子が呼び止めようとしてくれたが我関せずと階段を上がって行ってしまった。肩を落としながら女の子が近寄ってくる。






「これだからエルフは……ごめんね、あいつは『ロウ・シルフ』。一応あいつも【灰雀】寮の3年生ね。んで、この子が」


「『クレタ・ロッソ』です。【灰雀】寮の2年生になります。あの……ごめんなさい、初日から見苦しい所ばっかり見せてしまって…」


「誰が見苦しいって〜?」


「あうぅ、ごめんなさい……」






 ……なんか、この寮内の力量関係が垣間見えた気がする。






「えっと……『レイ・S』です。苗字はちょっと……」


「あぁ、大丈夫よ。そこら辺の事情はちゃんと聞いてるし、私達も最大限フォローさせてもらうから。あのエルフ野郎は知んないけどね」


「レイちゃん以外にもこの寮にいる人はみんな何らかの事情持ちですから、気にしないでくださいね」


「……クレタ、あんたその言い方は尚更気にしちゃうでしょうが」


「あぅ……ごめんなさい……」


「あ、あはは……」












 なんというかもう、苦笑いしか出ない。







━━━━━━━━━━━━━━━






「とりあえず、寮の設備を紹介していくわね」


「まずは一階からですね」


「まず私達がいるここ!ここはロビーよ。基本的に外出する際と寮に帰宅する時はロビーの名簿に名前と記入時間を書いて行くのが原則よ」


「それ以外では基本的に談話室代わりですね。ソファや机はありますからここでお菓子を食べながら話したり、勉強会を開いたりしてますね」


「あとはまぁ、掲示板も置いてあるから緊急の連絡とかはここに書いておくと良いかもね」




 まぁ、割と見たまんまである。暖炉が置いてあるため冬場はあれをつけて暖を取るのだろう。また、先程クレタ先輩が言ったように机の上にはクッキーやビスケットが盛り付けられた皿が置いてあり、その横には魔法瓶とティーポット、カップが並べられているため紅茶も飲めるようだ。至れり尽くせりとはこの事。


 また、リエット先輩が指差した掲示板はそれなりの大きさのもので、まばらにメモ用紙が貼られている。後で見てみようかな。




「んで、階段下は倉庫。まぁ、粗大ゴミを適当に放り込んだだけって感じなんだけど」


「私達が入学する前からずっと色んなものが押し込まれてますから、もしかしたら思わぬお宝があるかもしれませんね」


「まず掃除すんのが面倒なんだけど……」


「楽しいじゃないですかお掃除!」


「あぁ、うん……」




 ふむふむ、リエット先輩は掃除嫌いで、クレタ先輩は逆にお掃除大好き、と。性格が分かりやすいなぁ。




「部屋分けってどうなっているんですか?」


「1階が5年生と4年生の部屋ですね。2階は3年と2年で、3階が1年生になっています。部屋は後で案内してあげますね」


「まぁ、【灰雀】寮自体所属人数が少ないからね。他の寮だったら1学年1階ってなっているんだけど」


「【白鷹】寮とか凄いですよね。食堂や談話室とかの設備が1階1階個別に作られてますし。しかも宝石とか使ってふんだんに飾り付けられてますし」


「成金趣味よねぇ……うちは食堂は2階だけで全学年共有の場所になってるし」


「でも、先輩方や後輩ちゃん達と食べるのは楽しいですよ?」


「否定はしないわ。あいつがいなければ、だけど」




 わぁ、会ったばっかりなのにもう誰の事指してるのか察せてしまう。




「まぁ、あんなやつのことはどうでもいいのよ。左の廊下を真っ直ぐ行った突き当たりにあるのが寮長室。【灰雀】寮の担当寮長はさっきあなたを案内してくれた『アザム・アリスト』先生」


「アザム先生って言うんだ……」


「……もしかして名前教えてて貰ってなかった?」


「今初めて知りました」


「アザム先生はちょっと天然さんですから……」


「天然……天然?」




 ちょっと何言ってるかよくわからないです。天然とは一体……?




「まぁ、とにかく寮内での生活とか何らかの問題が発生した時はアザム先生に言えばいいから。ちなみに長期休暇とかはともかく、平時に寮外で寝泊まりする際は長期外出許可証がいるんだけど、これもアザム先生に言えば貰えるから」


「ただし、単位を取得していれば、ですけどね」


「という事は、ここの生徒って全員入寮する事になってるんですか?」


「3年生からは下宿に移ってもいいのよ。ただまぁ、私はめんどくさいからここに残ってるってだけで」


「先輩、料理できませんもんね……」


「うっさい、料理なんて肉焼いて適当に塩振ればそれで充分でしょ」


「でもこの前先輩料理長に教え「わー!わー!次行くわよ!」




 耳を真っ赤にしてリエット先輩が2階の階段をそそくさと上がっていく。クレタ先輩はにこにこと微笑みながらそれを見ると、私達も行きましょうかと言ってリエット先輩の後を追っかけて行った。


 なんというか、リエット先輩……分かりやすいなぁ。

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