悪役令嬢に転生したら、どうあがいてもラスボスにやられる死亡ルートにいきそうで絶体絶命です!
巫ソラノ
第1話 婚約破棄
「これを以て婚約破棄とさせていただきます。」
そうして王子は去っていった。
他の学生から侮蔑や憐れみを浴びながら、はち切れそうな感情を悟られまいと、足取りをコントロールしつつパーティの会場を後にした。一直線に絨毯が敷かれ、洗練された学舎の廊下を歩く。
華々しい石造りの壁の向こうは、まるで自身の失意を映すような現実が広がっていた。
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空は煙突からでるスモッグが覆い隠し、道路は舗装されておらず馬車は泥を跳ね飛ばす。
過労の大人は酒浸りで石畳の上に倒れ、捨てられた子供は「オリバー・ツイスト」のごとく徒党を組んでスリを働くわ、怒鳴り散らす男たちは取っ組み合いをしている。ほかにも、橋桁の下で不貞に走る男女、春を売る女、犯罪に走るチンピラ・・・目を覆いたくなるほどの治安の悪さだ。
労働者階級は21世紀の感覚を持った私からしたらあまりにも不潔すぎる。
「所詮は労働者階級の成り上がりだな。愛想も悪いし、誰彼構わず喧嘩を売るタチだ」
「僕らと違って”青い血”は流れちゃいないのさ。子爵の恋人を侮辱するなど、そんな品のないことは貴族ならしない」
好きに言いなさい。私は元は乙女ゲームにうつつを抜かしていた気弱なオタクだったけど、この世界で嫌がらせを受けたおかげで、キャラ設定通りの最低な性格にねじまがったわよ。
侮辱?上等よ。汚れ役くらいいくらでも引き受けてやろうじゃないのよ。
私の家、ブルームヒルダ家は紡績技術により、糸や布製品の国際取引で一般市民から資本者階級に登りあがった成金だ。
貴族階級向けに作られたこの学園において、そういった成金の娘はことさらに差別される。
眼下に広がる都市国家「アイゼンシュタット」は、まるで産業革命時のロンドンに非常に似ているといえるだろう。
ただ、一つだけ違うのは・・・・”精霊”だ。
「きゃっ!!」
何かに足を取られ、いきなり廊下を転んでしまう。手をついた先には、なんと子爵が入れ込んでいる娘のスカートが。爪で破いてしまう。
「し、失礼しました・・・これはお恥ずかしいところを・・・」
「いいえ!大丈夫ですか?大きな声をだされたので驚きました。ヒールは履き慣れていないのですか?」
それが痛烈な嫌味のように感じてしまい、私はつい舌を噛んで下から見上げてしまった。
ひっ、と後ろへ下がるのは、アリシア嬢。
学園の華。そして、数年前に突如この世界に舞い降りた・・・聖女。
艶やかな髪、美しく丸い瞳と、上品で小さな唇はあらゆる階級の男を虜にしている。きっと、足元に何かを仕掛けたのもその一人。
通常の物理法則なら、こんなおかしなところにいきなり木の根っこが生えたりしない。
「ブルームヒルダめ!貴様、この期に及んでアリシア嬢をコケにしようと、わざとこんなくだらん真似を・・・」
「どうかおやめください!私の癒しの”精霊”の力で、お怪我を処置します。」
手の付け根にできた傷が白々しく治っていく。
びっくりするほど陳腐な茶番だ。誰かがアリシアにとってのヒーローになり、アリシアが優しく傷つきやすいヒロインになるための、マッチポンプ劇場だ。
この世界には”精霊”という、目に見えない魔法のようなものが存在する。
精霊は全員に生まれつき宿っている霊的な存在で、この国の多くの教育機関において、精霊の手懐け方や力の借り方を学ぶのだ。
「さすがアリシア嬢・・・癒しの精霊を宿した聖女・・・」
「ブルームヒルダのような薄汚い魂のものには精霊はつかないのだよ」
私のそばには精霊はついていない。
私についてまわっている人物像から、こんな扱いを受けることはもはや予想できていた。私がこの世界で生きるための、洗礼として恐ろしい覚悟を背負って生きてきた。
それはアイゼンシュタットは”以前の私”にとって、ゲームの世界だったからだ。
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「妖精と鋼鉄都市」…それがこの世界のパッケージだ。
中世ヨーロッパが多い乙女ゲームの中でも、近代と魔法という革新的な舞台設定で、大きな人気を博していた。
とはいえ乙女ゲームであり、内容はそれ以上でもそれ以下でもない。
聖女である主人公・アリシアが、たくさんのイケメン貴族や兵士とともに、北の山に住むという恐ろしい魔女を倒すまでに、さまざまな思惑や困難に巻き込まれていく物語だ。
で、私に宿った役柄というのが最悪だ。
キアステン・ブルームヒルダ。
婚約破棄によって嫉妬に狂い、魔女と契約を交わす、資本者階級の社長令嬢だ。
傲慢で偉そうで、意地悪。そして口達者で何もかもを見下す高飛車で最低な女だ。
強大な力を得てアリシアを殺害しようとするが、イケメンの騎士団長たちが下す正義の鉄槌で死亡する。つまり、悪役令嬢である。
「何が青い血よ!この世界だって資本主義に転換したら、揃って没落して私のお父様の靴を舐める側に回るのよ!!むっきーーーー!」
スカートの裾をふんでしまう。「いった!」と声をあげ、ハイヒールを脱ぎ捨てると、裸足でカウチにボンと横たわった。21世紀の女が、19世紀の感覚に適応できるわけがなかった。
鏡に映るのは、銀髪縦ロールのつり目の女。どんなにドレスで着飾っても、ぐってりと下品に座る姿には、底意地の悪さが滲み出ている。
はあ、とため息をついた。もはや憎しみや嫉妬などない。最初から予想できていた”通過儀礼”が終了した感覚だった。
「これからどうやって生き残ろう。魔女なんて、会いに行かなければ契約も結ぶことはないだろうし、少なくともアリシアに近づくことさえなければ死ぬことはないでしょうけど・・・
めんどくさいな、こんなコルセットなんか脱いで、ペラペラの布一枚だけのワンピースで一日中過ごしてたい。あたし令嬢って柄じゃないし」
自宅の庭の生垣には、能天気にも鮮やかなバラがぽんぽんと咲く。奥には我が家の紡績工場と、織布工場が立派に聳え立っている。
そんな窓の向こうの景色とは対照的に陰気な独り言をいっていたら、家政婦がお茶を持ってやってきた。珍しくマドレーヌが添えられている。
す
「気を使ってくれたのね」
テヘヘとはにかむ家政婦だが、目線はキョロキョロと下を向いている。
「そんな目をして…正直なところを伺っていいかしら?」
「いえ!お、お嬢様は何も悪くはありません。
ただ、その…随分、子爵様に入れ込まれていたようなので。いきなり聖女様が現れ、すぐ乗り換えるような方と・・・・、結婚までなさらず安心しました!」
「安心した、ねぇ…」
「ひょえー!!! も、申し訳ありません!!」
「他意はないわ」
そんなビビんなくても、別に取って食ったりしないわよ。この家政婦さんが特別若くて気が弱いだけ。ただ一回だけ、何時間も放置した残りのお茶を飲んでいたのを一回咎めたことはあるけれど。
この世界の衛生観念は21世紀と呆れるくらい違うし、お腹を壊されても困る。
「絶対、あんな強引な王子なんかよりも・・・例の警視総監のご子息の方がお似合いなのに」
ビクッとして、うっかりティースプーンをスカートの上に落としてしまった。
「家政婦長から言われていなかった?」
「ほ?」
「初めてブルームヒルダ家に家政婦として出勤して、給仕の服に袖を通し、敬語の使い方や礼儀作法を学ぶよりも以前に、家政婦長からいわれてないかといってるの!」
「いや、その、あの〜・・・」
「例のご子息の話は!二度と!口にしないでちょうだい!!」
「う〜ん、お嬢様とお似合いなくらい素敵な方なのに・・・」
それを聞いて、死んだように血の気が引く家政婦。すると、ぴこぴことなんども頭を下げ、大声で失敗を詫びる。我ながら面倒な女になったものだ。
私の前で警察長官の息子の話は禁句だ。ゲームプレイヤーとして一方的に知っているが、厄払いをかねて「嫌悪している」というていを取っているから。
だって、彼はアリシアの攻略対象よ。近づけば何があるかわからないじゃない。
「それ以上に・・・・いや、もうこの話はやめましょう。
次から気をつければいいわ。あなただって、昼は工場で働いて、夜は家政婦なんて大変じゃない」
「あうぅ・・・か、かしこまりましたぃ!」
いそいそと部屋を後にする家政婦。扉がうっすら閉まる前に、「ひょえ〜、キアステン様ゲキ怖〜」という声が聞こえてきた。
まったく、あの子は・・・。
あんな子はゲームにでてきたことはなかったけど、どこか能天気で憎めない子だ。まだまだ庶民感覚が抜けてないところが、楽ちんでありがたい存在だ。
け、ど。いたずらを仕掛けたくもなるものよ。だって、私は意地悪な悪役令嬢なんだもの。
「家政婦長。」
「はい、お嬢様。」
「さっき出ていったマリアンヌに、残っているお皿全部洗わせなさい。」
「かしこまりました」
家政婦長はこの手のものには慣れている。
他の家政婦が休憩してる間に、マリアンヌが悲鳴をあげながら皿を必死に洗ってるのが眼に浮かぶわ。
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