睡眠

 片手で干し肉を食べつつ筵の上で荷袋をひっくり返すと、買った覚えのない物が次々と転がり出て来た。行く先々で物をもらってしまったせいで、買った物以上に貰い物が多い。

 ひとまず買った服を広げて彼に見せる。

「これ、君の服」

 異なものを見るような目で見られた。

「何のために……」

「気分転換になるかと思って? ま、要らないかも知れないけど。好きにしなよ」

 コウモリは地面に散らばった布を足で恐る恐る踏んづけている。踏むなよ、と声をかけつつ、品々を選り分ける。

「あとは……新しい編み方とか材料とか柄とか、試してみてくれって色々と、くれた。私には違いなんて分からないんだけど。コウモリには分かる?」

「ふわふわだな。こっちはつるつるだ」

「そうねー……」

 反物の他には、細々とした小物。見習いの習作や新商品の試作品、単なる失敗作。捨てるのも惜しいが売りには出せないからと押し付けられた。

 巾着や袋ならばまだ日用品として使いようがあるが、布細工をつけた簪や胸飾りとなると、どうしようもない。

「この辺は燃やすか」

 これらをくれた人々は、リンネに渡した時点で目的を果たしている。目の前で捨てるのでもなければ、あとはどうしようと文句は言わないだろう。しかし、コウモリが反駁する。

「お前、こんなかわいいものを燃やすなんて、悪魔か!」

「使えないものは捨てるしかないし。コウモリ、つける?」

「何故我。お前がつければ良かろう」

「うーん……」

 見せたい相手がいたならつけたかも知れないけれど、と口に出すのは憚られた。苦笑いして口を濁せばコウモリは「お前程の年頃の娘は、こういうのが好きだろう?」と。

 ますます苦笑が深くなる。

 ふと彼が手を伸ばし、簪を手に取った。リンネはコウモリとの会話を切り上げ、彼に声をかける。

「長い時なら君でも使えただろうけど」

「使わない。……これは人の手で?」

 改めてリンネも布細工を見やった。繊細な意匠を凝らした小物に、遊び心のある細工。中には技術的に拙い物も混ざっているものの、その拙い物であってもリンネには作れない。同じ人間にこんな物が作れるのかと驚かされる。

「一部は魔術を使っている物もあるようだけれど、大抵は手細工だろう」

「ほう……」

 彼は興味深そうに簪を矯めつ眇めつした。

 それを見て、まだ見せていない物があるのを思い出した。

「そう言えば、君の暇潰しになるかと思って、端切れをもらってきたんだった。どこかに転がって――あぁ、それだ。コウモリの左手側にある束」

「ヴァン」

 彼は端切れの束をコウモリに取って来させて、筵の上に広げた。

「ま、これだけ色々あったら、そんな端切れなんか使いようないけど。それも一応あげるよ」

 元はと言えば、せめてもの退屈しのぎになればともらって来たのだ。

「他の布なんかも自由に使ってくれていい。私は布細工なんてやらないから。針や糸も適当に使っていいし。刺さないように気を付けなよ」

「お前は魔王様を幼子だとでも思ってるのか」

「あぁ、ごめん。ともかく、そういうことで。興味なければ燃料にすればいいから」

 リンネが言い終わると、彼は簪の先をコウモリに向け、指示棒のように使って、布や糸を自分の周囲にかき集めさせた。

 その日から、彼は小刀ではなく、針を持つようになった。

 最初は布と布とをただ縫い合わせているだけだった。それでも相当に苦労して、針を折ったり指に刺したりしていた。

 しかし、それもあっという間に上達してしまって、リンネがふと気づいた時には、どういう組み立て方がされているか分かりやすい拙い習作を手本にして、細工を作り始めていた。

 数週間もすると、ぽとりと見慣れない花がいくつか地面に落ちていた。

 拾い上げてみれば、花弁の一枚一枚が布で出来ている。

「君、すごいな」

「……」

 リンネは拾い上げた花をもう一度よく見て、少し心が浮き立つのを感じた。

「これ、欲しいな。もらっていい?」

 彼は顔を上げた。

「駄目?」

「……好きにしろ」

「どうも」

 少し考えた末に、戸棚の隅に置く。

「さすがに師匠はここには呼べないけど、教本でも買って来ようか?」

「いい。余技だ」

 余技にしては熱心なように見えていたが、思えばただ小刀で枝を削るだけの時も真面目にやっていた。性分なのだろうと納得する。

「ま、何か欲しいのがあったら言ってよ」

 無言で彼は目を落とし、布に糸を通していく。

 こういう時に「言わなくても察しろ!」とでも言いそうなコウモリが何も言わない。そもそも今日は声をまだ聞いてないと不思議に思い、辺りを見回すと、くしゃくしゃの布を枕にして眠っているのが見つかった。手触りがいいと気に入っていた布だ。

「……君の部下、気を抜き過ぎじゃないか?」

 呆れて言うと、彼の微かな笑い声がした。

「居心地が良いんだろう」

 笑い声を、初めて聞いた。

 数拍遅れて絞り出すような相槌を打った。彼が何も言わなかったので、会話はそこで終わる。少し顔をしかめてしまった。

 コウモリの寝息が静かな洞窟に降り積もる。

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