八、時間が存在しない世界 ~Mondo kie la tempo ne ekzistas~

 それからさらにどのくらい歩いたのだろう。

 なんだかいつの間にどんどん人が増えて、すごい密の状態になってる。

 この人たちみんな転生者? 多すぎでしょ。

 こんな多勢の人たちといっしょの私たちの旅は、いつまでたっても終わることなく果てしなく続くのかなあ。

 そもそもなんで旅しなきゃいけないの?


 ところで、今何時?


 ここに来てから一度も夜になっていないからまだ同じ日だよねえ。


 時計見ようと思ったけど腕時計なんていつもしてないし、時間見るのはスマホで……あ、スマホ。

 今まで全然見なかった。そんな心の余裕なかった。バイブが鳴ったら見たかもしれないけど、全然鳴らないし。

 スカートのポケットからスマホ出してみると……あれ? 電源落ちてる。

 いくら電源ボタン長押ししても、全然つかない。

 出かけるまでずっと充電してたはずだから、充電切れってないはず。


「ここじゃあ、スマホなんていらないよ」


 絵梨香が言う。


――スマホでできることはたいてい何でもできるから。


 絵梨香の言葉だけでなくて心の声を聞いても、何を言っているのかわからない。


「時間というものが存在しない世界」


 そういえば絵梨香、以前そんなこと言ってた。え? 以前? いや、さっきじゃない? いやだいぶ前かも……わからない。

 心にはいろいろ感じるけど、頭で何か考えようとしたら頭は全然回らない。

 体は軽いし疲れないし、感覚は鋭くなって研ぎ澄まされてるって感じだけど、頭は鈍くなってる?


 たしかに時間というものが存在しない世界かも。だったら、ここへ来てどれくらいたったかなんて考えても意味ないのかな?


「そうでしょう」


 絵梨香が言う。


「ついさっき来たばかりって感じもするし、もう何日も歩いてるっていう気もする。全然夜になってないのに……」


 そんな絵梨香の言葉を聞きながら、もう一度スマホの真っ黒の画面を見た。

 異世界でもスマートフォンが使えるなんてアニメあったけど、あれは嘘だね。

 でも……


 異世界って言葉が胸の中にわいたと同時に、ここは本当に異世界なのかなあって思う。

 だって、まずは風景が実写だとあまりにリアルで異世界って感じがしないし、空の色が少し違うのと太陽が変なところにあるのを除けば、少なくとも景色は元いた世界と全く変わらない。


 その時、人の流れとは逆走して、血相変えて向こうから来る人がいた。

 人々の悲鳴も聞こえる。

 見ると、ネクタイにスーツの男の人が暴れてる。なんか泣き叫んでる。


「ここはどこなんだよ。誰か教えてくれよ!」


 その人は通り過ぎていく人たちの胸座むなぐらを、誰彼構わずつかんで叫んでる。


「なんで俺、こんなとこにいるんだ。俺、行かなきゃなんねえところがあるんだよ。今日中にこの書類を部長の自宅に届けなきゃ、会社クビになっちまうんだよ」


 ――この人、何もわかっていないね……


 ――お迎えの人は来なかったのかね? その時、説明受けなかったのだろうか?


 そんな思いが道行くと人から男に向かって発せられている。


「おい、馬鹿にすんなよな。俺は社長秘書だぞ。どいつもこいつも、俺を馬鹿にしたような目で見やがって!」


 男は次々に、つかみかかる相手を変えては叫んでる。


 ――ここではそんなの関係ないのにね……


「今誰だ? また俺を馬鹿にしたやつ!」


 みんな心に思ったことが伝わっているだけで口に出して言葉で言っているわけじゃないから、誰に馬鹿にされたのかなんてこの人にはわかっていない。


「道を歩いてたら突然上から何か落ちてきて、少し気を失って目が覚めたらみんな俺のこと無視して、そうしたら来たよ、出迎えとかいうまぶしく光ってたやつ。でも、そんなの無視してやった」


 男はもう手あたり次第に近くにいる人を殴ったり、投げ飛ばしたりし始めた。

 やばい、そんなことしちゃ死んじゃうでしょ!


 でも周りの人はどんなに殴られても、痣も傷もスーッと治って何ごともなかったように立ち上がる。

 それが男の人をさらに逆切れさせたみたいで、その全身からどす黒い靄が沸き上がった。

 ものすごい毒性だということは、見ている私にもすぐわかる。


 その時、その男の人の足元が割れた。地面が裂けて男の人は叫び声をあげながらその大地の割れ目に落ちていった。

 すぐに大地は元に戻って、人々も何事もなかったようにまた歩き始めた。


 私はあの落ちていった人が、実はいい人だと思った。

 少なくとも口に出していたことと心の中で思っていたことが同じだった。かけらも嘘は言っていなかった。

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