二章 悪役令嬢は沈黙の魔女がお好き ②

       * * *


 ロザリー・ミラー夫人の手で風呂に沈められ、着替えと温かな食事を提供されたモニカは、一息ついたところでミラー家の客室に通された。

 移動中ずっと荷物袋にいたネロは、やっと落ち着けるという顔で荷物袋から顔を出すが、客室にルイスが入ってくると、すぐさま袋の中に引っ込む。

 ルイスは興味なさそうにネロをいちべつすると、モニカに話しかけた。


「ロザリーは貴女に仮眠を取らせるべきだと主張していますが、その前に、貴女にはこれから来る客人にあいさつをしてもらいます」

「お、お客様、ですか?」


 身構えるモニカに、ルイスはコクリとうなずいて客人の名を告げる。


「ケルベック伯爵家のイザベル・ノートン嬢です」


 イザベル嬢は、今回の任務でモニカと共にセレンディア学園に入学する協力者だ。

 なるほど確かに、学園に行く前に顔合わせをしておいた方が良いだろう。

 納得したモニカは、ふと気になったことをルイスにたずねた。


「……あ、あの、ケルベックはファミリーネームではないんですか?」

「はい?」


 ちょっと何を言われたか分からない、と言いたげな顔をするルイスに、モニカはもじもじと指をこねながら言う。


「えっと、その、ケルベック伯爵のご令嬢だから、イザベル・ケルベック様という、お名前なのかと……」

「ケルベックは爵位の称号です。伯爵以上の者は大抵、称号に爵位を付けて呼ぶのですよ」

「……?」


 目を白黒させるモニカに、ルイスは頰をヒクヒクと引きつらせた。


「同期殿、貴女、貴族階級について、どの程度の知識をお持ちで?」


 モニカが無言で首を横に振れば、とうとうルイスの顔から笑顔が消える。


「我が国における爵位を、上から順に答えるぐらいはできますよね?」

「……だ、男爵、侯爵、公爵、伯爵?」


 しどろもどろに答えるモニカを、ルイスはそれはそれは美しい笑顔で「馬鹿娘」とののしった。


「何一つ合っていない上に、子爵はどこに行ったのですか」

「……ひぃん」

「貴女、一〇〇以上ある魔素の名前はすべて答えられるくせに、どうしてたかだか五爵が言えないのです?」


 どうしてと問われれば、興味が無かったからとしか言いようがない。

 だが馬鹿正直に答えれば、また悪態が返ってくることは確実なので、モニカは黙ってうつむいた。

 ルイスはかた眼鏡めがねを指先で持ち上げながら、深々とため息をつく。


「まず、これだけは頭にたたみなさい。我が国における爵位は、上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵です。この下に準貴族もいるのですが、ここでは割愛します。とりあえず、公爵クラスと遭遇したら、それは王族の血縁者と思いなさい」


 ルイスの言葉を頭に刻みつつ、モニカはボソリとつぶやいた。


「……は、伯爵って、意外と地位が上なんですね」


 実を言うと、モニカは一番下の爵位が伯爵だと思っていたのである。

 そんなモニカの呟きに、ルイスは限界まで目を見開き、信じられないものを見るかのようにモニカを凝視した。


「……同期殿? 貴女、ご自分も爵位をお持ちでしょう?」


 七賢人は伯爵位に相当する、魔法伯という特殊な爵位をもらえる。つまりモニカも貴族なのだ。

 それも国内に一〇人もいない、貴重な爵位持ちの女性である……が、この二年間ほぼ山小屋に引きこもっていたモニカに、貴族としての自覚など無い。

 振り返れば、自分が七賢人になった時に爵位の証明書だの指輪だのを色々と貰った記憶はあるのだが、モニカはそれをどこにしまったのかすら、うろ覚えだった。多分、あの山小屋の紙の束のどこかに埋もれているのだろう。

 モニカが正直にそう白状すると、ルイスはけんしわに指を添えてため息をつく。

 その時、扉をノックする音が聞こえた。

 扉の向こう側から聞こえるのは、リンの声だ。


「ケルベック伯爵令嬢が到着されました」


 ルイスはモニカをチラリと見て「行きましょう」と声をかける。

 モニカは痛む胃を押さえて、ノロノロと立ち上がった。

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