一章 同期が来たりて無茶を言う ⑤

 ちょっとハンカチ貸してください、と言わんばかりのノリだが、言っていることはとんでもない無理難題である。


「むっ、無理、ですっ! どうしてわたしが……っ」

「だって、私は有名人ですから。ほら、このぼう。どんなに変装しても隠しきれるものではないでしょう? その点、貴女は社交界には出ないし、式典でもフードをかぶってうつむいているから、顔を知られていない。なにより……」


 ルイスは言葉を切り、うっとりするほど美しい笑みを浮かべて言った。


「こんな地味な小娘が七賢人だなんて、誰も思わないでしょう」


 暴言である。

 棚の上のネロが「怒れ! 言い返せ!」と視線で語りかけてくるが、気の弱いモニカは「無理ですぅ」とベソベソ泣きじゃくるのが精一杯だ。


「わ、わたし、誰かの護衛なんて、やったこと、ありません……」

素人しろうとだから良いのです」

「……へっ?」


 意外な言葉にモニカの涙が一瞬止まる。

 ルイスは物憂げに視線を落とし、首を横に振った。


「殿下は非常に勘の良い方でして……魔法兵団の人間をこっそり護衛につけたら、すぐに見抜かれてしまったのですよ。殿下は幼いころから、護衛に囲まれて育っていますから、護衛を見抜くのがい。だからこその貴女あなたなのです」


 そうしてルイスはモニカをぐに見据えると、力強く言い放つ。


「流石の殿下も、ど素人感丸出しの小娘が護衛だとは思いますまい」

「…………」

「なにより貴女の無詠唱魔術は、周囲に気づかれずに発動できるので、内密の護衛に最適でしょう? 今回の任務、貴女ほどの適任者はいません」


 ルイスはいかにもそれっぽく理屈を並べ立てているが、モニカには魔導具を壊されたルイスが、王子にひと泡吹かせようとしているようにしか見えなかった。

 それでもモニカが何も言い返せずに黙りこくっていると、ルイスはこれ見よがしにため息をついてみせる。


「貴女と私が七賢人に就任して、かれこれ二年がちますな……この二年間、貴女のした仕事と言えば、引きこもって紙と向き合うばかり」

「さ、三ヶ月前に、竜討伐も、しましたぁ……っ」

「私はこの三ヶ月で、一〇回は竜討伐してますけど何か?」


 七賢人は明確な上下関係が定められているわけではないが、就任して日が浅いモニカとルイスは、どうしても雑用を回されやすい。

 この二年間、ルイスは主に竜討伐に駆り出され、モニカは書類関係の雑用を担当していた。

 この小屋にある書類のほとんどが、他の七賢人にモニカが「数字のお仕事をください」と頼みこんで、引き受けたものである。


「これは数学者か帳簿番の仕事です。良いですか? 貴女は我がリディル王国の頂点に立つ魔術師、七賢人なのですよ? 貴女にしかできない仕事があると思いませんか? 思うでしょう? 思いますよね? 思いなさい? ……思え?」


 最後はまさかの命令形である。血も涙もない。


「で、でも、わたしなんて、七賢人になれたのも補欠合格みたいなもので……」

「第二王子護衛に関する人選を、陛下は私に一任されています。つまり……貴女に拒否権はないのですよ、同期殿?」


 肩をつかまれ、至近距離から剃刀かみそりのようにギラギラと光る目に見据えられ、モニカは反射的にうなずいた。頷いてしまった。

 ルイスは物騒な笑みを引っ込めると、モニカの肩から手を離す。


「分かればよろしい。なお、この任務は国王陛下直々に命を下されたもの……失敗したら処刑、なんてこともありえるので心して聞くように」


 処刑の一言に、モニカは震えあがった。

 そんな恐ろしい任務など受けたくない。受けたくないが、一度でも頷いてしまった以上、もうルイスはモニカを逃がしてはくれないだろう。

 モニカにできることは、第二王子が卒業するまでの一年間、何がなんでも正体を隠して護衛し、任務を全うすることだけだ。

 モニカが嫌々ながら覚悟を決めると、ルイスは滑らかな口調で語りだした。


「さて、それでは早速、具体的な作戦を説明いたしましょう。今から数年前、リディル王国東部ケルベック伯爵領にある某修道院に、身寄りのない哀れな娘がいました」

「……はぁ」

「そんな哀れな娘に、ケルベック前伯爵夫人は亡き夫の面影をいだし、娘を養女にします。娘はケルベック前伯爵夫人に可愛かわいがられて、幸せに育ちました」

「いいお話、ですね」


 モニカの素朴な感想にルイスは芝居がかった仕草で首を横に振り、そうかんたっぷりの声で言った。


「しかしある時、高齢だった夫人は病に倒れ、とうとう帰らぬ人となってしまいます」

「そんな……」

「後見人を失った娘は伯爵家の人間にうとまれ、伯爵令嬢の使用人としてこき使われていました。そして、その伯爵令嬢が貴族の子女の通うセレンディア学園に入学することが決まると、哀れな娘も伯爵令嬢の世話係として一緒に編入させられることとなったのです」

「か、わいそう……」

「はい、この可哀想な娘が貴女の役です」


 モニカはたっぷり一〇秒近く沈黙してから、口を開いた。


「……はい?」

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