四章 最大の試練(自己紹介) ⑥
途端にその姿がぐにゃりと
「ほれ、これでどーだ」
椅子に座っているのは黒猫ではなく、黒い髪に金色の目を持つ二〇代半ばほどの青年だった。身につけているのは、どこか古風なローブだ。
当然だが彼は人間ではない。ネロが人間の姿に化けたのだ。
モニカはネロが人間に化けられることを知っているし、この姿のネロを何度か見たこともある。
それでも、目の前に成人男性がいるという現実に、モニカの体は勝手に
「ひ、ぃっ…………や、ぁ……」
いつもぼんやりと下を向いているモニカの目が限界まで開かれ、細い体がカタカタと震える。
モニカはベッドの上で縮こまり、自分を
「やだ……それ、やだ……ネロ、おねがい……猫の姿に……」
今にも泣きだしそうなモニカに、ネロは唇を
「いーやーだーねー。だってお前、ルールル・ルンタッタとは、なんとか
どうやらネロは、ルイス・ミラーの名前を覚える気がないらしい。
とりあえず、モニカはルイスの名前を訂正しつつ、主張した。
「ルイスさんは! ちゃんと返事しないと耳をつねるの!」
「うっわ……マジかよ、あの男。最低だな。まぁ、オレ様はお前をつねったりしないぜ! どうだ、優しいだろう!」
ルイスが過激なだけで、それが普通である。
だがネロは得意げにフンフンと鼻を鳴らし、モニカに詰め寄った。
「さぁオレ様に感謝しろ~
ズイズイと近づいてくるネロに、モニカは
「ひ、ぃぃぃっ……ぅ、ぁあ……あ……り……っ…………ありり……あっ、ぁっ……」
あり、と辛うじて二文字紡いだところで、モニカの口はモニョモニョと意味のない言葉を発し、あとはフゥフゥと荒い息を繰り返すだけになった。はたから見ていると、具合の悪そうな人にしか見えない。
ネロは
「へー、そーかよ。モニカは学園に潜入して調査をしてきたオレ様に感謝してないのか。あー、オレ様超ショックー。きーずつーいたー」
「ち、ちがっ、ごめ……」
「ごめんなさいより、ありがとうが聞きたいぜ。ほらほら、ちゃんと使い魔を褒めろよご主人様」
そう言ってネロはお行儀悪く椅子の上で足をブラブラさせる。
モニカはギュッと目を
「い、いつも、ありがとう、ネロっ!」
「おっ、いいじゃん、その調子その調子。よし、次はネロ様最高~!」
「ねろさまさいこう!」
「ネロ様素敵ぃ~!」
「ねろさますてき!」
目をグルグルとさせて復唱するモニカに、ネロはポリポリと頰をかく。
「……なんかオレ様、善良な人間を洗脳してる悪人の気持ちになってきたぜ」
「ネロ
「にゃにおぅ! オレ様はお前のためを思ってだな…………ん?」
ネロは金色の目をくるりと動かして窓の外を見ると、窓を開けて身を乗り出した。
モニカは慌ててネロの服の
「ネ、ネロっ! あ、危ないよっ、落ちちゃう……っ」
「おい、モニカ、見ろ。男子寮の庭、怪しい
「…………えっ?」
モニカはネロに並んで窓から身を乗り出すと、隣接している男子寮の方に目を向けた。
屋根裏部屋の窓は高くて見晴らしが良いが、月の無い夜に遠くのものを視認するのは、流石に無理がある。
モニカは無詠唱で遠視と暗視の魔術を使用した。この術は透視ではないので、障害物があると使用はできない。なので、モニカは窓から身を乗り出す。
(……ネロの言う通りだ……男子寮の庭に、誰かいる……)
その人物は頭からフード付きマントを
その時、強い風が吹いて、フードが外れる。
モニカの位置からはその人物の後頭部しか見えない。モニカはすぐにその人物の後頭部の縦横比を目に焼きつけた。
その人物が足を止めてフードを被り直すと、また風が吹いて、マントの下の服が一瞬だけ
マントの下に身につけている服は立派なフロックコートだ。
モニカがその胴体と足の長さを目視で測っていると、その人物は男子寮の庭を突っ切って、建物の角に消えていく。
ネロが
「見えなくなっちまったな。お前の魔術でどうにかできねーの?」
「……建物の陰に入っちゃったから、これ以上は追跡できない……ただ……」
モニカは
今、モニカの頭の中では、めまぐるしい速さで数字が行き交っていた。
その数字が、モニカに一つの事実を教えてくれる。
「……わたし、あの人と……会ってる」
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