第14話

「なんで俺らがこんなことやんなきゃなんねーんだよっ……と」


 そうボヤキながら、誠司せいじは段ボール箱を床に置いた。ふいー、と滴る汗を拭う。


「仕方ないだろ。文実の人数が足りなかったんだから」


 僕が言うと誠司は眉根を寄せて、


「サボりじゃねーのか?」

「……まあ、その可能性も一概いちがいには否定出来ないけどさ」


 校舎四階の奥まった場所に位置する資料室。

 しかし資料室とは名ばかりで、ここは半ば物置部屋と化していた。

 くす玉、懸垂幕けんすいまく、アーチ、手持ち看板――その他諸々もろもろ

 前の文化祭で使用されていたのであろう雑多な物品がほこりをかぶっている。


 本日呼び出されたのは、この資料室の備品整理だった。

 教員の話では、「壊れている物は買い替えか作り直しになる。もしその量が多ければ今後の資金繰しきんぐりやスケジュールにも差しさわるので大至急お願いしたい」とのこと。


 本来であれば文化祭実行委員の仕事なのだが、そちらに欠員が多く出たということで、穴埋めに僕たちが駆り出されたのだ。

 文実のサポートをするのもまた、生徒会の仕事の内である。


 資料室から物品を運び出し、隣の教室で検品。状態が悪ければ廃棄、良ければ雑巾で拭いて綺麗にしてから戻す、という引っ越し業者みたいな肉体労働。

 誠司はさっきから文句タラタラだが、僕はわりと嫌いではなかった。

 こういう力仕事は筋トレも兼ねる。しかも、より実用的な筋肉が鍛えられるからその効果は覿面てきめんだ。

 僕は額を滴る汗にたしかな充足感を覚えながら、次の荷物を運ぼうとする。


 すると――


「こちらは私たちに任せてください。会長は検品作業の方をお願いします」


 突如現れた女子に、サッ、と僕の持っていた荷物が取られてしまう。


「な、なにすんだ麻倉あさくら!」

「こういった肉体労働は私たち凡百ぼんびゃくの役目です。会長は私たちに仕事を押しつけてゆっくりしていてください」

「そんなわけにはいかないだろ! それに――……」

「私ですか? 平気です。きたえてますので」

「そりゃ知ってるけどさ…………」


 そうして、麻倉という女子は僕から奪った荷物を持ってスタスタと廊下に出て行った。


「はは。相変わらずスゲー過保護っぷりだな」


 横で見ていた誠司が茶化ちゃかすように言う。


「後輩に気ぃ遣われるなんて……」

 僕は悔しさに歯嚙みした。


 彼女の名前は麻倉いと。1年生で、生徒会庶務を務めている。

 余計な脂肪の一切ないスレンダーな体躯に、切れ長で大人びた瞳。落ち着いた印象とは裏腹に、肩口まで伸びた二つ結びのおさげが可愛らしく揺れている。

 幼い頃から剣道を習っていたらしく、背筋はピシッと伸びていて所作の一つ一つが凛としていた。

 頭も良く実務の方も申し分ない。僕の後を継いで来年の生徒会長に、と考えている逸材いつざいだ。


 だが困った点が一つ。


 それは、先ほどみたいに僕に対して過剰なほど気を遣ってくることだ。

 僕が一言「疲れた」と漏らせばマッサージをしようとしてくるし。

 僕が腹の虫を鳴らせば自らの弁当を差し出してくるし。

 僕が通りすがりに肩をぶつけられれば、竹刀片手に報復しようとする。

 普段は優秀で気の利く良い後輩なのだが、暴走しがちな面が玉にきずだった。


「おや、会長。まだそんなところに立っていたんですか? 足が疲れてしまいますよ。今椅子を持ってきますね」


 隣の教室から戻ってきた麻倉が僕を見て言った。


「いやいやいやいや。いいっていいって」


 慌てて止める。

 まったく、この悪癖あくへきはどうにかならんものか。


「絲ちゃーん。俺もなんか疲れたんだけどー。仕事代わってくんない?」


 誠司がそう言うと、麻倉は底冷えのするような氷の瞳で、


「なにサボってるんですか。働いてください、横山よこやま……………………先輩」

「なんで先輩って付けんのそんなためらうわけー?」

「キモいんで近寄らないでもらえますか」

「うっは。ひでぇ」


 言いつつも楽しそうに笑う誠司。

 もう見慣れた光景だ。

 今年の夏から始動した新しい面子めんつでの生徒会。


 そのメンバーにはあと一人――


「お待たせぇ。差し入れ持ってきたわぁ」


 間延びした声に僕たちは振り向く。

 資料室の出入口には、麦色の髪をたなびかせた女子が立っていた。


「ありがとう鳥海とりうみ。作業も半分くらい終わったし、一旦会議室に戻って休憩にするか」

「おっ! いいねぇ、休憩大賛成!」


 僕の言葉に、誠司が嬉々ききとして反応した。


「私、他の実行委員の方に声かけてきます」

 麻倉は資料室を出て隣の教室へ。


「片桐くん、横山くん、お仕事お疲れ様ぁ」


 そう上品に微笑みながら近寄ってくるのは、生徒会書記、鳥海早苗さなえだ。クラスは違うが僕たちと同じ2年生。

 色素の薄いロングヘアが特徴的で、垂れた目尻はこれでもかというくらい優しげな雰囲気を醸し出している。

 貞淑な振る舞いに違わず筋金入りのお嬢様で、時たま会話や感覚がズレることもしばしばあった。


 だが、彼女の本質はアニメ・漫画・ゲーム・ラノベといったサブカルチャー大好きのガチオタだ。なまじ金持ちなだけに蒐集しゅうしゅうしている作品やグッズは枚挙まいきょにいとまがない。

 本来であれば遠方のお嬢様学校に通うはずだったものを、ラノベ主人公に毒されて「学校が家に近かったから」という理由を引っさげ平々凡々な我が公立校に通学しているクレイジーガールである。

 彼女は一度決めたことは頑として譲らない性格で、お付きの人(それこそアニメ漫画の世界の話だと思っていた)も振り回されっぱなしのようだ。


「片桐くん、この前貸した円盤、全部見てくれたぁ?」

「まだ途中。一緒に見てた姉さんもハマっちゃってさ、時間ある時に二人で見てるんだ。だから返すまでもうちょっとかかると思う。悪いね」

「いいのいいの。優れた作品を布教ふきょうしてくれるならいつまでも貸してあげるわ。いっそあげてもいいくらいよぉ」


 そんな会話をしながら会議室に戻ってくる。

 生徒会四人+文化祭実行委員十人ほどで、ちょっとしたパーティー風情ふぜい

 鳥海が持って来(させ)た和・洋様々なお菓子をテーブルに並べて、優雅にティータイムと洒落しゃれ込む。


「会長。あーんしてください」


 麻倉はケーキをすくったフォークを、僕の目の前に差し出してくる。


「自分で食べられるっての!」

いとちゃん、こっちのあんみつだったら食べてくれるかもよぉ。片桐くん、和菓子の方が好きだから」

「む。それは初耳です。会長の好みを把握してないなど側仕そばづかえとして失格。ご助言感謝します、早苗先輩」

「側仕えってなに⁉ ってか鳥海も余計なこと言うなよな!」

「だって見てて面白いんですもの」


 そう言って、鳥海はくすくすと笑う。


「絲ちゃん、俺は洋菓子の方が好きだぜ! 入れるんだったらこっちの口に――あああぁぁぁっっっ⁉」


 無防備に晒された誠司の舌に、麻倉が容赦なくフォークをぶっ刺した。


「余計な情報で私の脳内メモリを圧迫しないでください」


 辛辣しんらつな言葉を浴びせる麻倉。ちなみに彼女は普段からこんな感じではない。誠司に対してのみ、過剰なアレルギー反応を起こすのだ。


「このマフィン最高!」

「うめ……うめ……こんな美味いお菓子食わせてもらえるなんて……」

「今日来るか迷ったけど、来て良かったー!」


 文化祭実行委員の面々も鳥海が持って来(させ)たお菓子に舌鼓したづつみを打っているようだ。会話を弾ませながら、ティータイムを楽しんでいた。



     *



 休憩を終え、再び資料室。

 おっしゃ甘いモン食ったし働きますかと意気込んだところで――


「こっちは私たちがやりますので結構です。会長は隣の教室で休んでてください」

「さっきガッツリ休んだわ! 舐めるのもいい加減にしろよ⁉ 僕だって最近筋トレとかして鍛えてるんだからな!」


 そうえてみせるが、麻倉は「おやおや」と我が子を見守る母親みたいな慈愛じあいの目で僕を見る。


「いいんです会長。私が全力でお守りしますから、会長は安全圏からぬくぬくと高みの見物でもしててください」

「気ぃ遣いすぎて嫌味みたいになってるけど⁉」


 抵抗するが、麻倉は聞かない。


 クソ……後輩のくせに……。


 これだからチビは嫌なのだ。

 僕はこの生徒会メンバーの中で一番背が低い。

 誠司はまだしも、女子の二人ですら僕より上をいっている(両者ともに160㎝弱だ)。

 麻倉が僕に気遣ってくるのもそのせいだろう。

 僕は屈辱に拳を握りしめながら、力仕事以外の事務処理を進めた。

 長かった備品整理もようやく終わりというところで、誠司が僕の近くに寄って来る。


「ああ~~~疲れたぁぁぁ~~~」


 彼は壁に背中をもたれさせながら、


「やっぱ俺こういうの向かねーわ。将来専業主夫しゅふになるわ」

「お前を専業主夫にしてくれる人なんていんのかね」

「いるさ、必ず。俺に楽させてくれる女の子が、この世のどこかにな!」


 キリッと白い歯を見せて決めポーズの誠司。

 言い方はかっこいいが内容は最悪だ。


「男は働いてナンボだろ」

「古いねぇ~ユウちゃんは。考え方が古い! 今は男はこうあるべきとか、女はこうあるべきとかいう時代じゃねーんよ。ポリティカルなコレクトネスなんよ」


 誠司が言っていることはわかる。

 男は外に出て働くことで生活のかて、女は家に居て男を支える。

 そんな考え方は古臭い、ステレオタイプだと言われている。

 だけど、僕はそのステレオタイプな「男」像に憧れているのだ。

 強く、気高く、たくましい。そんな頼れる男になりたいと思った。

 姉さんが〝魔法少女まほうしょうじょ〟になってしまった、あの冬の日から。


「ユウは絲ちゃんみたいに世話焼いてくれる子がいて羨ましーぜ」

「僕はありがた迷惑だけどな」

「なら俺にその権利譲ってくんね?」

「じゃあ誠司の身長10㎝くれよ」

「そいつぁできねー相談だぜ、ダンナ」

「わがままなやつ」


 言って、僕は少し笑う。

 結局、みんなどこか欠けているんだと思う。

 欲しいものはどこかの誰かが持っている。そして自分は、一生その欲しいものを手に入れられない。

 今あるもので勝負するしかないのだ。

 たしかスヌーピーも、そんなことを言っていた気がする。

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