第21話

 放課後の生徒会室。


「お疲れさん、かいちょ」


 コト、とデスクに缶コーヒーが置かれる。僕が好きなメーカーの微糖タイプだ。

 顔を上げると、いつの間にか誠司せいじが横に立っていた。


「ありがとう誠司。ちょうど今、休憩しようとしたところなんだ」

「へへ。気の利く男はちげえのよ」

「ちなみにこれ、誰からもらった?」

いとちゃん」


 正直に言う誠司に、僕は鼻を鳴らす。


「だと思ったよ」


 大方、気の利く麻倉あさくらが「これ会長に渡してください」と生徒会室に戻りかけの誠司に頼んだのだろう。


「俺は女の子にしかプレゼントは渡さない主義なんだ」

「はいはい。んで、その麻倉と鳥海とりうみはどうした?」

「有志団体との打ち合わせに行ってる。もうすぐ帰って来んじゃね」


 僕はこの後の予定を立てながら、もらったコーヒーに口をつける。

 目線を上げて誠司の顔を視界に映した時、思い立って口を開いた。


「誠司」

「んお? どしたユウ」

「お前恋愛事情に詳しいよな」


 言うと、誠司は大仰おおぎょうな決めポーズをして、


「――さすらいの恋愛マスターとは俺のことよ」

「いや、さすらってはないだろ」


 僕の突っ込みに彼は「なはは!」と笑う。


「珍しいじゃんか。お前から恋愛の相談事なんて。好きな子でもできたか?」


 こう見えても彼は勘が鋭い。「これは僕の友達の話なんだけど~」なんて誤魔化しても意味がないだろう。そう思って、僕は正直に答えた。


「ああ。そうだ」

「ほお~。あのユウがねえ」


 誠司はふんふんと頷く。


「一応訊くが、相手は誰だ?」

「それは………………秘密にしとく」

「ま、いいけどよ。おおよそ検討つくしな」


 そう言って確信した表情で腕組をする誠司。

 文化祭の準備が始まる前から怪しんでいたくらいだし、僕が小峰こみねのことを好きなのはすでにお見通しなのだろう。


「誠司はさ、女の子ともっと仲良くなりたいって思った時、どうしてる?」

「そりゃあもちろん猛烈アタックよ。遊びに誘って一緒に飯とか食って、そんでもっていい感じのムードになってきたところで夕日輝く海をバックに告白! 彼女は『うん』って恥じらい交じりに頷いて俺はすかさず愛の抱擁ほうようを――」

「ストップ」

「んだよイイトコだったのに」

「僕がいつ理想のシチュエーションを語れって言った」


 飯とか食って、までは本当だろうが、そこから先は完全に妄想だ。


「理想じゃないぜ。事実だ」

「ついに幻覚まで見始めたか……こいつは手遅れだな」


 僕はアメリカンなポーズで呆れてみせるが、彼はいたって自信満々に、


「実際未来に起こることなんだから事実だろ?」

 と言った。


「僕は時々、お前が羨ましくなることがあるよ……」

「なはは! 師匠と呼んでくれても構わないぜ」


 いつでも陽気に軽快に。それが横山よこやま誠司という男だ。この底抜けな明るさと、どこから湧いてくるのかという自信を武器に、数々の女子に立ち向かって現在十連敗中。勝利の美酒はいざ知らず。それでもめげずに、また告白の計画を立てているようだ。


 ――自信か。


「誠司は女子に告白する時、自分がその人に釣り合うかとか考えたことある?」


 僕が訊くと、彼は「んあー……」と思案顔で天井を見つめる。

 ほどなくして視線を戻し、


「考えたことねーな」

「……んはっ」


 思わず失笑が漏れた。


「なに笑ってんだよっ」


 彼はおどけた調子で僕の肩を小突く。


「あはは、いや、なんか誠司らしいなって思って」

「俺らしい?」

「ああ」


 そしてそれが、彼の尊敬できる点でもあった。


「深く考えず、猪突猛進ちょとつもうしんって言うかさ。尻込みとかしないだろ、誠司って」

「まーな」

「僕はさ、いろいろ考えすぎちゃうんだよ。自分でも勝負できるかなって頭の中でシミュレーションしてみて、それで結局無理だって諦める。……自信がないんだ。こんな小さい身体だから」


 僕と小峰の間には大きな身長差がある。

 埋めようにも、さすがに努力ではどうにもならない。

 彼女にとっての僕は、ほとんど子供と相違ないだろう。

 そんなチビ男を受け入れてくれるのだろうか。

 そう思うと、なかなか一歩が踏み出せない。


「でもよ」


 僕の話を聞いて、誠司は見透かしたような確信を込めて切り出した。


「こうやって俺に相談してるっつーことは、それでもその子のことは諦めらんねーってことだろ?」

「……ああ」

「ま、話は大体わかったよ」


 そうして誠司が口を開きかけた、その時――


 ガチャッ。


「ただいまぁ」

「ただいま戻りました」


 間延びした声と、凛とした声が生徒会室に響く。

 仕事を終えた麻倉と鳥海が帰って来たのだ。


「ああ、二人ともお疲れ様」

片桐かたぎりくん、これリハーサルの時の体育館使用日程ね。いくつかの有志団体の日時変更がなってるから、後で確認してもらえるかしらぁ」


 そう言って、鳥海が書類を手渡してくる。


「了解。エクセルに打ち込んで表作っとくよ。プリントアウトして、当日までに体育館に掲示してもらおう」

「会長、私からはこれを」

「はいよ」


 麻倉からも書類。こちらは中庭にあるステージの使用許可一覧だ。


「そういえば麻倉、コーヒーありがとうな。休憩しようと思った時に届いたから助かったよ。いくらだった?」

「いえ、差し入れですので。お構いなく」

「いやいや」

「いえいえ」


 僕たちは小銭を押しつけ合う。いつものパターンだ。大抵僕が折れて、後日返礼へんれいする。今回もそうなった。


「それはそうと、もう遅いから二人とも帰ってもらって構わないぞ」


 すでに夕方5時を回っている。大した仕事も残ってないし、暗くなる前に帰った方が良いだろう。


「ありがとう……でも、片桐くんと横山くんは?」

「俺たちゃ秘密のお話があんだよ」

「男子が密室に二人……なにも起きないはずありません。下賤げせんの者に襲われぬよう、会長の純潔は私がお守りせねば」

「なんも起きねーよ! つーか俺下賤の者なの⁉」


 そんなやり取りを交わしつつ、なんだかんだと彼女たちは帰り支度をした。

 麻倉と鳥海が生徒会室を出る間際。


「そういやさー」


 と、誠司が女子二人に水を向ける。


「ユウが生徒会長になってしばらく経つけど、お前らどう思う?」

「どう思うってねぇ……」


 鳥海は小首を傾げながら、


「良い生徒会長だと思うわ。下級生には優しいし、上級生はちゃんと敬えるしね。この前参加した地域住民との交流会でも、片桐くん、町会の人から絶賛されてたわよぉ。先生も、学校の代表にふさわしいって言ってたもの」


「そんなこと……私に訊く意味ありますか?」


 麻倉はやれやれと肩をすくめながら、


「私にとって会長は代えがたい存在。この学校で生徒会長の座が最もふさわしいお方です。頭脳明晰、謹厳実直きんげんじっちょく温厚篤実おんこうとくじつ。不足などあるはずがないでしょう。可愛らしい見た目も大変私好みです」


 それを聞いて、誠司は満足そうに頷いた。


「やっぱそうだよな。サンキュー、二人とも。気ぃつけて帰れよ」


 そう言って、誠司はひらひらと手を振る。

 僕も「お疲れ」と彼女たちが生徒会室を出て行くのを見守った。

 再び誠司と二人きりになったところで、僕は口を開いた。


「誠司、さっきのアレ、どういうことだ?」

「おん? そのまんまだよ」


 彼は得意げに笑って言った。


「はじめに言っとくが、お前はまごうことなきチビだ」

「う……!」

「顔つきも女の子みてーだし、ひょろひょろしてて吹けば飛びそうだし、大好きな恐竜のことについて語ってる時なんか完全に子供だ」

「ぬぐぅ……!」


 自覚はしていたが、はっきり言われるとちょっとへこむ。

 いいじゃないか。この歳になっても恐竜好きだって。


「だがな――」


 誠司は大きく息を吸って言った。


「自分じゃ気づいてないかもしれねーが、ユウ、お前は誰よりもでっかい器を持ってんだぜ? さっき絲ちゃんも早苗さなえも言ってたように、うちの生徒会も、周りのやつらも――もちろん俺も、みんなお前のことしたってんだ。お飾りの会長だなんて思ってない。見た目がどうとか、身長がどうとか、関係ねーよ。必要なのは、その相手の女の子を思う気持ちでデカさだろーが」

「誠司……」


 彼の言葉に、僕はものが落ちたみたいに心が軽くなるのを感じた。

 その通りだ。

 自分でもわかってたじゃないか。

 今あるもので勝負するしかないって。


「男はハートで勝負、だぜ?」


 誠司はキザったらしくウィンクをしてみせる。

 その風体ふうていは普段おちゃらけている様となんら変わりない。

 だが今の僕の目には、彼の姿がいつにも増してかっこよく映った。

 そういうものなのだ。たぶん。うじうじ考えてたって仕方ない。


「ありがとう誠司。決心がついたよ」

「おう。相談料はラーメンおごりでいいぜ」

「対価要求すんのかよ」

「なはは! プロの仕事には相応の対価が必要ってもんよ」

「なにがプロだよ……」


 言って、僕はふっ、と笑う。


 ――まあ、今日くらいは奢ってやってもいいか。


 そうして、僕たちは残った仕事を片づけて生徒会室を後にし、学校近くにあるラーメン屋へと向かった。

 胸中に燃え盛るような決意をみなぎらせながら。



 ――決めた。文化祭が終わった後、僕は小峰に告白する。

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