第23話

「ひっさしぶり~明日香あすか~」

「ん。久しぶり、美理みり


 初回公演を終えて、しばらくの自由時間。

 部活仲間からの誘いを断り、わたしは旧友との再会を果たしていた。


「実際会うのは半年ぶりだったかな?」

「前会ったの春休みだもんね」

「ま、ずっとビデオ電話してたから顔は見てきたけどさ――」


 美理はわたしのつま先から頭頂部を舐めるように見て、


「明日香、またデカくなった?」

「な……!」


 その言葉に、わたしは少なからぬショックを受ける。

 そして観念するように、


「……うん。春からまた2㎝も伸びた……」

「あっはっは! あんたの成長ホルモンどーなってんの? このままいけば卒業する頃には2mいくんじゃない?」

「……そう言う美理ちゃんは全然背ぇ伸びないね」

「あたしのバディーはすでに完成されてるのだよ!」


 おどけながら左右のツインテールを揺らす美理。

 皮肉のつもりで言ったのだが……どうやらノーダメージのようだ。

 まあ、そうやって自画自賛するのもわからなくない。

 本日の彼女は、幼げな髪型に露出の多い服装という小悪魔スタイルだった。

 ゆとりのあるトップスに太ももを大胆にさらけ出したホットパンツ。メイクもバッチリ決まっていて、目の下にはハートのペイントもほどこされている。

 文化祭ということでかなり気合いを入れて来たのだろう。小柄な身体もあいまって非常にキュートな出で立ちだ。

 通りすがる男たちも、美理を見て「あの子可愛くね?」と無遠慮に指をさしてくる。


「そんでそんで、明日香のダーリンはどこのどいつだ⁉」

「だ、ダーリン⁉」

「およ、違うの?」

「違うって! まだ付き合ってないんだし」

「まだ? それは今後お付き合いする予定があるということでオーケー?」


 してやったり、と勝ち誇った笑みを湛える美理。


「あ……今のは言葉のあやっていうか……」


 そうだった。

 今日の彼女は、わたしの片思いの相手――片桐かたぎりくんを見に来たんだった。

 ここにいたらまずい。

 片桐くんが今どこにいるかは知らないけど、彼と美理を近づけてはいけない。

 そう思ってわたしは彼女を引っ張って近くのお店に入ろうとするも、


「すみませーん! ちょっといいですか?」

「え?」


 美理はそこらにいた男子生徒を捕まえてたずねだす。


「カタギリユウって人知りませんか? 」

「カタギリ……あー、あいつね、2年のチビ会長」

「チビ会長?」

「そ、生徒会長のくせにめっちゃチビでさ――お、噂をすれば。あそこ歩いてるのが片桐だよ」


 言って、男子生徒は廊下の角を曲がってこちらに向かってくる一組の男女を指さした。

 片桐くんだ。隣にいるのは、たしか生徒会の人だった気がする。


「え……ウソ⁉ あれがカタギリくん⁉」

「そーそー。冗談みたいだろあの小ささ。ところでキミ可愛いねー。LINEとかやってる? 教えた代わりと言っちゃなんだけど――って」

「ありがとうございましたー!」

「え、あっ……⁉」


 男子生徒の言葉を最後まで聞かず、美理は片桐くんのいる方へと走って行ってしまう。

 ぽつんと取り残されたわたしと男子生徒。

 彼はわたしの存在を認識するや、「うおっ」と驚いたようにのけ反ってその場を立ち去った。


 ……美理と反応違いすぎでしょ。


 そんな風に心に傷を負いつつも、わたしは彼女を追いかけて走りだした。



     *



「えっと……キミは?」

「あたし藤宮ふじのみや高校2年の遠野美理って言います~」

「あー。藤宮って言えばこの間地域の合同研究会にいた……」

「そそそ、あたしは生徒会でもなんでもないんだけどね~。一応ご挨拶しとこ、と思って」

「これはご丁寧にどうも。叡星えいせい高校2年、生徒会長の片桐ゆうです」


 美理が手を差し出すと、片桐くんはうやうやしくその手を取る。

 二人のやり取りにわたしは愕然がくぜんとしつつも、


「ちょ、ちょっと美理……!」


 ようやく追いついた。

 彼女は片桐くんの手を握ったまま振り向き、「おー、明日香」とわたしの名前を呼ぶ。

 片桐くんは状況を整理するみたいにわたしと美理の顔を交互に見て、


「こ、小峰こみね……え? もしかして2人ともお知り合いなんですか?」

「そう! あたしと明日香は中学時代の盟友なのさ!」

「あ、そういうこと……」

「うん、片桐くんのお話は明日香から散々聞かされまして」

「み、美理ちゃん⁉」


 いきなりなにを言い出すんだこの子は⁉

 そんな言い方したらわたしが片桐くんのこと好きみたいじゃん! いや好きだけど!

 しかし片桐くんはわたしの焦りに気づかない様子で、なるほどと頷いていた。


「それで僕のこと知ってたんですね」

「イエス! 件の片桐くんに会いたかったんだ~。つかあたしらタメじゃん? 敬語なんか使わなくていいって」

「うーん。それもそうか」


 頬を搔きながら相好そうごうを崩す片桐くん。


「そうそう! あと、あたしのことは気軽に美理って呼んでいいよ! その代わり、あたしもユウくんって呼んでいい?」

「構わないよ。よろしくな、美理」

「うん! よろしく~ユウくん」


 ――ゆ、ユウくんですと⁉


 話して5分足らずで親密な関係になっていく二人。

 見れば、美理の方は軽くボディータッチまでかましている。

 これが彼氏持ちの余裕というやつだろうか。

 初対面にもかかわらず彼女はグイグイと迫っていた。


「てかユウくんマジ小っちゃいね~」

「よく言われるよ」

「シークレットシューズとか履いたりするの?」

「履いて誤魔化せる身長じゃないって」

「あははは! ユウくんおもしろ~い。LINE交換しない? うちの高校の情報も流すからさ~」

「いいよ。僕、QRコード出すね」

「オッケー。っと、はい完了」


 二人が光の速さで仲を深めていくのを、わたしは歯嚙みしながら見ているしかない。


 ――うぅ~。つらいよ~。片桐くんもそんな尻軽女なんかになびかないでよ~。


 大親友もこの時ばかりは仇敵きゅうてきのように恨んだ。

 すると、


「会長、そろそろ」

「お、そうだな麻倉あさくら。ごめん二人とも。まだ生徒会の仕事中なんだ」


 片桐くんの後ろに控えていた女子が一歩前に出てくる。

 リボンの色を見ると1年生だ。

 ……って。


 ――え、この子怖! なんて顔してんの⁉


 その生徒会の女子は、まるで阿修羅のような険しい表情で美理のことを見ていた。

 しかし対する美理はそんなもの意に介さず、去っていく片桐くんと手を振り合う。


「そっかそっか~。そんじゃねユウくん! 今度遊び行こーねー!」

「ああ。じゃあな、美理」


 わたしは敗残兵のような気持ちで呆然としていると、


「小峰!」


 片桐くんはわたしに水を向けた。


「また後でな!」

「う、うん!」


 そう言われたことをほんのちょっとだけ得意に思いながら、わたしは彼の後ろ姿をずっと眺めているのだった。



     *



 受験に集中するという名目で、3年生の文化祭での出し物は比較的簡素なものとなる。

 わたしたちが訪れたこの喫茶店も例に漏れてはいなかった。

 机を2、3個くっつけテーブルクロスを敷いた席。

 プラスチック容器に入れられたドリンクも、紙皿に盛られたお菓子も、すべてコンビニに売ってるやつを移し替えただけだ。

 だけど、今はその慣れ親しんだ味がわたしの脳を癒してくれた。


「いやー。まさか明日香のダーリンがあんなちびっ子だったとはね」

「だからそういうんじゃないって……」

「あんたが女装似合うって言ってた意味がわかったよ。ありゃ女の子の恰好させた方が輝くわ」

「それは……まあ……」

「で、明日香はユウくんとどこまで進んだわけ?」


 そう訊ねてくる美理に、わたしは眉根を寄せる。


「片桐くんのこと、気安く名前で呼ばないでよ……」

「えー、なんで? 向こうだってあたしのこと美理って名前で呼んでくれてるけど?」

「うぐぅ……」


 ズキリと頭痛が走り、嫉妬心が思考をむしばんでいく。

 脳が壊れてしまいそうだ。


「あはは、悪かったって明日香。ちょっとからかいたかっただけ」

「ちょっとどころじゃないじゃん……めちゃくちゃ仲良くなってたじゃん……」

「落ち込まないでよぉー。さすがのあたしも親友の男奪うような真似しないって」

「……だといいけど」


 わたしは口を尖らせながらミルクティーをすする。


「ま、あたしが手ぇ出さなくても彼が他人のものになるのは時間の問題でしょうね~」


 美理はスナック菓子をサクサクと食べながら、そんな聞き捨てならないことを言った。


「どういうこと?」

「彼、それなりにモテるんじゃない?」

「う……それは……」

「顔も全然悪くないし、身なりにも気ぃ使ってるみたいだし、そんでなんだっけユウく――」


 わたしの視線を感知して、美理は咄嗟とっさに言い換える。


「――カタギリくんの良いところ」

「頭良くて真面目で手先が器用でこっちが喜ぶようなこと言ってくれて女装が似合う」

「でしょーーー?」


 彼女はそれ見たことかと嘆息した。


「それだけで言えば立派な好青年じゃん。……さすがにあそこまでのドチビとなると許容範囲外って女子はいるだろうけどさ。クラスでも嫌われてるとかじゃないんでしょ?」

「うん、むしろ好かれてる。たまに上級生に拉致らちされて可愛がられることもあるみたいだし」

「……なんかあんたの学校おもろいやつばっかだね」

「そうかな?」

「ちなみにあんたもそのうちの一人だから」

「ええー……」


 知らぬ間に、わたしもおもしろ人間にカウントされていたらしい。


「それはさておき。カタギリくん、身長に目つむれば相当の良物件よ? あんた手ぇこまねいてていいの?」


 彼女にそう言われ、わたしはグッと言葉に詰まる。

 図星だった。一緒にお昼を食べたり劇を見に行ったり挙句の果てに彼の家にまでお邪魔しているのに、わたしは未だに名前呼びすらされていない。


「カタギリくんの後ろにいたじゃん? 女の子」

「おさげの子でしょ?」

「そうそう」


 生徒会の1年生のことだ。


「あの子もカタギリくんのこと好きなんだろうね。あたしが彼と握手した時とか、目で射殺いころしてやるってくらいにらまれたし」

「美理ちゃんよく耐えたね」

「女から恨まれるなんて一度や二度の話じゃないからね~」


 つ、強い……。

 飄々ひょうひょうとしてるが、彼女はこれでも修羅場をくぐり抜けて来ているのだ。

 容姿に恵まれている分、厄介事も多くて大変らしい。


「そういやさ、さっきカタギリくん、明日香に向かって『またな!』とか言ってなかったっけ? あれ、どういうこと?」

「ああ、あれは――」


 そのことを説明しようとして、わたしはついつい笑みをこぼしてしまう。


「えへ。実はこの後、片桐くんと一緒に文化祭回ることになってまして……」


 言うと、美理は「マジで⁉」と目を輝かせた。

 先ほど初回公演を終えた後。

 わたしは片桐くんに呼び止められて、お誘いを受けたのだ。

 美理と会う約束があったため午後からということになったが、その直後のわたしは人目もはばからず踊り出したくなるくらい舞い上がった。


「そんなん完全に脈アリじゃん! これで距離縮められれば今日中に彼氏できるよやったね明日香!」


 ハイテンションでわたしの肩をバシバシ叩いてくる美理。


「きょ、今日中は無理だよ」


 言いつつ、わたしもにやけが止まらない。

 これが千載一遇せんざいいちぐうのチャンスであることはたしかだ。

 文化祭という浮かれた雰囲気もあるし、もしかしたらもしかする……かもしれない。

 だけど。


「距離を縮めるって一体どうすればいいんだろ……」


 スタート地点には立てている。ゴール地点も見えている。なのに、そこにたどり着く道中には相変わらず深い霧が立ち込めていた。


「待ってれば向こうから告白してくるんじゃない?」


 美理はそう言うが、わたしは「そうかなぁ……」と首をひねる。

 片桐くんがわたしに告白……。

 うーん……。あまりその様子が想像できない。

 なんかこう、めっちゃ仲の良い友達にはなれるかもしれないけど、その先に進むためのキーアイテムが足りないような気がしてならない。

 そんな感じで煮え切らないわたしに美理は、


「なら、いっそのことあんたの方から押し倒したら?」

「おっ――⁉」


 そんなことできるわけない、と思ったけど、わたしは以前にそれと似たようなことをやっていたのだ。

 あの時はまだわたしも片桐くんのことほとんど知らなったし、勢い任せだったからあんなことができたけど……。

 そういえばあの時の片桐くん、ぼ………………………………してたよなぁ。

 今更ながらものすごい体験だ。

 あの時、片桐くんはわたしに興奮していたわけだから、それを思い出すと自信が湧いてこなくもない。

 でも、同じことをやれって言われたら無理だ。たぶんわたしの方が卒倒そっとうしてしまう。


「押し倒すとかそういう過激なのはナシ。なんか他に良い方法ないかな?」

「自分で考えなよ」

「そんなぁ~……。美理ちゃん助けてよ~」

「あんたピンチになると人を頼る癖、変わんないね」


 そんなことを言いつつ、美理は「なら」と瞳に光を宿した。


「とりあえず方針だけは示してあげる」

「ほんと⁉」

「うん。だけどあたしが提案するのは外枠だけだから。具体的な内容はあんたが考えて」

「全然オッケー! ありがと美理!」


 そうして、わたしは片桐くんと距離を詰めるための策を彼女から伝授されたのだった。

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