十八、魂のふるさと ~Hejmurbo de la animo~
私は一面の花畑の中に立ってた。
遥かずっと遠くを囲んでいる青い山まで、花畑は続いている。
今までよりずっと明るい世界。
空もとても輝いていてきれい。
風の中にも香りがあるみたいで、その中には金粉がきらきらと光って後ろの方へ飛んでいく。
とにかく、暖かさが世界全体を覆ってる。
私は思わず目を細めた。心の中にまで暖かいものがこみ上げてくる。
満たされてるって、そんな感じ。
そして何かに導かれるように、私は歩きはじめた。
花畑の中に道はないけど、ちょうど花を踏まずに済むくらい浮上して私は歩いてる。
向こうに誰か立ってる。ニコニコ笑ってこっちを見てる。
絵梨香だ!
今までの学校の制服じゃなくって、長いスカートの全身純白にまぶしく光るドレスのような服を着てる。
ああ、あの服は水でできてるんだって、私は勘じていた。
服だけじゃなくって、絵梨香の顔も腕も、その肌はまるで水だった。
絵梨香と向かい合って立った。
もう何も言葉はいらなかった。絵梨香の心も透明ガラスで、すべてが通り抜けていってしまいそうなほど透き通ってる。
心の中の何もかもが見える。
何を言う訳でもなく見つめ合って立ってるだけで、自然と涙がとめどなく流れて頬に伝わってきた。
絵梨香の目にも光るものが見える。その輝きがスーッと絵梨香の頬にも流れた。
「ごめん」
先に絵梨香が言った。私は首を横に振った。
「もう、何も言わないで」
絵梨香を見ているだけで、今までの彼女のことがすべて分かった。
「私の方こそ謝んなきゃね。今までのこと、何もかも全部」
絵梨香は涙を流したまま微笑んでうなずいた。
「もう、いいよ。私も今までの自分のことを全部見せられて本当の自分になれた。だからさ、優美にも感謝してるよ」
私はちょっとだけ、足元の花の群れに目を落としてみた。花はみんな命が張り裂けんばかりに、力いっぱい咲いている。
こんな生命に満ち溢れた花、今まで見たことない。
私はもう恥じるものかと、顔を上げた。
「私も本当の自分になれたよ。それを感謝してる。あんな醜い心が、私の本当の心だったんだよ」
「優美、醜くなんかないよ」
絵梨香の言葉に私は驚いた。
今は心が丸見えだから、それがお世辞とか慰めではないことははっきり分かる。
「きれいだよ、優美の心はきれいだよ。ここはね、一瞬のサトリでスーッと引きあげられる世界なんだって」
たしかに私は、自分の醜い心を素直に受け止めて、自分を卑下しなかった。
利己愛とは別の意味で、自分を愛し続けていた。
もう私の涙は、止まることを知らない。
「自分を愛して、自分と本質的に変わることのないすべての人を愛することで、みんな一つになれる。いいも悪いも含めて、すべてを肯定して愛することが大切なのね」
「ねえ、絵梨香」
私は顔を上げた。
「私、もうどんな人でも愛せる。私がもらった愛を、みんなに分け与えても惜しくない。心のままに、誰にもそして自分にもうそなんかつかないで、ありのままの自分で生きていきたい」
「私も」
絵梨香が他人とは思えなくなった。同じ自分が二人いて、魂が溶け合って話しているみたい。
「絵梨香。もうどこにも行かないでね。これからもずっと絵梨香といっしょだよ」
絵梨香は黙っていた。そしてうつむいた。
でも、その心の声はずっと伝わってくる。
――私ねえ、魂のふるさとに行くんだ。絵梨香なんて名前になるずっとずっと前から私は存在してたって今ははっきりと分かるし、昔はそこに住んでた。その魂のふるさとに、私は行くんだよ……。
「それ、どこ?」
「ほら、あの山の向こう」
絵梨香は私の背後の、青く横たわっている山脈を指さした。私は振り返ってその山を見てみた。
「あの山の向こうは、本当にきれいな世界。そこに行くのよ、私。行くっていうか、帰るんだ」
首をひねって山を見ている私の頭の後ろから、絵梨香は生き生きと語りかけてくる。この世界がこんなに素晴らしい所なんだから、山の向こうの魂のふるさとってきっともっと素晴らしいんだろうって気がする。
「ほら、山が動いてる!」
絵梨香が叫ぶ。私は目を凝らして、山をじっと見てみた。
「山が近づいてくる。二つの山の間に向こうの世界への道が見える。まるで大きな扉みたい。すごい! すごい! 優美、見て見て!」
絵梨香は興奮してるけど、私にはただ大きな山が遠くに普通にそびえているようにしか見えない。
「山って、どれ? どれが動いてるの?」
「ほら、あの山」
一度前を見て、絵梨香の指がさす方を確かめてもう一度振り返って見たけど、やはりただの山があるだけ。
私には何も見えない。
「山が割れて、向こうは川! まるで海みたいな川!」
なんで絵梨香にだけ、そんなのが見えるの?
「あの川の向こうが、魂のふるさとなんだ。あの川を、越えるのよ」
私、急に胸騒ぎがした。だから、慌てて叫んだ。
「絵梨香! 私たち、いっしょに行こう」
そして絵梨香の方を見た。でも、もう絵梨香の姿はそこになかった。
「絵梨香!」
私、絵梨香の名前を大声で呼んだ。
そのあと急に悲しくなって、花の上に泣き崩れた。
その目の前の一つに、ペンダントがかかっていた。金色のそのペンダントを手にとると、心の中で声だけがした。
――優美、それあげる。とっといて。
絵梨香の声だった。
――私、行くね。
私はまた力の限り叫び、そして泣いた。
「絵梨香ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
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