第7話 一人ぼっちの令嬢その1
ど、どうして、こんなことになってますの……。
桜井未菜瀬は自分のおかれた状況が理解できていなかった。昼休み、いつもならば彼女の机の周りには多くの生徒が取り囲んでいるはずだった。だが、今日は違う。
どうして私のもとに誰もやって来ませんの……。
一時間目、二時間目、三時間目の後の休み時間、彼女は辛抱強く、彼女のもとにクラスメイト達がやってくるのを机に座って待っていた。
が、誰一人として彼女の机にやってこない。
『え? 桜井さんの家ってお手伝いさんがいるのっ!?』
『桜井さん羨ましいな……。私もパーティに参加してみたい』
『桜井さんの髪って、本当にお人形さんみたいに綺麗だね』
などなどいつもは彼女の周りに集まって、彼女のことを褒めてくれる女子生徒たちが誰一人として彼女の机にやってこないのだ。
ならば彼女たちはいったいどこに行ったのか?
それは……。
「柊木さん、今日の放課後一緒にプリ撮りに行こうよっ!!」
「え? 柊木さんって先週引っ越してきたばかりなの? なら今度、街を案内してあげるね」
いつもならば未菜瀬の机に集まる女子生徒たちは、こぞって転校してきた柊木日向のもとへと群がっていた。もちろん、皆が転校生に興味を持つ気持ちはわかるし、未菜瀬の目から見ても柊木日向という転校生は可愛い。
だけど、こんなにも誰も話しかけてこないなんてことありますの?
は、早く話しかけてくださらないとお饅頭の味が落ちてしまいますわ……。
彼女は鞄に目をやった。いつもならばすぐになくなってしまう自慢の饅頭が今日は一つも減っていない。彼女の父親にみんなが喜んでくれるからと分けてもらった饅頭。このままだと渡す機会もない上に、彼女の小さな体では全部食べきることも出来ない。
パパ、ごめんなさいですわ……。
よくよく考えてみれば、今日はクラスメイトの誰一人とも会話をしていない。それにいつもなら感じる男子生徒の視線も感じない。
彼女は母親から貰ったブロンドの髪とコバルトブルーの瞳に自信を持っていた。あんなに綺麗な母親から貰ったものだから、きっとクラスメイト達は私に夢中だと思っていたし、現に昨日までは男子生徒たちの熱い視線を何度も感じた。が、今日はその熱い視線は彼女にではなく、転校生、柊木日向に向けられていた。
艶やかな黒髪と黒い瞳。
今日は転校生の持つ、極々日本的な容姿が少し羨ましかったし、みんなと違う色の髪や瞳が少し恥ずかしかった。
※ ※ ※
結局、放課後を迎えるまでに彼女に話しかけてきた生徒は熊谷一二巳という男子生徒一人だけだった。彼は未菜瀬の持ってきた饅頭を美味しそうに食べてくれた。それは嬉しかったが、なんだか彼に情けを掛けられているような気がして少し惨めになった。
そもそもどうして熊谷さんはこんな平凡な高校に通っていらっしゃるの?
と、未菜瀬は思う。彼女の記憶が正しければ彼の父親が経営する会社は『桜井まんじゅう』をもってしても足元にも及ばないぐらいの巨大な企業なのだ。普通ならば名門と呼ばれる私立高校に通って、若いうちからコネを作ったりするものだ。
が、それを言えば未菜瀬もまたそうだ。
彼女は元々名門と呼ばれるお嬢様学校に進学するつもりだった。中学の頃はいくつもの学園のパンフレットを取り寄せてはお上品な学生生活に憧れたものだ。
が、いざ受験になったとき、父親は彼女の志望する高校への受験を却下して、この平凡な高校への進学を彼女に迫った。
『ど、どうしてですのっ!? 私は『桜井まんじゅう』のたった一人の令嬢ですわ。こんな高校では私の満足のいく学園生活は送れませんわっ!!』
と、当時すっかりお嬢様学校に進学するつもりでいた彼女は、目を真っ赤にして父に抗議をした。が、そんな彼女への父親の返答はげんこつだった。
『い、痛いですわっ!!』
『バカ野郎っ!! お前はこの家が何を売っているのか理解してんのかっ!!』
『お、お饅頭ですわ……』
『そうだ。うちが売ってるのは饅頭だ。饅頭は金持ちが食うような贅沢品じゃない。お前が見なきゃいけないのは、普通に暮らしている普通の人たちが、饅頭を食べて浮かべてくださる笑顔だろっ!! 少なくとも親の力を自分の力だと勘違いして鼻を高くしているようなどら娘じゃねえっ!!』
『で、ですが……』
『ですがもクソもねえ。いくら会社が大きくなっても見るべきなのは金持ちじゃねえ。そのことを肝に命じろっ』
と、言われて未菜瀬は普通の高校に進学することになった。正直なところ、この高校は自分のいるべき場所じゃないと思った。だけど、いざ入学してみると周りのクラスメイトは自分にちやほやしてくれるし、饅頭をあげると嬉しそうに食べてくれた。
気がつくと彼女の周りには生徒たちで溢れていた。だから、彼女はこの学校では人気者だと思い込んでいた。
のだが、
私が間違えていましたわ……。
彼女はちやほやされすぎて付けあがった。自分の自慢話を周りは喜んで聞いていると思っていた。だけど、実際には違ったのだ。みんな自分に話を合わせていただけで、私の話に興味があったわけじゃなかった。男子生徒から人気のあった彼女の周りにいれば自分たちも男子から注目されるという打算に利用されただけだったのだ。
そのことを今日一日過ごして痛いほど理解した。
今ならパパの言葉の意味が少し理解できますわ……。ごめんなさい。パパ……。
放課後、彼女は余った饅頭でいっぱいのカバンを掴むととぼとぼと教室を後にする。もちろん、そんな彼女に遊びに行こうと誘うクラスメイトなんていない。
立った一人で校門を抜けるとふと視線の先に一人の女子生徒の姿を見つけた。
柊木さん……ですわね……。
彼女もまた未菜瀬同様に一人で下校しているようだった。昼休みにはクラスメイト達からしきりに遊びに誘われていた彼女だったから、彼女が一人で歩いていることに少し違和感があった。
そ、それにしても可愛い顔をしていますわね……。
さすがは自分から男子生徒の視線を全て奪い取るだけのことはある。こんなに可愛い女の子を見たのは久しぶりである。少なくとも彼女が危機感を覚えるほどの美貌の持ち主なんてもう何年も見ていない。
そういえば日向さんも、可愛い顔をしておられましたわね……。
と、彼女はかつての幼馴染の顔を思い浮かべる。
が、未菜瀬が成長するにつれて日向と会う機会は減り、いつの間にか疎遠になっていた。
そうそう日向さんも、あんな風に綺麗な黒い髪を持っていてそれが羨ましかったのは覚えてますわ。それに瞳もあんな風に黒くて……って、あれ?
と、そこで彼女はふと違和感に気がついた。
なんかあのお方、やけに日向さんに似ておられる気が……。
というよりはまんまである。そこで未菜瀬は彼女が自分の幼馴染と同じ、日向という名前だということをふと思い出す。
あ、あれってもしや日向さんなのでは……。
が、普通に考えて大手製菓会社の社長令嬢がこんな平凡な高校に通っているなんて考えづらい。普通ならばそれ相応の高校に進学して高貴な学園生活を送っているはずだ。
他人の空似なのだろうか。それに彼女は日向の幼馴染とはいえ、彼女と最後に会ったのは何年も前だ。容姿だってきっと変わっているに違いない。
が、見れば見るほど彼女は廣神日向によく似ていた。
気がつくと彼女は下校している日向の後を追うように歩いていた。
もしもあの子が廣神日向だとしたらこんなに嬉しいことはない。
未菜瀬は日向に会いたくて仕方がなかったのだ。未菜瀬は過去に何度も父親に日向と会いたいと訴えていたのだが、父親は曖昧な返事をするだけで一向に合わせてくれなかった。それに彼女は日向がなんという会社の令嬢なのかを知らなかった。仲良くなれば友人の親がどこの会社の社長かなんて興味がない。
日向さんは私のことを覚えてくださっているでしょうか? できることならまた仲良くしたいですわ……。
突然現れた幼馴染の存在に未菜瀬は胸が躍るとともに、少し不安もあった。だから、なかなか声がかけられないでいた。そうこうしているうちに未菜瀬は完全に日向を尾行する不審者になっていた。
声を掛けるわけでもなく彼女を尾行する未菜瀬。幸いなことに彼女は未菜瀬の尾行に気がついていないようだった。
と、少なくとも未菜瀬は思っていたのだが。
不意に彼女が足を止めて後ろを振り返るものだから未菜瀬はびっくりして思わず「はわわっ」と電柱に隠れてしまった。
ど、どうして、私……隠れてますの?
などと考えながら電柱の陰からかつての幼馴染の様子をうかがう。
すると、
「桜井さん?」
彼女は未菜瀬の隠れる電柱に向かって声を掛けてきた。
どうやらバレていたようだ。
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