四章 最大の試練(自己紹介) ③

       * * *


 セレンディア学園における昼食は、大半の者が校舎にある食堂を利用する。

 学園の食堂は一流の料理人達がそろっているし、給仕役もいる。一応なべごとに簡単な毒味も行われているので、安心して食べられるというわけだ。

 ただ、ごく一部の裕福な生徒は寮に自前の料理人や給仕を連れ込み、寮の食堂で調理をさせて自室で食事をする。モニカの護衛対象である第二王子もそのパターンらしい。


(だから、別に食堂には行かなくても、いい、よね……)


 そう自分に言い訳をして、モニカは昼休みになるとコソコソと教室を抜け出した。

 モニカのクラスの生徒達はみな、流れるように食堂へと移動していくが、モニカはその流れに逆らって、校舎を出る。

 モニカのポケットには、木の実が一握りほど入っている。これを人の少ないところで食べようと思ったのだ。

 モニカは昔から人の少ないところを探すのが得意である。ミネルヴァに通っていたころは、秘密の隠れ場所にこもって、魔術書や数学書を読んでいたものだ。

 今日は天気が良いし風も強くないから、モニカは外を散策してみることにした。

 セレンディア学園の敷地はとても広く、庭園は美しく整備されている。今は夏の花が終わり、秋つぼみが膨らみ始めていた。

 一般的に貴族の通う学校は秋、庶民の子が通う学校は春を入学の季節に設定していることが多い。

 貴族は春から夏にかけて社交界シーズンで忙しいし、庶民は収穫作業のある秋が一番忙しいからだ。故に、その時期を避けて入学の季節にしている。

 モニカは庶民の出身だが、市井の子が通う学校に通ったことがない。

 モニカの父親はとても物知りだったから、勉強はすべて父に教えてもらえたし、父亡き後はきよくせつを経て父の弟子にあたる人物の養子となり、魔術師養成機関であるミネルヴァに入学したのだ。

 だから、モニカは集団生活に慣れていない。ミネルヴァに通っていた頃も、友人らしい友人なんていなかった。

 ……否、一人だけいたけれど、その友人とも最後は決別してしまった。

 それでもモニカには魔術の才能があったから、ミネルヴァでは研究室に引きこもることが許されていた。だがセレンディア学園において、モニカはその才能を発揮することはできない。

 セレンディア学園にも魔術に関する教科は選択制で用意されているが、そこで魔術を披露してしまえば、大変なことになるだろう。

 あがり症のモニカは、無詠唱でしか魔術を使えない。

 そして、ここで無詠唱魔術を披露したら〈沈黙の魔女〉であることがばれてしまう。

 モニカはため息をつきながら、髪に結ばれたリボンに触れた。


(わたし……ありがとうの一言すら、言えてない)


 いつだって、言いたい言葉はモニカの喉に貼りついて、そのまま声にならずに飲み込まれてしまう。


(クラスメイトとだって、まともに話せないのに、どうやって王子様に近づいたらいいんだろう)


 護衛をするためには、第二王子に近づかなくてはならないのだが、第二王子は三年、モニカは二年。そもそも学年が違うのだ。


(……王子の護衛が目的なら、ルイスさんは同じ学年にわたしをねじ込むぐらいしてたはず……ううん、そもそも確実に護衛したいなら、男の人を送り込む、はず。だって、男子と女子は寮が離れているもの)


 ルイス・ミラーは傍若無人で壊滅的に性格が悪いが、有能だ。

 この護衛任務が絶対に失敗できないことは、ルイスも分かっているはずである。

 それなのに「王子を護衛する」にしては、この計画は穴が多すぎる。そもそも極度に人見知りのモニカをこの学園に送り込む時点で無謀だ。


(ルイスさんは、他に何か考えがあるんじゃ……)


 そんなことを考えながら庭園を横切ったモニカは、ふと校舎の奥に大きなさくを見つけた。

 この先も学園の敷地内のはずだが、それ以上先に進めぬように柵の鉄門は閉ざされている。

 門扉には「旧庭園、現在整備中」という札がかけられていたが、よく見るとかぎはかけられていない。


(……ここなら、人が来なそう)


 モニカは周囲に人がいないのを確認すると、旧庭園を早足で進んだ。こういう閉鎖されている空間は、絶好の隠れ場所だ。

 整備中の札がかけられていたけれど、思っていたほど木々は荒れていない。

 ただ、花の類はほとんど見当たらなかった。どうやら花は全て表の花壇に移してしまったらしい。咲いているのは秋の野草ぐらいだ。


(でも、静かで良い場所……)


 ここなら落ち着いて過ごせそうだ。

 モニカは少しだけ気持ちを浮上させ、座るのに丁度良い場所を探す。

 だが、その浮かれた足取りは、ツツジの茂みを一つ曲がったところでピタリと止まった。

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