第13話

 クラスでの出し物が決まり一週間が経過した。

 九月も最終日となり、早くも文化祭前の浮ついた雰囲気が漂ってくる。

 その日の午後の授業は、丸々文化祭の準備に割り当てられた。

 校舎裏では小道具班が舞台のセットなんかをトンテンカンテン作成し、教室では衣装班がネットで買った安物のコスプレ衣装をチクチクと改造している。


 そんな中僕たち演者班は、いつも小峰こみねと秘密の会話をする時に使っていた空き教室で演技のレッスンを受けていた。

 演目は『白雪姫しらゆきひめ』に決まった。グリム童話集にも載っているヨーロッパの古い民話だ。

 当初の予定通り、僕には白雪姫の役が、小峰には王子様の役が与えられた。


「じゃ、次は片桐かたぎりくん。12の1からセリフ読んで」

「お、おう……」


 そうやって指示を出しているのは、監督兼脚本を担当する演劇部部長、奥平おくだいら響子きょうこである。

 彼女は演者として出演はせず、あくまで裏方として2-Bの出し物を盛り上げていくつもりらしい。


 ただ――


「ご、ごきげんよう……今日はとってもいい天気ね……あ、あたしは」

「はいストップ。ダメダメ、もっとはっきり喋ってくれないと。役を演じるにあたって最初の障壁になるのが羞恥心しゅうちしんよ。まずは恥を捨てなさい」

「はい……」


 彼女は普段、本を読んだりイヤホンをしてスマホで動画を見たりと、それほど目立つような女子ではない。

 だが、演技が絡んだときの奥平は鬼だった。


 ――「カット。セリフのイントネーションが違うわ」

 ――「もっと声張りなさいよ。舐めてるの?」

 ――「そんなんでお客さんを満足させることができると思う?」


 奥平は厳しい言葉で演者の心を叩き切っていく。

 すでに数名の生徒が心に傷を負ったようで、ヘロヘロと床にいつくばっていた。

 正直僕も結構ショックを受けている。

 僕の隣にいた小峰も、表情を強張こわばらせていた。


 みんなそうだ。

 ここにいる大半は演劇の経験者なんかじゃないし、それに加えて男女逆で演じなくてはならないのだ。

 女子が男役をするのならまだしも、男子が女役をやるなんて恥ずかしすぎる。そんなの完全にオネエだ。羞恥を感じない方がおかしい。


 そんな中でも、元気な奴がただ一人。


「俺の番だな……」


 鷹揚おうように立ち上がり、誠司せいじは一歩踏み出す。

 奥平は値踏ねぶみするように眼光がんこうを光らせて、


「じゃあ次、横山よこやま。15の1から」

おうよ!」


 威勢いせいよく返事をした誠司が、指定された部分のセリフを読み始めた。


 やらなくてもいいと言われた身振りを過剰なくらいにつけて。

 激しいシーンは感情に訴えかけるように喉を震わせ。

 シリアスなシーンは水面みなもを揺らす波紋のように繊細せんさいに。

 僕を含めた観衆のほとんどが、彼の演技に見入っていた。


「あいつすげーな」

「演劇部?」

「いや、生徒会だったはず」


 あちこちから感心の声があがる。

 僕も思わず感嘆かんたんの息を漏らしていた。


 ――昔、子役をやっていたというのは本当だったのか。


 なにかにつけて、「俺ってば小さい頃役者だったんだぜー」とか「あの葦原あしはら美菜みなちゃんと共演したこともあるんだぜー」とかうそぶいていたから、全然真面目に取り合ってこなかった。


 セリフ読みを終えて、誠司は「どうよ!」とこちらを見る。

 すがすがしいほどのドヤ顔だ。

 かなりムカつくが、それでも褒めてやりたいくらいすごかった。

 どこからか発生した拍手が次第に広がり室内を満たす。


 ただ、一人だけ。

 奥平だけが、拍手もせずに立ち尽くしていた。

 彼女は僕たちに背面を向けているから表情は読み取れないが、その肩は震えていた。


「おいおいどうしちまったんだダイラ。俺の天才的な演技に見惚れたのか?」


 誠司は「やれやれ」と一昔前のラノベ主人公のような気だるげな雰囲気で奥平の肩に手を置く。


「横山。あんた――」


「おっと、演劇部へのオファーはよしてくれよ。あいにく生徒会の方で手一杯なんだ。ははは。やめてくれよ。そんなに求められたら困っちまうぜ☆」



「――今すぐここから出て行きなさい」



「えええええええええええええええええええええええええ⁉」



 誠司はあごが外れんばかりの勢いで口をかっ開いて驚く。


「なんでだよ! めちゃくちゃ迫真の演技だったろ! ちょっとした劇団だったら即採用してくれるレベルだったろーが!」


 僕たちも奥平の真意は分かりかねるので、彼女の言葉を待つしかない。

 しばらくして、誠司に怒声を浴びせてから瞑目めいもくしていた奥平が口を開いた。


「確かに、演技自体は素晴らしかったわ。それは認めてあげる。でも、うちのクラスの主役はあくまでも片桐くんと小峰さんなの。あんた脇役でしょ? 別に演技が上手いに越したことはないけど、脇役が主役をっちゃったらどうしようもないもの。出しゃばり過ぎる脇役なんていない方がマシよ」


 奥平は淡々と述べ連ねていく。

 それなりに通った理論に、誠司も上手く反論することができず「ぐぬぬ……」とうなっていた。


「そ、それじゃあ俺が主役やりゃあいいじゃんかよ!」

「演目は男女逆転白雪姫よ? あんたのガタイでドレス着たら、ガチの変質者じゃない。『おきさき様の従者じゅうしゃB』くらいが一番いい落としどころなのよ」

「ああん⁉ なんだよそれ! どこのどいつだよ、男女逆にして劇やろうっつった奴は!」


 誠司がキョロキョロと辺りを見渡す。


 数舜の間の後――


「俺だったーーーーーーーー‼」


 頭を抱え、額を床に打付けんばかりの勢いで崩れ落ちる誠司。

 それは元役者らしい、同情を誘うような素晴らしい嘆きだった。



     *

 


 しかしその後、誠司は演技力が認められて物語のキーマンとなる白雪姫の継母ままはは、お妃様に役が変更となった。


『イーヒッヒッヒッ! これで白雪姫は死んだ! この世で最も美しいのはワタシさ!』


 そうセリフを吐く彼の姿は、なんだか本当に性悪しょうわるな妃が乗り移ったかのような迫力があった。

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