十四、執着 ~Alligitaĵo ~

 そのまま村に帰った。

 村の入り口でアキラさんに会った。


「怖かった」


 私は突然泣きだした。


「あの人たち、何なんですか?」


「執着が取れない人たちですね」


「ああ、前にも言ってた執着?」


「こだわってむさぼることですよ。今の自分や状況に満足できなくて」


「つまり粘着ってこと?」


「そうですね」


 アキラさんは笑った。


 私はそのままアキラさんとともに私と絵梨香の家の中に入る。そして居間のソファーに座った。

 そもそもこの世界、プライバシーなんてものはない。だって、心の中までが丸見えなんだから今さら何のプライバシーを守る?


「ここは思ったことが形になるんなら、あの人たちは元いた世界を思っても無駄なんですかあ?」


「思うことは形になります。でも、執着すればそれはどんどん逃げていく。紙一重ですね。もっともあの人たちも、やがて執着はとれるでしょう。本当に執着が強かったら、元いた世界に閉ざされてこちらへは来られません、元の世界で動けなくなる」


「え?」


 私の頭の中に、一瞬南さんのことが浮かんだ。

 アキラさんはちょっと困った顔をした。

 でも何も言わなかった。アキラさんも南さんのこと、知っているんだろうか?

 いや、知らないっていう心が伝わってくる。


「そういえば私、あの人たちと戦おうって武器とか念じて出そうとしたんですけど、出ませんでした」


 別に執着なんかしてないのに……

 アキラさんはまた笑う。嘲笑とかじゃなくってとても温かく笑うので、それでまた心が癒される。


「あなたは銃とか剣とか、実物を見たことがあるんですか?」


 たしかにない。写真とか映画の中で登場人物が使っているのは見たけれど、触ったことがないどころか実物をなまで見たことはなかった。


「自分が触ったこともない、ましてや実物を見たこともないなんてものは、いくら念じても形にして出現させることはできませんよ」


 そんなもんかなあって思う。それよりも……


「怖かった。この世界って、あんな人たちがたくさんいるんですか?」

 元いた世界と変わらない。


「一応誰でもここに転生しますからね。どんなレベルの人でも、まず最初は」


 うん? まだこの世界のこと、よくわからない。


「わからなくて当然ですよ、だんだんと分かればいいんです」


「でも、あんな人たちがいたら安心して暮らせないじゃないですか。ああいった人たちを取り締まる、つまり警察のような組織はないんですか?」


「ないですね」


 アキラさん、他人事みたくさらりと。


「もう言ったように、警察もそして法律も道徳やモラルも倫理観もこの世界にはありません。しちゃいけないってことがない。だから、心に悪を秘めたものは、隠しようがないからどんどん暴かれていく。すべてが自由なんですから、歯止めが利かない」


 たしかに、みんなから善人だと思われて尊敬されている人でも、心の中はわからなかった……元いた世界では。

 そんな大げさじゃなくても、いい人だってい思ってた人がとんでもない悪人なんだってことよくあった。

 それは、互いの心の中は見えないから、口先だけでごまかせた。心に悪を秘めていても、隠し通せた。

 隠してたのは、世間体とか他人の目とかモラルや法律に縛られていたから……。


 ここでは互いの心の中は丸見えだし、してはいけないってことがなくて何やっても自由なのだから、法律やモラルや他人の目を気にする必要がない。

 だから、心の中の悪や悪とまではいかなくても自分さえ良ければいいって考え方もみんな表面に出てしまうんだ。


「その通りです」


 アキラさん、少しだけ真面目な顔。


「表面だけ善人や人格者であることを装うなんてことはできませんから、本当の自分がさらけ出されるんです。それがになるってことなんです。そして心の底から、根っからの善人や人格者だけが善人であり人格者なんですね。そうして本当のレベルというものが決定する」


 隣を見ると、絵梨香は何も言わずにすまして座ってる。絵梨香はもうそんなこと全部わかっていたんだ。


「私たちを襲ったあの人たち、執着が取れなかったらかわいそうにね、レベルがどんどん下がって行っちゃう」


 たしかに、かわいそう。でも、レベルが下がったらどうなるのかな?


「ここには法律はなくても法則はあるんだって言いましたよね。誰もあの人たちを裁きませんけれど、裁く方は他にいらっしゃいます。でも厳密には裁かれるのではなく、自分で自分を裁いていってしまうことになるでしょうね」


 そういえば私、私の心の中ってどうなんだろう?

 自分ではわからないよね、普通。

 私って悪を秘めているのか、自分だけよければいいって考えの持ち主なのか……そうじゃないとは思うけど、でも、自分の心って自分のもので自分がいちばんよくわかっていなかったりする。


「たしかにそうよね」


 絵梨香も同調してくれた。


「では始めましょうか」


 唐突にアキラさんはそう言って、立ち上がって右手を高く上げた。


 私たちはもう私の家の部屋の中じゃなくって、森の中のちょっとした広場にいた。しかも、大勢の人たちがそこに集まっている。

 NPCの人たちが多いけど、転生者も少なくない。


 何が始まるんだろう。

 まさしく期待と不安って感じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る