十一、法律も道徳もない? ~Ĉu ne ekzistas leĝo aŭ moralo? ~

 アキラさんの笑顔を見て、ふと思った。

 ……他人の家に勝手に入ってきて、……家宅侵入罪よ!……って、昔ならそう言って騒いだだろうなあ。

 今はそんなこともう、どうでもいいって感じ。


「そうです。そんな法律、ここではありません。すべての法律もモラルもないですよ」


 そう、アキラさんは言う。


「だったら、もし何かあったときにその怒りをどこにぶつけたらいいんですか?」


 私が何気なく聞いてみた。


「怒りって、自分は正しいから、相手が間違っていると思うから怒るんですよね?」


「そうですね」


「誰もが自分は正しいと思っている。ほかの人のことを素晴らしいと思うことがあったとしても、それは自分の中にある正しさの基準に照らし合わせて、それと重なったときだけじゃないですか?」


 なんか話が難しすぎる。そんなこと考えないで、これまで生きてきたし……。


「でもね、あくまでそれは主観的基準で、絶対的に正しい人間なんていないんですよ」


 そんなもんかなあ……それについて考えてみようとしても、頭が働かない。頭で考えようとするからダメなんだ。


 ――そう、頭で考えないで、魂に刻むんだ。はらに落とすんだ


 私の中で別の私の声がする。


「そうですよ。それがこの世界の法則です」


「法則?」


「法律やルール、道徳つまりモラルもありません。でも法則はあるんです。しちゃいけないってことはない。でも、こうしたらこうなるって法則だけは厳としてあるるんですね」


「じゃあ、結局、こうなりたくないから自分を抑えて、やりたいこともしないなんて、前にいた世界と同じような気持ちにもなるのでは?」


「いえいえ、考えていることがすべてほかの人に筒抜けなんですから、そんなことはできないんですよ」


 また、アキラさんはにこやかに笑っている。

 たしかに、何をしてもすべての人に心の中が筒抜け。心がガラスのショーウインドウのようなシースルーになってる。だから何も隠しようがないし、他人の目や評価を気にする必要もない。嘘をついたり表面を取り繕っても無駄。


 ある意味、アキラさんが言ったように素晴らしい世界……でも、厳しい世界。


 私は絵梨香を見た。


「ねえ、絵梨香、ずっとこれからもこの世界で、いっしょに暮らそうね」

 絵梨香はうなずいた。でも、一応うなずいたんだってことはわかる。


 え? ずっといっしょにいられないの?


「この世界は一時の待合室みたいなところ」


 アキラさんが口を挟む。


「してはいけないことがなく、誰にでも心の中が丸見えになってしまうということは、表面を取り繕うことができないのだからどんどんその人の本当の状態、の状態になっていくんです。そうしたらこの世界から、本当の世界に行くことになります」


「つまり、レベルアップして一定のランクに達したらってことですか?」


「いえ、違いますね。真のレベルが確定したら、です。そのレベルにふさわしいランクの世界へと再度転生することになります」


 私は絵梨香の顔を見た。絵梨香はもう知っているんだ。


「だから」


 絵梨香は言う。


「これからもずっといっしょに行こうね」


 その言葉が真実であることを私は知っているから、力強く私はうなずいた。

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