四章 最大の試練(自己紹介) ②

「ねぇ、貴女あなた


 休み時間になってもモニカが椅子に座ってじっとしていると、すぐ真横から声が聞こえた。

 もしかして自分に話しかけているのだろうか、でももし人違いだったらどうしよう、と顔を上げることもできずにいると、今度はトントンと肩をたたかれる。


「ねぇ、貴女に話しかけているのだけど。編入生さん」


 モニカはビクッと肩を震わせ、ぎこちなく頭を持ち上げた。

 モニカを見下ろしているのは亜麻色の髪の少女だ。色白で目が大きく、少し勝気そうな雰囲気がある。髪型は凝った編み込みが施され、耳元には繊細な細工のイヤリングが揺れていた。


「わたしはラナ・コレット」


 ラナと名乗った少女は、モニカを頭のてっぺんから靴の先までまじまじと眺め、腰に手を当てる。


「ねぇ、どうして髪をおさげにしているの? そんな田舎いなか娘みたいな髪型、この学校じゃだれもしてないわ」


 ラナの言う通り、モニカは薄茶の髪を二つに分けて緩く編んで垂らしている。

 ルイスから貴族の令嬢らしい髪型を幾つか教えられたのだが、難解すぎてやり方を覚えられなかったのだ。

 寮に侍女を連れ込んでいる令嬢達なら侍女にセットしてもらうところだが、当然モニカには侍女なんていない。


「ほ、他の……やり方……分から、なくて……」


 その一言で、モニカを見る周囲の目が「やっぱりな」と言いたげなものに変わる。

 モニカは今の発言で、自分に侍女がいないことを露呈してしまった。

 寮に侍女を連れてきていない者は、大体が訳ありだ。


「貴女、育ちはどこ?」


 ラナの問いにモニカは言葉を詰まらせた。

 モニカは生まれも育ちも王都から比較的近い街なのだが、今はケルベック伯爵家の関係者のふりをしなくてはいけない。


「……リ、リ、リェンナック、です」


 伯爵領の街の一つを挙げると、ラナは「まぁ!」と大きな目を見開いた。


「国境沿いの大きな街ね! あそこは隣国の珍しい布が入ってくるでしょう? ねぇ、今リェンナックではどんな模様がっているの? ドレスの型は? スカーフはどんな物が?」


 ラナの質問攻めに、いよいよモニカは困り果ててしまった。

 そもそもモニカはリェンナックの人間ではないし、仮にそこに住んでいたとしても、流行の物なんて何一つ知らなかっただろう。


「わ、わたし、そういうの、よく、分からなくて……ごめんなさい」


 モニカがモゴモゴと謝れば、ラナは唇をとがらせ、まゆをひそめた。


「ねぇ、どうして貴女、お化粧をしてないの? せめておしろいと口紅ぐらいはするものでしょう? ねぇ見て、この口紅の色。王都の化粧品店の最新作なのよ」


 それからラナは、次々とモニカの服装にダメ出しをする。

 やれ、手袋は縁にしゆうのある物が可愛かわいいのだとか、アクセサリーの一つも着けていないなんて信じられないとか、靴のデザインが古すぎるとか。

 モニカは震える声で「よく分からないです」「ごめんなさい」と言うことぐらいしかできない。

 だって、モニカには本当に、ラナの言うことが何も分からないのだ。

 ラナは髪型も凝っているし、美しい髪飾りを挿している。素敵なネックレスもしているし、襟元のリボン飾りは華やかな刺繡入りだ。

 モニカと同じ制服でも、まるで印象が違う。

 モニカが困っていると、周囲の女子生徒達が扇子を口元に当てて、何やらヒソヒソと話し始めた。


「ねぇ、また成金男爵の令嬢が、田舎者相手に成金自慢してるわよ」

「他に誰にも相手にしてもらえないから、あんな田舎者に絡んでるんでしょ」

「お金で爵位を買ったからって、必死よねぇ」


 いくら小声と言っても、モニカに聞こえるぐらいの声量なのだ。当然、ラナにも聞こえている。

 ラナは細い眉をヒクヒクと震わせていたが、やがて亜麻色の髪をかきあげると、フンと鼻を鳴らした。


「もういいわ。貴女と話していても、つまらないんだもの」

「……ごめんなさい」


 つまらないは、モニカにとって言われ慣れた言葉だ。

 モニカは自分がつまらない存在であることを、嫌になるぐらい自覚している。

 みんなと同じ話題で盛り上がれない、流行りの物が何一つ分からない。興味があるのは数字と魔術だけ。

 だからモニカは俯いて、誰とも目を合わせないように、じっとしていることしかできない。

 今もそうして俯き、石のように固まっていると、ラナが突然手を伸ばしてモニカの三つ編みをつかんだ。

 モニカがヒィッと恐怖に息をのむと、ラナは鋭い声で「じっとしてなさいよ」と言う。

 ラナはモニカのおさげを解いて編み直し始めた。この場に鏡は無いので、自分の頭はどんなことになっているのか、モニカには分からない。

 やがてラナは「これでいいわ」と満足そうにうなずく。


「ほら、これぐらい簡単なんだから! できるようになりなさいよ!」


 そう言ってラナはズカズカとおおまたで自分の席に戻っていった。

 モニカはおっかなびっくり自分の頭に指先で触れる。そこには、柔らかな手触りのリボンが揺れていた。

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