七、転生者たち ~Reenkarniĝi Personoj ~

 またしばらく行くと、私たちはなだらかな山の上を歩いていた。

 めっちゃ見晴らしいい。最高!

 本当に広い盆地が一望できる。遠くの山脈の向こうにはまた山脈が幾重にも重なって、さらにもっと広く大地は続いてる。

 まるで氷でできてるのかって思うような透明なブルーの高い山は先が尖ってて、生命の脈動がその遠くの山々から聞こえてくるような気がした。


 その脈動はやがてメロディーとなって、美しいアカペラの賛美歌が聞こえだす。


 しばらく行くと、山の上の一角に教会のシスターのような人たちが三人いて、ロザリオを手に賛美歌を歌ってお祈りしてる。私はその人たちに、近づいてみた。


「何をお祈りしてるんですか?」


 シスターのうち、メガネをかけている人が顔を上げた。


「私たち、主の御前みまえに立つはずだったのに、まだ主にお会いできないんです。だから、こうして祈っているんです」


「主の御前?」


「はい。私たち、何も恐れませんでした。主の御許みもとへ行くのだからと、喜んでいました。なのになぜ、主にお会いできないんでしょう」


――私たちは聖職者なんだから、救われて当たり前……。


「行こう」


 私は振り返って、絵梨香の腕を引いた。高らかな賛美歌は、それでも後ろから響いてきた。

 口ではきれいなこと言ってたけど、あのシスターたちの内心がビシバシと私にぶつかって来たから、もう私はいたたまれなくなった。


 またしばらく行くと、いつのまにか父親と二人の小さな子供の親子連れが私たちと同じ方向へと歩いていた。何となく、並んで歩く形となった。


「若い人は元気でいいですね」


 そうは言っても自分も十分に若い父親は、笑って私たちに話しかけてきた。


「あなた方も転生してここへ来られたのですか?」


「はい」


 絵梨香が答えた。


「なぜ、ここへ?」


 そんなこと聞かれたって、知らんがな。私が聞きたいくらいなのに。


 ところが絵梨香は、ほほ笑んだまま黙って自分の首をなでた。父親は気の毒そうな顔をした。


「それはかわいそうに。でも、怨んではいないのですか?」


 絵梨香は首を横に振る。


「いいえ。あの子の方が、もっとずっとかわいそうだから」


 あの子って? もしかして、南さん?


「そうですか? 僕らはね、人間の醜さを、いやというほど見せつけられましたよ」


 このお父さん、心の中は言葉通りだ。この方たちも転生者だ。


「普段は会社の仲間で何でも分かり合えてるって思っていた人たちがね、いかに自己保存欲だけで生きてきたかってこともね」


 このお父さんに何があったのか、私たちにはもうわかってしまっていた。


「家族同伴の社内旅行でバスががけから落ちてひっくり返って、その時みんな自分が助かることしか考えてなかった。こんな子供を押しのけてですよ。何とか自分さえ窓から脱出できればってね、みんな必死でした。なんか、そんな中で生きていたって仕方ないんじゃないかって、そんな気がしましてね」


 小さい方の男の子の手を引きながら、父親は優しく語り続けた。


「そういう時に……」


 絵梨香が歩きながら言う。


「人間の本性って出ますよね」


「でも、今は生きているってこと、実感してます。こうして体もあるし、足で歩いている。こんな素敵な世界で、確実に生きている。だから妻にね、もう悲しまないで、ぼくは子供たちと一緒にこんな素敵な所で生きているからって、心の中で呼びかけてるんですよ」


 やがて道の右側に、山に囲まれた大きな湖が現れた。湖畔には木立もある。水面は静かで、まるで鏡みたいに透き通っていた。


「では。ぼくたちが行くのはこの湖の向こうなんで。この子たちのおじいちゃんとおばあちゃんが待っていますから」


 会釈して、父親と子供たちは湖の方へ向かっていった。そして、そのまま親子は水の上を歩いて湖の向こうへと行ってしまった。


 私はただ呆然として、ただ口をぽかんと開けてそれを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る