六章 ローリング魔女 ①

 看板落下事件と植木鉢落下事件、二つの事件の犯人探しを引き受けたモニカは、真っ先に裏庭に向かった。

 看板落下事件で使われた看板は、入学式の終了と同時に撤去されているので、おそらく手がかりは残っていないだろう。

 一方、植木鉢が落ちてきた裏庭は、植木鉢の破片などを片付けず、そのままにしているらしい。裏庭は人が出入りすることもないから、無関係の人間に現場を荒らされる心配も無い。

 モニカが裏庭に続く門をくぐると、すぐ近くの茂みがガサリと音を立てて揺れた。


「よぅ、モニカ。王子の護衛は順調かよ」


 茂みから飛び出してきたネロは、フルフルと体を振って体にくっついた葉っぱをふるい落とす。

 モニカはしゃがみこんで、ネロと目線を合わせた。


「……ネロ、どうしよう」

「おう、どうした」

昨日きのうの、植木鉢からかばってくれた人は、実は王子様だったの……」


 モニカが護衛対象の顔を覚えていないが故の、不幸な事故であった。

 ネロはしつをゆらりと振ると、じとりとした目でモニカを見上げる。


「お前、護衛なんだよな?」

「……うん」

「お前が庇われてちゃ、駄目じゃね?」


 ごもっともである。

 モニカはあわあわと手を無意味に動かしながら、必死で弁明した。


「ちゃ、ちゃんと無詠唱魔術でガードしたもん!」

「へいへい、それで、お前は何しに来たんだ?」

「わたしが、植木鉢を落とした犯人と共犯って、疑われちゃって……潔白を証明するために、犯人探しを……」


 ネロはたっぷり数秒沈黙すると、人間じみたあきがおでモニカを見上げる。


「お前、護衛なんだよな?」

「……はい」

「刺客扱いされてちゃ、駄目じゃね?」


 もはや返す言葉も無い。


「……どうせわたしなんて、補欠合格の七賢人だもん……無能な引きこもりだもん……」


 もう山小屋に帰りたい。とモニカが泣き言を漏らすと、ネロはやれやれとため息をついた。


「ったく、仕方ないご主人様だなぁ。ほら、元気出せよ。肉球プニプニするか?」

「……するぅ」


 モニカはグズグズとはなすすりながら、ネロを抱き上げる。

 ネロは前足を持ち上げ、肉球でモニカの頰をプニプニと押した。

 その柔らかな感触に、モニカの心は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 モニカの涙が引っ込んだ頃合いを見計らって、ネロが訊ねた。


「で、犯人探しって、まずは何をするんだ?」

「うん、まずは植木鉢がどこから落とされたかを調べたいの」


 昨日の植木鉢は片付けられることなく、落とされた時の位置そのままで地面に散らばっている。

 モニカはその破片を数個拾い上げた。


「……元々は寄せ植え用の大きめの植木鉢だったみたい。これぐらいの大きさの、丸い植木鉢……」


 これぐらい、とモニカが両腕で輪を作ってみせれば、ネロは耳をピクピクさせながらげんそうにモニカを見る。


「なんで破片を見ただけで、元の形が分かるんだ?」

「……? 破片を見たら、大体分かるでしょ?」

「分かんねーよ」


 ネロの指摘に「そうかなぁ」と首をひねりつつ、モニカは手に持った破片を手のひらに載せた。

 片手に載る程度の物なら、モニカは大体の重さを当てることができる。

 そうしてモニカは散らばった破片を見て、植木鉢の大体の大きさ、形状、重さを計算した。


(……植木鉢の破片に土の汚れはついてない。きっと未使用か、もしくは洗ってある、空の植木鉢だったんだ……)


 頭の中に割れる前の植木鉢を思い描き、モニカはゆっくりと首を持ち上げて校舎を見る。

 セレンディア学園はバルコニーに花を飾っていることが多い。

 だから、ほとんどのバルコニーに植木鉢が並んでいた。むしろ植木鉢の無いバルコニーの方が少ないぐらいだから、フェリクスがモニカに調査を頼んだのも頷ける。


(昨日はほぼ無風状態だった。その上で、わたしが使った風の魔術の抵抗も踏まえて考えると……)


 モニカは目視で校舎の高さを導きだし、その上で植木鉢の落下速度を計算。

 該当するバルコニーの手すりはそれなりの高さがあるから、下にたたきつけるように投げるのは困難。バルコニーの手すりを乗り越えたところで、パッと手を離したと考えるのが妥当だろう。


(植木鉢の落下地点は土だから、ある程度クッションになっていた。その上で、破片はこれだけ小さくなり、かつ広範囲に飛び散っている……)


 多少の誤差はあるが、植木鉢のざんがいを見れば、モニカにはどのバルコニーから落としたのか、大体の見当はつく。


(……あそこ。四階の、右から二番目のバルコニー)


 モニカが部屋の位置を確認していると、ネロが前足でモニカのスカートのすそを引っ張った。


「モニカ、オレ様も学校の中に入ってみたい」

「……駄目。見つかったら、つまみ出されちゃうよ」

「つまみ出されるもんか。見つかっても、人間どもはオレ様の魅力にメロメロだぜ」


 確かに猫好きなら可愛かわいがってくれるかもしれないが、ソーンリー教諭のような厳しい人間に見つかれば、つまみ出されること間違いなしである。

 モニカは「駄目だからね」と念を押すと、目当てのバルコニーを調べるべく校舎へ向かった。

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