第33話

 外からこちらを覗いていた下級生を視線であしらうと、彼女は慌てて生徒会室の扉を閉めた。

 僕は引っ張ってきた椅子に腰を下ろし小峰こみねの方に向き直って、


「無理に話せとは言わないけどさ、できる範囲でいいから教えてほしい。なにがあった?」


 極力柔らかい声を意識して訊ねる。

 ソファに横たえた小峰の目はれ、頬はヤスリでこすったみたいに赤くなっていた。

 その状態を見るに、泣いたのは本当のことらしい。

 呆然と天井を見ていた彼女は、やがてうつろに口を開きはじめた。


「わたしさー、最近それなりに自信出てきたっていうか……その、普通の女子高生みたいにおしゃれしたり……ようやく、キラキラの青春を謳歌できるんじゃないかなって……思ってたんだ」

「……」


 僕は黙って続きを促す。


「でもさ、やっぱわたしのキャラってそういう感じじゃなくて、クールでかっこいいみたいな、王子様とか、そういう方がみんなが求めてるわたしで、女の子としてのわたしって求められてないんだなぁって……思ったら……なんか……急に……」


 言ってる途中で、小峰の目からはポロポロと涙がこぼれ出した。腕で目元を覆い嗚咽おえつを漏らす。


「やっぱり、わたしみたいなデカい女が……可愛くなろうなんて無理だったのかな……」

「僕は小峰のことが好きだ」

「え……」


 自然とそんな言葉が漏れていた。

 昨日どれほど頑張っても出なかったのに。

 言えずに後悔して、激しく自分を責めたというのに。

 たぶん、許せなかったからだと思う。

 たとえ相手が小峰であっても、自分の好きな人を否定されるのは許せなかった。


「僕は、かっこいい小峰が好きだ。バレーをやってる時の真剣な眼差しとか、演劇の時見せた王子の役とか、さりげなく人を助けてあげられるところとか、そういうところが」


 言うと、小峰の身体からすう、と力が抜けるのがわかった。

 僕を見る目が徐々に色を失っていく。

 代わりに現れた色の名前は失望だ。


「ああ……そう……結局片桐かたぎりくんも……」

「でも――」


 僕は続けた。


「僕は、可愛い小峰も好きだ。ちょっと抜けてるところがあったり、普段は大人っぽくて頼れる風に見せかけてるのに本当は甘えたがりだったり。前にも言ったけど、意外と表情豊かで特に笑った時の顔とか、最高に可愛いと思う」

「……なっ……!」


 小峰は驚愕に目を見開く。

 もはやどう思われようが構わない。

 僕は自分の思うがままの感情を彼女にぶつけた。



「かっこいいところとか、可愛いところとか、そういうの全部ひっくるめて、一人の女の子として! 小峰のことが! 大好きなんだ!」



 そうして僕は、ふっ、と笑って、


「それじゃダメか?」


 と言った。

 たしかに、小峰のことは未だに学校のほとんどの生徒がかっこいい、クールな人間だと思っているのだろう。

 でも、僕だけはそんな彼女のありのままを知っている。

 その上で、小峰のことが好きなんだ。

 それを、自分の勝手な解釈で求められてないとか、言ってほしくなかった。

 少なくとも、ここに一人、小峰明日香あすかという女の子を求めてやまない男がいることを知ってほしかった。


「そんなの……――」


 小峰はしぼり出すみたいな嗚咽混じりの声で言う。


「ダメなわけ……ないじゃん……」


 そして再び大口を開けて泣き出し、


「うわああああぁぁぁぁぁぁ…………! わたしも、片桐かたぎりくんのことが好き!」

「おわっ!」


 ソファから身体を起こして小峰が僕に飛びついてくる。

 彼女の大きな身体を受け止めきれるわけもなく、僕たちは派手に音を立てて倒れ込んだ。


「ててて……こ、小峰……?」


 床に伏したまま、僕は小峰にぎゅっ、と抱きしめられる。

 その女の子特有の柔らかな感触と甘い匂いに動悸が早くなるのを感じながらも、


 ――今、なんて……?


「わたしも、片桐くん好き! 小っちゃいのに頼れるところも、可愛いのにたまにかっこいいところも、わたしのありのままを見てくれるところも、全部!」


 ぎゅうと抱きしめる力が強くなる。

 少し痛いけど不思議と嫌ではなくて。

 僕はそっと彼女の背中に手をまわした。


「僕たちは似たもの同士だ。だから、きっと仲良くできるよ。ずっと」

「……うん」


 小峰は僕の首筋に顔を埋めながら頷く。

 人気ひとけのない生徒会室で。

 僕たちはしばらく、そうしていた。


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