第26話~幕間~

 文化祭初日が終わり、家に帰ってきてからも、わたしはにやけが止まらなかった。


「ふへ……うへへ……どぅえへへへへへ」


 許容量を超えた多幸感と高揚感に身悶えし、ベッドに寝転がって足をバタバタさせる。


 ――片桐かたぎりくんに頭撫でられちゃった……!


 人生のピークが訪れている。間違いなく。

 もうどうにかなってしまいそうだ。

 好きという気持ちが抑えきれず、枕に顔を埋めてスリスリ。

 そんな風に自室で一人余韻に浸っていたら、スマホが震えた。

 どうせ美理からの着信だろうと思って取ってみれば、やっぱり美理みりだ。


『もしもーし! 明日香あすか、どうだった? 今日のカタギリくんとの文化祭デート』


 ビデオ通話を開始すると、開口一番そんなことを訊いてくる美理。

 どうだったってそんなのもちろん――


「……えへ、えへへ」


 わたしの気味の悪い笑みで察したのか、彼女は「やったじゃん」とサムズアップ。


『あたしのアドバイス、役に立ったっぽいね』

「うん。美理のおかげだよ。……ふふ……」


 片桐くんと一緒に文化祭を回る前。

 わたしは美理から、「とにかくすきを見て甘えろ」という助言を受けたのだ。

 それがこうそうし、わたしはあの甘美なひと時を過ごすことができた。


『にしても頭撫でては予想の斜め上だったね。いきなり距離詰めすぎってか、もっと他にやり方あんでしょ』

「えへへ……でもあれはあれで……――って」


 あれ? わたしまだ、片桐くんとなにしたか美理に言ってないよね?

 ということは――


「ええぇぇっ⁉ 美理ちゃん見てたの⁉」


 わたしの驚愕をよそに、彼女はしれっと言った。


『そりゃあもちろん。明日香とカタギリくんのデートだよ? ストーキングしない方がおかしいって』

「する方がおかしいって!」


 強めに抗議するが、美理は「あっはっは!」と相変わらず悪びれもしない。


『いやー。いいモン見せてもらったわ。ぶっちゃけどの展示よりも見ごたえあった』

「あ、あわわわわ……」


 幸せ絶頂から一転。

 背中からサァッ―と血の気が引いていく。

 あんな恥ずかしいところを見られてたなんて。

 穴があったら入って1億年くらい閉じこもって化石になりたい気分だった。


『そんなショック受けることじゃないでしょ。付き合いたてってみんなあんな感じよ? 人目も気にせずイチャついてさ』

「そもそもまだ付き合ってないし……それに、わたしはちゃんと人目気にしたんだけど」


 不服のジト目を向けるが、彼女は全く意に介していない様子だ。


 それはそうと――


 わたしたち、イチャついてるように見えたんだ。

 あの時はそんな風に思わなかったけど、はたから見ればカップルの痴態なのだろう。

 そのことに、わたしはまた「ふひ」とだらしなく笑う。


『それにあんたとカタギリくんの関係性もよくわかったしね』

「関係性?」

『うん。あたしさ、カタギリくんのこと、最初犬っぽいなーって思ってたわけ』

「わかる。めっちゃわかる」


 ビシッ! と人差し指を彼女に向けて同意を示す。

 わたしも、片桐くんの様子がどことなく柴犬に似てるって思ったことが何度もあった。


『でもさー』


 美理は続ける。


『今日、明日香とカタギリくんのやり取り見てて思ったんだけど――やっぱあんたの方が犬だわ』

「へ?」

『耳おっ立てて尻尾ふりふりしちゃって、カタギリくんカタギリくんって。発情期かあんたは』

「はっ、発情期⁉」

『鼻の下伸ばしてデレデレしてさ。あたしゃ、カタギリくんがいつあんたに襲われるんじゃないかって冷や冷やしたよ』

「そ、そんなことしないもん……」

『ま、妬ましい気持ちもあるんだけどね。あたしも、またあんなピュアピュアな恋がしたいよ』


 そう言って仙人みたいな遠い目をする美理。

 彼女にとって、今わたしがいるステージはとうの昔に過ぎ去ったものなのだろう。


「美理ちゃん、なんか歳とったね」


 わたしが言うと彼女は目をいて、


『だまらっしゃいこの大型犬おおがたけん!』

「おっ、大型犬⁉」


 こうして、わたしはその日、彼女の気が済むまでやっかまれ続けるのだった。


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