一章 同期が来たりて無茶を言う ④

「……た、頼み、です、か?」


 警戒心を隠そうとしないモニカに、ルイスはニコリと優雅に微笑むと、手袋をした手を組んであごを乗せた。そうした仕草が、いちいち絵になる男である。


「えぇ、実は私、先月から国王陛下の密命で、第二王子の護衛をしておりまして」

「……えっ?」


 ルイスの言葉にモニカは目を丸くした。

 この国には、母親の違う三人の王子がいる。

 今年で二七歳になるライオネル王子、一八歳になるフェリクス王子、一四歳になるアルバート王子。この三人のだれが次期国王になるかで、国内貴族達の意見は割れていた。

 モニカはこの手の権力闘争に無関心なので、ひとづてに聞いた程度の知識しかないが、第一王子派と第二王子派がほぼ同数、第三王子派がやや劣勢らしい。

 七賢人の中でもこの派閥はあり、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは第一王子派の代表格であった。

 そのルイスが、第二王子の護衛を命じられたのか? 違和感にモニカは眉をひそめる。


「あ、あの、ルイスさんは……第一王子派、です、よね?」

「えぇ、それなのに何故、陛下は私に第二王子の護衛を命じたのか……思うところはありますが、憶測で陛下のこころを語るのは不敬ですので、ここではやめておきましょう。重要なのは、陛下が私に『第二王子にも気づかれぬよう護衛せよ』と命じたことです」

「……第二王子に、気づかれないように、ですか?」


 護衛対象に気づかれずに護衛するというのが、どれだけ大変かは語るまでもない。

 何故、国王は第一王子派のルイスに第二王子の護衛を命じたのか?

 何故、第二王子に気づかれないようにする必要があるのか?

 混乱するモニカに、ルイスは淡々と言葉を続ける。


「先程も申し上げました通り、第二王子のフェリクス殿下は今、全寮制の名門校セレンディア学園に通っています。その殿下に気づかれぬように護衛するとなると……まぁ、学園に潜入するのが妥当なのですが」


 ルイスが学園に潜入。正直、あまりピンとこない話である。

 何より〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーは知名度が高く、顔も知られている。おまけに、この目立つ容姿である。どう考えても潜入向きじゃない。

 ルイス自身もそれを自覚しているらしく「まぁ、無理でしょうね」とあっさり言った。


「なによりあの学園は、第二王子派筆頭のクロックフォード公爵の息がかかっているので、潜入が難しいのです」


 クロックフォード公爵は第二王子の母方の祖父にあたる人物で、国内でも有数の権力者である。端的に言って、ルイスとは水と油の関係だ。

 内密に護衛をしたいルイスに、協力してくれるとは考えにくい。


「が、学園の中に入れないなら……どうやって護衛するんですか……?」

「そこで私が用意したのが、この護身用の魔導具です」


 ルイスは懐から小さな布包みを取り出して机に載せた。

 布に包まれていたのは、砕けたブローチだ。中央に飾られた大粒のルビーには亀裂が入っており、留め金の繊細な金細工は盛大にひしゃげている。

 ルイスがモニカにも見えるようにルビーをつまみ上げた。

 亀裂の入ったルビーとあらわになった台座には、それぞれ魔術式が刻まれている。それを見ただけで、モニカは魔術式の意味するものをおおむね理解した。


「……き、危険察知、小範囲の物理・魔術防壁、追跡と伝令の複合結界……ですか?」

「一目で見抜くとは流石さすがですな。えぇ、これは私が丹精込めて作った護身用の魔導具です」


 魔導具は特殊な加工を施した宝石等に魔力を付与し、魔術式を組み込んだ道具である。

 魔術が使えない者でも、その恩恵にあずかれる非常に便利な道具なのだが、まだ一部の上流階級にしか流通していない超高級品だ。

 まして、この国でもトップの魔術師である七賢人が作った物となれば、到底値段をつけられない。下手をしたら、王都に家が二つ三つは買えてしまう。

 ルイスはひびの入ったルビーをつまみ上げて、窓から差し込む日の光に透かした。


「このブローチは、サファイアとルビーで一対のブローチとなっています。ルビーの持ち主はサファイアの持ち主の居場所を常に把握することができる。また、サファイアの持ち主がなんらかの攻撃を受けたら防御結界が発動。その時は、このルビーが輝いて反応する……というものです」


 改めて魔導具に刻まれている魔術式を眺めたモニカは、しばしの沈黙の末、おずおずとルイスにたずねた。


「あ、あの、それってつまり……第二王子を守るためというより……監視するための魔導具、ですよね?」


 モニカの指摘に、ルイスは後ろめたいことなど何もないと言わんばかりに、さわやかに笑う。


「護衛対象の動向を気にするのは、当然のことでしょう?」

「ば、バレたら怒られるんじゃ……」

「どうやら我が同期殿は、いささかがすぎるようで……そんな貴女に、この名言を授けましょう」


 ルイスは胸元に手を当て、聖句を口にする聖職者のような清らかさで言った。


「『バレなきゃ良いんですよ。バレなきゃ』」

「…………」


 良いのかなぁ、と思わずにはいられないが、確かに魔導具に刻まれた魔術式など、簡単に読み取れるものではない。

 ましてルイスの作った魔導具は非常に複雑な魔術式を複数使用しているのだ。上級魔術師でも、簡単に見抜くことはできないだろう。


「私はこれを陛下経由でフェリクス殿下に渡してもらいました。私が作った魔導具であることは伏せて、父親から息子へのプレゼント、という体で」


 あとは第二王子がこのブローチを肌身離さず身につけていれば、ルイスは常に第二王子の動向を監視でき、非常時にもすぐ対応できる。

 そもそもセレンディア学園自体が、クロックフォード公爵の手で厳重に管理されているのだ。王子の命をねらう悪漢が簡単に侵入できるものではない。

 だから、そうそう滅多なことはないだろう……と、ルイスも高をくくっていたらしい。


「ところが、私が一週間ほぼ不眠不休で作ったこの魔導具は、陛下がフェリクス殿下に贈った翌日に砕けたそうです。一週間ろくに休まず作ったのに、渡して一日で……いやぁ、対になっているルビーが割れた時は、愉快すぎて笑ってしまいましたよ。はっはっは」


 ルイスの笑い声はすさまじく棒読みで、目はこれっぽっちも笑っていなかった。

 いや、そもそも笑いごとではない。ルイスの手元にあるルビーが割れたということは、第二王子に何かしらの危険があったということなのだ。


「そ、それって……第二王子は……無事だったん、ですか?」

「この魔導具が発動した時、私は寝不足の体にむちって、大至急学園に駆けつけました。そしたら、何と言われたと思います?」


 片眼鏡の奥で、ルイスの目がギラリと底光りする。


「殿下は、なにごとも無かったと言うのです。ブローチは不注意で割ってしまったのだと」


 ルイスの手の中で、ルビーがピキッピキッと硬質な音を立てた。手袋をした指のすきから、ルビーの破片がパラパラとこぼれ落ちる。


「私が作った物が、そう簡単に壊れるはずがありません。まして、あのブローチには保護術式を複数かけているのです。それを上回るほどの衝撃を受けたことは明白……ところがフェリクス殿下はそれを隠している」


 いよいよ話がきな臭くなってきた。嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。

 ルイスは粉々になったルビーのざんがいを机の上にパラパラと散らして、馬鹿力に見合わぬ優美な笑みをモニカに向けた。


「さて、ここまで言えば、私の言いたいことは分かりますな?」


 モニカは全力で首を横に振った。わらのようなおさげが右に左にブンブン揺れる。

 だが、そんなモニカの態度など目に入らぬとばかりに、ルイスは告げた。


「ちょっと私の代わりに学園に潜入して、殿下を護衛してきてください」

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