六、イチゴを採る人 ~Fragokolektanto ~
「いやあ、こんにちは」
気さくに男の人は話しかけてくる。
「見事ないちご畑でしょ」
その人はそう言うけれど、私の目にはただの草原にしか見えない。
「私ゃあね、ここでイチゴを狩ることが仕事なんですよ」
イチゴ畑って……?? そんなのどこに?
そう思ったけれど、私は彼に笑顔を返した。
「あなたには見えないんですか? そりゃあもう、果てしなく一面のイチゴ畑でしょ。私ゃずっとイチゴを採り続けるのが楽しみなんですよ」
言葉は年寄りっぽいけど、姿は若者だ。
「あなたが思ったように、私は元の世界では年寄りでしたがね」
じゃあ、この人も転生者?
「そうです。転生して来たら元の世界と同じ農夫ですよ」
全く口にしていない私の心の中が、この人には伝わっている。
するとその人、もう遠くの草の中にいた。何かを採っている。そしてもう私の目の前にいた。
この人、なんで瞬間移動できるの?
私たちは立ち止まった。
「どうぞ」
男が差し出したのは草の束。
「新鮮なイチゴです」
私が戸惑っていると、男はさらに笑顔を向けた。
「あなたはイチゴが好きでしょう?」
たしかに好きだけど、ていうか目がないほどだけど、なんで知ってるの?
「優美」
隣で絵梨香がささやく。
「イチゴが食べたいって素直に念じてみたら」
たしかにイチゴは食べたいし、じゃあイチゴが食べたいと念じてみる。
あっ!
男の人が差し出していたのは草の束じゃなくて、たくさんのきれいなイチゴじゃない!
「いただいていいんですか?」
「どうぞ。さあ、どうぞ」
一つつまんでみると、もうすでに練乳がかかったように甘いイチゴだった。
そして辺りを見回してみると、たしかにずっとずっと遠くの山のふもとまで一面のイチゴ畑だ。
さっきの男の人、遠くのイチゴの中でこっちに手を振っている……と思ったら消えた。
「優美はあの人のこと、最初はうざいと思ったから消えちゃった」
そう、たしかにうざいと思った。そんな想いが絵梨香にも伝わっていた。
あの人にも伝わっていたんだなあ。私、顔はにこにこして愛想よくしていたけど……。
しばらく、イチゴ畑の中を歩く。
「今度はパンケーキが食べたい」
試しに言ってみた。
ここ、異世界なら当然魔法が使えるんじゃない?
「魔法というのとは違うかもしれないけれど」
もう絵梨香の心の中はわかった。
念じただけで、周りのテーブルにはパンケーキの山。
絵梨香と二人で思い切り楽しんだ。
「勝手に食べていいのかなあ?」
「ここじゃあしちゃいけないってことはないよ。何してもいいんだよ。自由だよ」
にこにこしながらもどや顔で絵梨香は言っていた。
どんな魔法でも使えるのかなあ? 攻撃魔法とか治癒魔法とか……。
でも、敵がいないんじゃそういう魔法はいらないか……。
モンスターが現れてバトルなんて今のところなさそうだし……。
とにかく私は、着の身着のまま飛び出してきてそのままの格好だったから、かわいいファッションの服に着替えたい……もう私、部屋着じゃなくて思った通りのファッションに身を包まれている。
「すてきじゃない」
絵梨香も笑っている。
「絵梨香も服変えたら? 制服じゃなくって」
「私はこれでいい」
たしかに絵梨香、制服姿もかわいいけど……
「それにしても絵梨香、なんでこの世界のことよく知ってるの?」
だって、絵梨香が学校休んだ前の日は、私は絵梨香と同じ教室にいたんだよ。
それなのに、なんだか絵梨香はもうずっと前からこの世界にいて、この世界のこと知り尽くしているって感じだし。
「ここ、時間なんてものはないからね。今がいつにだってなれる」
絵梨香は笑った。まだ私にはよくわからない。
さらに歩いた。時間だけじゃなくって空間というものもないのかな。別に歩かなくったってどこにでも行ける。
それに、けっこう歩いたのに足が全く疲れていない。
もう一つ不思議なのは、突然家を飛び出してきたのに、あまり家に帰りたいって思わない。
てか、家の記憶さえ定かではなくなっていた。
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