プロローグ ウォーガンの黒竜 ②

 城の門よりも翼竜の体よりも、なお大きなその門は白い光で出来ており、門の周囲には同じ輝きを持つ魔法陣がいくつも浮かんでいる。

 音もなく開いた門の奥から強い風が吹いた。その風は発光する門によく似た、白い光の粒子をまとっている。

 白く輝く風、春を告げる者──そんな二つ名を持つ風の精霊王シェフィールドの吐息。

 精霊王召喚。国内でも使い手は数えるほどしかいない、高度な魔術。

 精霊王の吐息は術者の命じるままに鋭いやりに形を変え、空を覆う厚い雲を切り裂きながら、翼竜の眉間を貫いた。

 翼竜達は断末魔の叫びをあげることすらなく、何が起こったのかも分からぬまま絶命し、一匹、二匹と地に落ちていく。

「あれ、は……」

 地に落ちる翼竜の巨体は、それだけで脅威だ。下に人や建物があれば被害が増える。

 だが眉間を貫かれて絶命した翼竜達の巨体はきらめく風に包まれて、まるで木の葉のようにヒラリヒラリと静かに地に落ち、積み重なっていった。

 恐ろしく静かで、正確な魔術。それを行使したのは、翼竜のがいの前に立つ小柄な人物だ。

 身に纏うは金糸のしゆうを施したローブ。そのフードを目深にかぶり、身の丈よりも長い黄金のつえを握りしめている魔術師。

 その足元では、使い魔らしき黒猫がローブのすそにじゃれついている。

 ローブの人物は黒猫を抱き上げると、竜の死骸に背を向けて歩きだした。

 リディル王国では、魔術師の杖の長さは、そのまま魔術師の格を表している。

 そして、身の丈ほどの長い杖を持つことが許されているのは、この国でたった七人──七賢人だけ。

 翼竜を撃ち落とした、あの小さな魔術師こそ、リディル王国が誇る魔術師の最高峰。

 七賢人が一人〈沈黙の魔女〉。

「まぁ……まぁぁ……」

 イザベルが知っている魔術とは、炎なり風なりがぐ対象に飛んでいくものである。すごいけれど、それだけだ。

 しようする翼竜の眉間を正確に撃ち抜き、落下する巨体を音もなく一箇所に集める……こんな繊細で美しい魔術を、イザベルは見たことがない。

 イザベルは頰をいろに染めて、救世主の起こした奇跡をバルコニーの上から見つめ続けた。




 同時刻、この光景を少し離れたところから眺めている男がいた。

 男のあおい目に映るのは、この静かで美しい魔術を行使した魔女の姿。

 ほうっと感嘆の吐息を漏らし、男は小さくつぶやく。

「やっと見つけた……僕が、夢中になれるもの」

 その声はまるで恋に落ちたかのように、熱を帯びていた。

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