第24話
待ち合わせ場所にはすでに
僕が駆け寄ると、彼女はスマホに落としていた視線をこちらに向けて微笑む。
「おっす。お待たせ」
「うん。行こっか」
「小峰、もう昼食べた?」
「軽―くね。でもまだまだ食べられるよ」
「さすがの胃袋だな」
「それってからかってる?」
「まさか。褒めてんの」
「ならいいんだ」
そう言って、小峰は上機嫌で前を歩く。
廊下は紙細工なんかで華やかに彩られ、
在校生は色とりどりのクラスTシャツに身を包み、父兄や他校生らしき若者たちも気合の入った服装で
学校全体が浮かれているようだった。
むろん、僕もである。
初回公演が終わった後。
僕は決死の覚悟で小峰に文化祭を一緒に回らないかと誘い、彼女はそれを
その時の僕の心境はまさに天に昇ると表現しても過言ではない。
人のいない場所に行って、渾身のガッツポーズと雄たけびを上げたくらいだ。
だがこんなものはまだまだスタートラインに過ぎない。
僕の戦いは、これから始まるのだ。
*
腹ごしらえを終えた僕たちが入ったのは、2-Fのお化け屋敷。
教室内部は薄暗く、
モチーフとなっているのは深夜の病院らしい。
だけどしょせんは文化祭のお化け屋敷ということか。
暗いとはいえカーテンの隙間から日差しがこぼれていたり、スタンバってるお化け役の頭が見えたりといろいろ
まあ、高校生にもなればこんな反応にもなるだろう。
ホラーなムードを
「か、かかか……
いるわ。
小峰さん、クソビビっとるわ。
毎度思うが、こんなんでよく「王子様」などと呼ばれていたものである。
「お、おう……任せとけ」
僕は
小峰は恐怖でそれどころじゃないのだろうが、僕は僕で、右手から伝わる彼女の温もりにより心臓をバクバクいわせていた。
好きな女子と手を繋いでいるのだ。緊張しない方がおかしい。
小峰の手を引いて教室内を歩き出す。
最初に通過するのは受付台だ。
特に人もおらず仕掛けはないように思われたが、僕たちがそこを通った瞬間、パッと赤いランプが点灯する。
「ぎゃっ⁉」
小峰がビクンと
ここのびっくりポイントはそれだけのようだが、ジャブ程度の効力は
「うぅ~……わたしもう出ていい……?」
「ダメ。入った以上しっかり楽しまないとクラスの人たちに失礼だろ」
「そんなぁ…………」
それにこんなビビッてくれる人、驚かす側からしたら
僕は涙声で弱音を吐く小峰を引っ張っていく。
壁に書かれた赤文字や、包帯ぐるぐる巻きの患者や、頭に斧が突き刺さったナースや、生首の模型で、律儀にビビり散らかす小峰を横目に最終局面。
診察台に
「うわ……怖ぁ……」
小峰が漏らす。
その死体を横切ろうとすると、
ガバッ。
「きゃああああああああああああ⁉」
やおら起き上がった死体に悲鳴を上げる小峰。その拍子に足をもつれさせて尻もちをつく。
これには僕も驚いたが、彼女のビビりっぷりにはある種冷静さを
死体は診察台から降りると、ゆったりとした足取りでこちらに迫ってくる。
「あ、あわわ…………」
小峰はわなわなと口元を震えさせながら後ずさった。
「お、おい小峰⁉ 大丈夫か⁉」
僕が声をかけるも、恐怖に足がすくんでしまったらしい。立ち上がって逃げることもできず、死体は徐々に迫って来る。
「くっ……!」
僕は
すると――
「片桐くん、ごきげんよぉ」
死体は間延びした声でそんなことを言い、にこりと笑いかけてきた。
「――って……
「ええ~。私、このアトラクション最後の仕掛けを任されてるのぉ」
白装束の死体。
その正体は、生徒会書記・鳥海早苗であった。
「あー。そういや2-Fって鳥海たちのクラスだったな」
「そうなのよぉ。見て、よく出来てるでしょう?」
そう言って、ヒラリと一回転して見せる鳥海。よく見ればその顔にも青灰色のペイントが施されている。整った顔立ちとその様相から、
「よくできてるとは思うけどさ……」
僕は鳥海の全身を見ながら言う。
「お化け役が話しかけてきちゃダメでしょ」
「………………あら~」
彼女は少々、天然なところがあるのだ。
「ところで片桐くん、そちらのお方は平気?」
「え?」
言われて、僕は横に目をやった。
「うわ⁉ 大丈夫か小峰⁉」
恐ろしさのあまり気を失った小峰をなんとか起こして、僕たちはそのお化け屋敷を後にした。
*
その後も、僕たちは様々なお店を回っていった。
迷路、タピオカジュース店、オリジナル映画、ファッションショー。
時折、僕たちの劇を見たという生徒に写真撮影を依頼されることもあった。
今は衣装ではなくクラスTなので見た目は完全に一般生徒なのだが、それでもいいからということで小峰と並んで撮影に応じた。
「ありがとうございましたー! 次の公演も絶対に見に行きますね!」
そう言ってホクホク顔で去っていく生徒に、僕たちはヒラヒラと手を振る。
さて次はどこに行こうかと校内をぶらついていると、
「あ! 片桐くん、あっちでバンドやってるよ」
「みたいだな。行ってみるか」
そうしてたどり着いた視聴覚室は、ライブハウスのような熱気を放っていた。
入口の公演スケジュールを見るとどうやら今演奏しているのは生徒ではなく、楽器の弾ける教師たちで組まれた「教員バンド」のようだ。
観客の生徒たちは手を振り上げたり、教師のあだ名を叫んだりと大いに盛り上がっている。
僕たちが入った時にはすでに視聴覚室はほぼ満員状態だった。
最後尾についてみるが、音は聞こえども肝心の教師たちの姿が見えない。
「ぐっ……!」
必死につま先立ちしても、前にいる男子生徒に阻まれてしまう。
低身長の痛いところだ。
隣に目をやれば、小峰は普通に向こう側まで見えているようだ。瞳を輝かせ、リズムに乗せて身体を揺らしている。
「ん? どうしたの片桐くん?」
僕の視線に気づいたらしい。小峰は首を傾げて、
「もしかして……見えない?」
「くう……!」
「わたしが持ってあげようか?」
「え?」
僕が聞き返すと、彼女は「こうやって」と高い高いのジェスチャーをする。
「そ、そんなの……」
プライドが邪魔をする。
が、普段はお目にかかれない教員たちの姿だ。めちゃくちゃ見たい。
それに小峰相手だったら、そういう恥ずかしい部分を晒してもいいように思えた。
「じゃあ……お願い」
「うん」
そうして、小峰は僕の背後に回り骨盤の辺りを持って、グイ、と宙に持ち上げた。
視線を上げると、
――おお……!
僕は感動を覚えた。
バンドにではない。
高身長が見ている世界にだ。
ぐわっと視野がこじ開けられ、その分の景色が目の前に広がる。
――タッパあるやつはこんな世界に生きてるのか……。
「どう? 見える?」
「え……あ、うん。ありがとう、よく見えるよ」
小峰の声に、僕はハッとして演奏する教師たちに焦点を当てる。
「
「な。いつも生徒に流されてばっかなのに」
「ねー」
これだけ人が集まるのも納得がいく。
教師という立場の大人たちが、ノリノリで楽器を弾いている様は
「小峰、そろそろ降ろしていいぞ。腕疲れるだろ」
「ううん全然平気。片桐くん軽いし」
「そ、そうか……」
僕だって体重を増やすために努力はしているのに……。ちょっと複雑だ。
「でも、降ろさないと小峰が見えないんじゃないか?」
「うーん。そうだねぇ……」
彼女は悩ましげにそう言って、
「あ、肩車とかどう?」
……さすがにそれは断った。
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