第2話 労働者アラン・クラウス



執務室にも工場の雑音が当たり前のように響き、政治・経済を討論のラジオが爆音で流れている。

キアステンが廊下で歩いていると、蹴られてバウンドした扉がけたたましい音を立てた。

ちょうど話が終わったのか、激怒したり呆れている取締役たちが入れ替わりで去っていった。


その中で、ヒゲを蓄えた気難しい父が、複数の取締役たちの激論に顔をしかめつつ耳を傾けている。

机の上にあるサボテンのように刺さったタバコの吸い殻は、大金持ちの資本者階級には思えない。


「お父様」

「なんだ、こちとら問題が山積みなんだ。追加注文はしてないぞ。」

「・・・・」


大きなため息をつき、咳を数回すると、戸棚から蒸留酒を取り出す。


「しかしお互い、ツキがないな」


屈辱的な噂ほど広まるのは早い。


「そんな、お父様ほどではないですわ」

「まさか。ママに捨てられたんだから、お前の苦しみは手に取るようにわかる」


くだらない冗談で緊張がほぐれ、お互い「へへへへへ」と肩を揺らしながら笑う。父は精霊の力で洗面器に新鮮なミニチュア氷山を作ると、アイスピックでザクザクと切り始めた。


「丸い氷を作ればいいのに」

「この方が水に接する面が増えて、うまい具に溶ける」

「・・・・ほんと、便利そうだねぇ、精霊」


このアイゼンシュタットにおいて、精霊の力は本人の実力といえる。強力な精霊が宿っていれば、比例して尊敬され、身分など覆すほどの高い社会的地位を得ることがある。

アリシアが聖女として奉られる所以もそこにある。なぜなら、”癒しの精霊”はこの国において一人もいない。

精霊なしの身は、あまりにも肩身が狭い。


「便利とかモノ扱いすんじゃないよ。わしの生まれついてからの”見えざる相棒”だぞ。」

「ご、ごめん。きっとその辺がダメなのかな、わたし。」

「なあに、自信をなくすな。お前の豪胆さと謙虚さは経営者に向いてるよ」

「でも、あたしは精霊・・・ほしかった」

「人間の価値は精霊なんかじゃ決まらん。容姿とか、頭の良さと同じだ。最初から下駄履かせられてても、後から磨こうとしなけりゃ何も変わらん。

精霊だって修行をやめれば声すら聞こえなくなるし、みんなジジババになって、ボケて醜くなるのと一緒。

人の価値は心意気だよ。」


グイッと飲んで、自分の氷のうまさに舌を鳴らす。まるで、自身の精霊に感謝するように。


「パパは短足だから、キアステンの長い足が羨ましくてたまらんけどな」


私はかしこまったお父様より、くだらない冗談を口にする”お父さん”の方が好きだ。

終業のチャイムがなり、工場で従業員が去っていくのを見た。

父が外にいる誰かに気づく。


「なんだ、見てないで入ってこい。」

「いや、家族水入らずのなかですので…」

「水臭いなぁ、お前だって家族だろう!」


照れながら入ってくる若い男性。20代前半くらいだろう。とても仲がいいようで、父は彼と肩を組んだ。


「・・・・あなたは」


その顔と背格好を見て、私は強い衝撃を受けた。

勤務時間後なので汚くヨレヨレではあるが、赤茶色の明るめの瞳で、笑顔が可愛らしい青年だった。一方的に知っている。そう、プレイヤーとして。


「えっと、たしか従業員の…」

「そう!13の頃からうちで働いてる、パパの弟子であり義理の息子よ。ほら、挨拶挨拶!」


父親に気圧され恥ずかしそうに前に出る。


「うっす、アラン・クラウスです。」


予感は確信に変わった。2次元が3次元になり、息をして汗をかきながら、実物見を帯びて目の前に立っている。例えるなら、平面で表現されていた時の解像度が一気に上がった感じだ。

チッ、アリシアの攻略対象キャラね。


確か彼も庶民生まれで、火の精霊を持っているはずだ。

物語では、苦労人ながらも、勤勉に働いた末に資産者階級に上り詰めた彼は、社交界に入り込むことに成功する。やがて聖女アリシアと出会うのだ。

・・・私はここにきて、一貫して攻略キャラとの関わりをなくそうと努力してきたが。まさか、うちの従業員だなんて思いもよらなかった。


「おいおいアラン!なんだよその態度は!前から紹介しろとうるさかったくせに!」

「ちょ、なんスか社長!そんなこと目の前で言わないでくださいよ!!」

「キアステンのことは一方的に知ってるから、もういいな!ほら、仕事上がりに一杯やってけ!」

「いやいや、酔っ払って帰ったらうちの爺さんと婆さんにキレられますって!」

「ワシが作った氷は飲みたくないという口実かぁ〜?」


なかなか見たことがない父の表情から、男同士ならではの距離感を感じる。息子ができたようでなんだか嬉しそうだ。

極力深い関わりは持ちたくないが、父の嬉しそうな気持ちに水をさすわけにはいかなかった。


「初めまして。キアステン・ブルームヒルダです。」

「ど、どうも!いやあ、よく社長の元へきてらっしゃるのを、み、見かけていました」


なによ。そんなかたくなることはないのに。別にあんたは推しじゃなかったから興味ないわ。

その後も当たり障りのない会話をして空気が間延びしていると、喋りたがりの父が話題を挟んだ。


「そういや最近、王室の騎士兵団の動きが活発みたいだな。ラジオでやってた」

「コマンダーと偵察部隊が魔女の動きを探っていますね」

「なんだ。政情不安だったらと心配したよ」

「いや、ただ…最近魔女が城を空けることが多くなったようで。」


ギョッとした顔で私たち親子は顔を見合わせた。


「都市に化けて出られては困るとのことで、王立騎士団が隊を組んで警戒態勢に入っているらしいっス。」


例の、物語の中枢に関わるラスボス…魔女の話だ。

その女は、北の廃城に住むと言われるが、人の姿とはいえ、種としては魔物に近く、人前に現れる時は、禍々しく巨大な獣に化ける。

人を攫い食べたり、殺しを喜びとする残忍な人物だというが、人の状態を見た者を狂わせ操るともいわれる。


きっと、ゲームの中のキアステンも…魔女の姿を見て狂い、嫉妬が剥き出しになったのかも。


「おめえら若いのは知らないだろうが・・・魔女の逸話には続きがある。」

「え?」

「魔女は残忍な魔物と言われているが、勇敢さと心の清らかさを持った者にのみ心を許し、力を与えるという言い伝えがある。」


初めて聞いた言葉だ。いや、しかし・・・ゲーム中にキアステンが魔女と結ぶ”契約”とその構造は似ているのではないだろうか。


「まるで勇者だ。」

「そう、勇者。その者は、国一番の最強の兵士として名を馳せると言われる」


その言葉を聞いて、私は胸をなでおろした。なーんだ。私は兵士じゃないし、勇敢でも心が清らかでもないから大丈夫ね。悪役だもん。


「しかし、形骸化してる騎士兵団なんざ役に立つのかぁ〜?何十年も戦争がなく実戦に投入されたこともない連中だぞ。普段チンピラの相手してる警察の方がよっぽど使えるに決まってラァ」

「お父様、酔ってらっしゃいますね」

「どうせ魔女も南の島にバカンスでも行ってんだろぉ?!今頃カジノ行ってマルガリータ片手にジャックポット狙ってんのさ!」

「あはははは!社長!魔女がカジノ行ってたら僕も見に行きたいっスよ!年中ハロウィンかっての!」


はあ、魔女というとんでもない敵がいるのにくだらない会話して。何が面白いのかしら。いつかこの都市を襲う魔物だというのに・・・。

それにしても、アランの印象はゲームとは全然違う。もうちょっとダーティで、子供っぽくて、男の子って感じ。腕まくりしてるけど、毛も生えてるし・・・湧き出る体臭は、まるで体育のあとの男子だわ。


「お、お嬢さま、そんな俺のことじっくり見られても困りますってえ・・・」

「こらキアステン!娘っ子が男をそんな目でみるもんじゃない!品がないぞ!」


は!?まるで私がセクハラしてるみたいな口ぶりじゃないの!適当になんかいっておこう。


「いえ、その、良い手をしてらっしゃいますので。働く男の手というか」

「えっ・・・」


フン、な〜に顔を赤くしてデヘデヘ喜んじゃって、チョロすぎでしょ。だから聖女なんかにオトされるのよ。アンタのルートはイージーモードすぎんのよ。


「はははは!仲が良さそうで俺も安心したよ!アランがくると酒がすすんでいけねえや。口調も道路工事やってた時代に戻っちまう。ちょっくら寝てから仕事して帰る。

アラン!馬貸してやっから、キアステンを送ってくれ。」


ええっと大声をあげるアランを横目に、「お願いね」とだけ伝え、私はそそくさと部屋を出た。



ーーーーーーーーーーー


工場の外に出る。日は沈んでいるが、まだ人通りは多く、安酒を片手にしゃがんで談笑する従業員や、そこで客をとるつもりの”立ちんぼ”がわざとらしい笑顔を振りまいている。

すると、暗闇の向こうで泥がはねる音が聞こえ、ちらりと横を向く。そこには給仕の姿ではないマリアンヌがいた。

あの子、こんな夜に何しにきたの?


後をつけると、自分の紡績機の下に這い蹲り、手を伸ばしていた。


「ふう〜!あったあった!」


はーっと息を吐き、着古してボロボロになった袖口で手元のものを拭う。もう、頬ずりなんかしちゃってさ。そんなに大事なものなのかしら。

そう思いながら遠くから見ていると、別の入り口から別の足音が聞こえた。中年の男が三人いる。普段貿易部で働いている奴らだろう。随分酒に酔っているようだ。


「かぁ〜、紡績工場ってのは中はこんなんになってんのか。」

「取締役と社長以外入るなって言われてんだ。臭くねえ。女のいい匂いがする。」


この工場は男子禁制だ。きっと工場長がうっかり戸を閉め忘れたのか、マリアンヌが鍵であけてそのままにしていたのだろう。

後をつけられていたのだ。


「若い。可愛いな」

「嬢ちゃんいくつだ。」


手を伸ばしてくる男たち。マリアンヌは目を見開き、ぎゅっと眉間にしわを寄せて男を見上げる。だが、唇は震え、心のそこからの恐怖を見せている。

女の柔らかい肌に触れられて喜んでるのか、ニタニタと笑っている。嫌悪感がじんわりと後頭部に遅い、つい上唇を噛んだ。腹が立つ。あんな野郎がブルームヒルダの工場で働いてるなんて。

わざと大きな足音を立て、私は近寄った。


「なんだ?立ちんぼか」

「失せなさい。違法アルコールでパーティでも開いて、腐った目を潰せばいいのよ。こんな夜に馬鹿な真似をするくらいなら」

「チッ・・・なんだとこのクソアマが!!何様だ!!」

「私はこの会社の社長の娘です。」


社長の娘ときて面を食らったのか一瞬ひるむも、青筋を立てて反論をする。


「たかが娘がそんな権限有るとでも思ってるのか!?」

「父は従業員全員を家族と考えており、すなわち私にとっても家族。しかし不法行為を働く者は、誰だろうと我がブルームヒルダ織布においてはいられません。今回のことは社長および取締役に報告します。もう来なくて結構!」

「偉そうに!婚約破棄された恥知らずの馬鹿女が!身の程をしらねえから男に捨てられるんだよ!!」

「それがなんですか。あなた方はそのように暴力を使わないと女性に相手されないのですか。」


そんな時、一人が背中を突き、遠くで明かりのついた部屋を指差す。お父様の影はこちら側を向いていた。

それを見て、三人は駆け足で逃げていく。所詮は雇われだ。


「あ・・・あの・・・お嬢様・・・」

「なに。こんな夜に出て来ちゃダメでしょ。」

「ごもっともです・・・・本当に、本当に申し訳ありませんでした」

「上の者が盾になるのは当然のことよ。大いなる権力には大いなる責任が伴うの。」

「あはは・・・お嬢様、私と同じくらいなのに、本当にすごい方ですね」

「ふん、当然よ。」


アランが大きな足音を立てながら大急ぎでおりてくる。手には物騒なことに拳銃が握られていた。こちらに一瞥した後、ドアの外を確認し、アランはこちらに向いた。

驚きと怒りが宿ったような顔だった。


「なんてあなたは・・・・ッ、命知らずな!」

「家政婦を守るため当然なことをしたまでです」

「反論なんてすべきではなかった!逆上されて刺されでもしたらどうするつもりだったのですか!俺が行くのを待っていれば!」

「だろうと思って反論したのよ。この工場に血を流すわけにはいかないわ。」

「なんだと!アンタはもっと自分を大切にしろ!社長を失望させたいのか!?」

「家政婦が暴行されるのを指をくわえて見ているような娘でいたくない!それこそお父様の顔に泥を塗る行為だわ!!だったら殴られる方が何倍もマシよ!」


えらくムカムカしてきた。アランはゲームの設定通り、情に厚く直情的な男だった。

すぐ敬語なんて忘れちゃってさ。あたしみたいな高慢ちき女とは相性は最悪よ。


「お、お嬢様〜っ!」

「何よマリアンヌ!今この男とやりあってるのよ!邪魔しないで!」

「全部私が悪いんですう!こんな不用心なことしたから・・・!」

「その通りよ!アンタが危ない目にあって黙ってるわけないでしょ!もう二度とこんなことしないでちょうだい!!」

「っ・・・!!」


その後、馬を借りて屋敷に帰ることになった。ただし、2頭だけれど。

アランは私が後ろに乗るのを期待してたのか、じっと見ていた。乗馬くらいできるわよ。


「ほら、マリアンヌ。乗んなさい」


ビクビク怯えていたマリアンヌに手を差し伸べると、目に涙をためて飛び乗った。後ろからお腹に手を回され、マリアンヌの頰の体温が左肩に染み渡った。


「ちょっと、抱きついていいとは言ってないでしょ。」

「お嬢様、いい匂いです」

「どうせ石鹸でしょ。欲しいなら今度切って分けてあげなくもないわ」


私の後頭部にすりすりと顔を埋めるマリアンヌは、まるで母親に甘える小さな子犬のようだった。ふふ、と幸せそうな声が聞こえてくれば、私も柄にもなく口元が緩んでしまう。

後ろを走る馬の上でアランが微笑んでいるのを、私はきづかなかった。


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