第8話 一人ぼっちの令嬢その2
未菜瀬の尾行は日向に発見されあっさり終了した。
が、未菜瀬の目的は尾行ではない。目の前の幼馴染と再会して今後も友人として、あわよくば親友になることが目的なのだ。
なんだか足が震えますわね……。
今のところ未菜瀬はただの不審者だ。そして日向が未菜瀬のことを覚えている確証なんて何もない。
未菜瀬は少し緊張しながらも日向に話しかけてみることにした。
「お、お久しぶりですわ……。以前お会いしたときは廣神日向さんというお名前でいらっしゃったわね」
すると日向は少し驚いような表情をした。
あ、あれ? 人違いですの?
と、ここにきて一瞬心配になった。が、その一瞬の心配は杞憂に終わる。
「久しぶりだね未菜瀬ちゃん」
と、彼女が言うので日向もまた自分のことを覚えていたと確信して少し嬉しくなった。
嬉しくなった未菜瀬は日向に饅頭を上げた。日向が『桜井まんじゅう』を食べて、笑顔になってくれるのを想像すると、なんだか失われた時間を埋めてくれるような気がして嬉しかった。
結局、未菜瀬は日向に家に誘われ、彼女と一緒にお茶をすることになった。
久々の再会だというのに家にまで招待してくれるとは思っていなかっただけに未菜瀬は、彼女がまた自分と友達になってくれるのだと思い心が躍る。
嬉しいですわ。また幼い頃のように日向さんと一緒に遊びたいですわ。
などと考えながら日向の後をついていく未菜瀬。が、日向の自宅へと近づいていくにつれて、日向の口数が徐々に少なくなっていくのに未菜瀬は気がつく。
「そ、そういえば日向さんは、熊谷さんとはお知り合いですの?」
会話が続かなくなっていき、少し不安に思っていた未菜瀬は熊谷一二巳のことを話題にあげた。
きっと日向も熊谷一二巳と以前にパーティなどで顔を合わせたことがあるはずである。共通の知り合いがいるとなると、そこから話題を広げられると未菜瀬は思ったのだ。
が、そんな未菜瀬の問いに日向は足を止めると、なにやら怪訝な表情を浮かべる。
「ど、どうかいたしましたの?」
そう尋ねると日向は不意にはっとしたように目を見開くと「う、ううん、なんでもないよ」と笑みを浮かべた。
そんな日向の表情に未菜瀬は首を傾げる。
あ、あれ……私、何か聞いてはいけないことを聞いてしまいました?
なんだかさっきから日向は熊谷一二巳のことを聞くたびにこんな表情を浮かべるような気がする。
どうしてそんな顔をするのだろうか。未菜瀬はあまり出来のよくない頭で考えた。
その結果。
そ、そうですわっ!! きっと日向さんは熊谷さんとお付き合いをされているのですわっ!!
それが未菜瀬のたどり着いた答えだった。だとしたら日向がこの平凡な高校にわざわざ転校してきたのにも頷ける。普通に考えれば、あの家庭に育った少女がこの高校に転校してくるのは考えづらい。となると、わざわざこの高校に転校してくるだけの理由があるということだ。
その理由が未菜瀬ではないのだとしたら、考えられるのは熊谷一二巳だけだ。彼がこの高校に通っている理由はわからないが、もしも彼と日向が交際しているのであれば、彼との時間を長くするために彼女が転校してくるのは不思議ではない。それに相手は熊谷一二巳なのだ。熊谷一二巳との交際を円滑にするために彼女の家族が彼女をこの高校へと転校させるのも、今後のことを考えれば不思議ではない。
きっと彼女は熊谷一二巳と交際していることに照れているのだろう。
そう考えると、その恥ずかしがり屋の幼馴染が未菜瀬には可愛く見えてきた。
水臭いですわね。ですが日向さん、ご安心ください。私は日向さんと熊谷さんとの交際を邪魔するような真似はしませんわ。
未菜瀬は心の中でそう彼女に言って屈託のない笑みを浮かべた。
それからもあまり会話は続くことなく、日向はとあるアパートの前で足を止めた。
「ここが私の家だよ……」
そう言ってアパートを指さす日向。アパートを見上げた未菜瀬は少なからず驚いた。
こ、ここが日向さんのご自宅ですの?
正直なところ廣神日向という令嬢が一人暮らしをするにはあまりにもおんぼろなアパートだった。
どうしてこんなところで一人暮らしをしているのだろう? 熊谷一二巳と交際するために一人暮らしを始めたのは理解できる。が、わざわざこんなおんぼろアパートで生活をするメリットが未菜瀬には理解できなかった。
正直なところコメントに困った。が、下手なことを口にしたら彼女の住むアパートを馬鹿にするように聞こえてしまうような気がしたので未菜瀬は言葉を選ぶ。
「日向さんはご立派ですわ。炊事洗濯をこなして学業にまで勤しまれるなんて、未熟な私にはできないですわ」
そう言うと日向は目を見開いた。
わ、私、また変なことを口にしてしまいましたのっ!?
と、そんな日向に内心ヒヤヒヤだったが日向はすぐに笑みに戻ると「二階だよ」と自分の部屋を案内してくれた。
彼女はポケットからカギを取り出すと、立てつけの悪そうなドアを開いた。
開いたドアから中に広がる部屋を見た瞬間、未菜瀬は目を丸くした。
な、なんですの……この部屋は……。
まず驚いたのは玄関。玄関には日向の物であろう靴と一緒に、明らかに日向の足には合わなさそうなスニーカーが置かれている。それは明らかに男物だった。
ど、どうして日向さんの家に男物の履物なんてありますの……。
が、驚いたのはそれだけじゃない。お世辞にも広いとは言えないその部屋はドアを開けただけで、そのほぼ全てを見渡すことができた。カーテンレールに掛けられたTシャツは明らかに日向にはサイズが大きいし、壁にはバスケットボール選手のポスターが貼られている。
その部屋はどこからどう見ても、男の人が住んでいる部屋だった。
そのことに気がついた瞬間、未菜瀬は胸がどきどきしてきた。
ま、まさか、日向さんはすでに熊谷さんと同棲をされていますのっ!? こ、こんな狭い部屋で若い男と女が同棲をされていますのっ!?
男というものを知らない未菜瀬にとって、この光景はあまりにも刺激的すぎた。未菜瀬はこの狭い部屋で日向と一二巳が生活する姿を想像して思わず頬が熱くなる。
もちろん、この狭い部屋で二人が生活をするとなると、着替えたり風呂に入る姿も相手に見られる可能性がある。未菜瀬は年の近い男にそんな姿を見られるのを想像して、なんだかそわそわした。
な、なんだか、えっちですわ……。
なんというかこの部屋は未菜瀬にはあまりにも刺激が強く、生々しかった。が、日向にはもはや見慣れた光景のようで、彼女は何食わぬ様子で靴を脱ぐと先に部屋を上がり未菜瀬を見やると「狭い部屋だけど、どうぞ」と未菜瀬に部屋にあがるよう促した。
未菜瀬はすっかり動揺した様子で部屋に上がると、日向に促されてちゃぶ台の前に腰を下ろした。すると日向は「着替えてくるね」と言って風呂場に繋がる脱衣所のようなところへと入っていき、未菜瀬は一人残される。
「…………」
が、未菜瀬はすっかり借りてきた猫のように縮こまってしまう。彼女はその生活感漂う生生しい部屋を眺めていたが、ふと本棚に目がいった。そこには六法全書と参考書、そして、一二巳の物なのだろうか漫画が何冊か並んでいる。が、彼女の目がいったのはその隅に置かれた料理の本だった。
きっとこれは日向の物だろう。
未菜瀬はふと立ち上がると本棚へと歩いていき、料理本を手に取った。
どうやら日向は日本料理の勉強をしているらしい。さすがは日向だ。料理なんてしたことがない未菜瀬にとって、本を読んで料理の勉強をする日向は大人びて感じられた。
いつかは私も日向さんから料理の手ほどきを受けたいですわ。
などと考えながら、ふと料理本をパラパラと捲った。
のだが……。
「はわわっ!?」
その中に記されていたのは料理の作り方……ではなかった。料理……というよりは子供の作り方。
な、なんですのっ!? これは……。
それは未菜瀬が見たこともないようなえっちな漫画。メイドらしき女性が、主人と破廉恥なことをしている姿が事細かく描写されている。未菜瀬はそのあまりにも刺激の強い書物に思わず眩暈がした。
ど、どうして料理本にこんなことがしるされてますのっ!?
頬が熱くなるのを感じた。未菜瀬はそのあまりにも刺激的な内容に目を背けたくなった。
が、漫画本から顔を背けた未菜瀬の視線の先に映ったのは、日向の姿だった。
「未菜瀬ちゃん、何やってるの?」
彼女は何やら冷め切った目で未菜瀬を見つめていた。その表情に未菜瀬は凍りついた。が、それ以上に驚いたのは彼女が何故かメイドが着る服を身につけていたことだった。
「日向さん、これはどういうことですの?」
「見たままの通りだよ。未菜瀬ちゃんが考えてる通り」
わ、私が考えていた通りですの⁉︎
未菜瀬が考えていたこと。それは一二巳と日向が恋を成就させて同棲していること。そして、一二巳があんな破廉恥な本を読んでいること。
その結果、一二巳が自らの変態性を日向に強要していること。
未菜瀬は自らの体がぶるぶると震えるのを感じた。
ひ、日向さんがこのようなことを熊谷さんから……。
「未菜瀬ちゃん、ちょっと二人でお話しようよ」
そう言うと日向は不気味なほどに屈託のない笑みを浮かべると、未菜瀬に座るよう促した。
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