三章 学園長の高速揉み手 ②

       * * *


 セレンディア学園に向かう馬車の中で、モニカは途方に暮れていた。


「ど、どうしよう、どうしよう……」


 モニカが頭を抱えている理由は、ずばり女子寮の部屋分けにある。

 セレンディア学園は全寮制の学園なのだが、寮は基本的に二人部屋だ。

 だが、対人恐怖症で山小屋暮らしをしていたモニカが、二人部屋でまともにやっていけるはずがない。

 ただでさえ、第二王子の護衛任務という厄介な事情を抱えているというのに!


「立派なお部屋でなくていいから……せめて、屋根裏部屋がいいよぅ……」


 中には一人部屋もあるらしいのだが、成績優秀な生徒や、多額の寄付をした生徒に限られるらしい。

 多額の寄付金を積むのは、実を言うと難しくはない。モニカは七賢人になってからの収入にほとんど手をつけていないので、金には困っていないのだ。

 だがケルベック伯爵家の鼻つまみ者という設定のモニカ・ノートンが、一人部屋にするために多額の寄付金を積んだら、流石さすがに不自然だろう。

 任務の協力者であるイザベルと同室にしてもらえれば問題ないのだが、イザベルは高等科の一年生。寮は基本的に同学年の者が同室になるため、二年生のモニカと同じ部屋にはなれない。

 どうしよう、どうしよう、とモニカが頭を抱えて震えていると、イザベルが自信たっぷりに提案した。


「お姉様、そういうことでしたら、わたくしに考えがありますわ。ここは悪役令嬢的に、華麗に解決いたしましょう」

「あ、悪役令嬢的に……?」


 困惑顔のモニカに、イザベルは「お任せください!」とニッコリ微笑む。

 やがて馬車はセレンディア学園に到着した。

 セレンディア学園はリディル王国城のように美しい建物だ。白い壁に青い屋根。城のようなせんとうこそ無いが、いたるところに美しい彫刻が施されている。

 モニカがぼんやり建物を見上げていると、イザベルは「参りましょう」とモニカを促した。

 イザベルが向かったのは寮ではなく、学園長室だ。

 突然の面談の申し出に学園長が嫌な顔をするのでは、とモニカは戦々恐々だったのだが、予想に反して学園長はで面談に応じた。

 イザベルの実家のケルベック伯爵家は地方貴族の中でも五本の指に入るほどの名家だ。相応に寄付金も積んでいるので、学園長は驚くほどイザベルに対して腰が低かった。


「やぁやぁ、これはイザベル様。お父様には大変お世話になっております、はい」


 灰色の髪をでつけた初老の学園長は、その大きい顔いっぱいに愛想笑いを貼りつけて、イザベルとモニカを学園長室に案内した。

 セレンディア学園は貴族の子が通うだけあって、非常に美しい建物だ。

 中でも学園長室はぜいを尽くしたつくりをしていて、見るからに高価そうな絵画やら彫刻やらが飾られている。

 イザベルは学園長の向かいのソファに自分だけが座ると、モニカをソファの後ろに立たせた。


「実はわたくし、学園長にどうしてもお願いしたいことがありますの」

「えぇえぇ、何かお困りのことがおありでしたら、わたくしめが力になりましょう」


 学園長がずいっと身を乗り出すと、イザベルは扇子を取り出して口元を覆った。

 そして、さも憂いを帯びたような顔でため息をつく。


「セレンディア学園の寮は、二人一部屋とお聞きしましたわ……だけど、わたくし繊細ですから、見知らぬ人間と同室なんて耐えられませんの」

「なんだ、そういうことならご安心を。イザベルお嬢様には、ケルベック伯爵家の御令嬢に相応ふさわしい個室をご用意しておりますよ。あぁ、そう言えば、そちらのお嬢さんは身内でしたな。部屋は近くになるように手配しましょうか?」

「まぁっ! この娘と近くにですってぇ!?」


 ここぞとばかりにイザベルが大きな声を出す。

 学園長がビクッと肩を震わせた。ついでにイザベルの作戦を聞かされていないモニカも、ビックリしたのでヒィッと声をあげて震えあがった。


「ご冗談でしょう! こんな泥臭い子と近くの部屋だなんて、わたくし、まっぴらごめんだわ!」

「あああ、これは気が利かず申し訳ありません。でしたら部屋は、なるべく離して……」

「学園長、この娘には普通の部屋ですら不相応ですわ! こんな娘と一緒になる同室の方がわいそう


 イザベルが扇子を傾けて、ヨヨヨとうそきをすれば、学園長の揉み手の速度が上がった。

 モミモミモミと学園長は高速揉み手を披露しつつ、ねこごえを出す。


「そ、それでしたら、いかがいたしましょう……?」


 イザベルが扇子の下で勝利を確信した笑みを浮かべる。

 そして背後でうつむいているモニカをチラリと見上げ、イザベルは意地の悪い声で言った。


「あなたなんて、屋根裏部屋がお似合いよ……そうでしょう?」


 モニカがビクビクしながらうなずけば、イザベルは「本人もこう申しておりますわ」と学園長に駄目押しをする。

 学園長は「屋根裏部屋ですか……」と気乗りしない様子だった。モニカを気遣ってというより、学園の体裁を気にしているのだろう。

 そんな学園長にイザベルは鋭い目を向けた。


「屋根裏部屋が空いていない? それなら、馬小屋でも構いませんことよ」

「いえっ、では屋根裏部屋にベッドを運ばせましょう。えぇ、はい」


 イザベルは学園長の目を盗んで、モニカにウィンクをしてみせる。

 なんとも鮮やかな悪役令嬢的解決方法に、モニカはただただあつにとられるしかなかった。


(あ、悪役令嬢って、すごい……)


 なお、すごいのは悪役令嬢ではなくイザベルである。

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