第12話

 残念ながら、今朝の星座占いは見事なまでに的中していたらしい。

 本日のロングホームルームでは文化祭のクラスでの出し物を決めることになったのだが……。


「ちょっと待ってって! 僕は反対だぞ!」


 思わず席を立って、声を荒らげる。

 こんな企画、容認できるはずがない。

 それは小峰こみねだって同じはずだ。

 僕が視線を送ると彼女は意を決したように、


「あの、わたしもクレープ屋さんとかそういうのがやりたいんだけど」


 素の状態からワントーン低い、クールな王子様ボイスで主張する。

 女子から絶大な人気を誇る小峰の言葉が与える影響は大きかったが、クラスの趨勢すうせいを変えるには至らなかった。

「そうね。片桐かたぎりくんや小峰さんの意見もあるし、ここは多数決で決めましょう」

 そう言うのは、議長を買って出た女子、奥平おくだいら響子きょうこである。

 真ん中で分けられた髪とメタリックなデザインの眼鏡がいかにも学級委員長という風貌だが、学級委員長はやっていない。

 彼女が所属しているのは演劇部だ。それも部長。そんな彼女が前に出てなにを推し進めるかと言えば……。


「じゃあ、男女だんじょ逆転ぎゃくてん演劇に賛成の人ー」


 バッ。

 奥平が言うと、クラスの九割が手を挙げた。

 挙げてないのは僕と小峰、それから会議に参加する気がないと言いたげにずっとスマホをいじっている者くらいである。

 くつがえすことのできない数の暴力。これはもう対案を出すまでもないだろうという雰囲気が立ち込める。


「ってことなんだけど。これ以上やる? 多数決」


 奥平が勝ち誇った顔でこちらを見る。言外げんがいに、時間の無駄だからとっとと諦めなという圧力を感じる。ライオンに踏みつけられた草食動物の気分だ。


「いや、いい……」


 すべもなく、僕はガックリとうなだれた。

 これだけの賛成票があれば、僕や小峰の反対意見など容易にねじ伏せられると踏んだのだろう。

 事実、僕はもうなにも言い返すことができなかった。


「残念だったな、ユウ。今年もお前の女装姿を拝ませてもらうぜ」


 前の席の誠司せいじが振り返り、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら僕の肩を叩いた。


「この裏切り者……」

「おおっと。そんな怖い顔すんなって。せっかくの美少女が台無しだぜ?」

「誰が美少女だ!」

「なはは! そう照れんなよ」

「照れてねーわくそったれぇぇぇ……!」


 僕はべったりと机に伏して己の運命を呪う。

 男女逆転演劇。

 その名の通り、男の役を女子が、女の役を男子が演じるというものである。

 最初に文化祭の出し物として演劇をやりたいと言ったのは奥平だ。だが、その時点では競合きょうごう意見も多く、なかなかクラスの総意がまとまらなかった。

 そこで「男女で役を逆転させたら面白いんじゃね?」と余計な口出しをしたのが……。


「去年の文化祭でお前の女装見て、この才能を腐らせるのはもったいねーって思ったんだよなー。やっぱ俺って天才だわ。確信した。すえは総理大臣だな」


 僕の目の前でつらつらと自画自賛の句を並べ立てる、この軽薄男である。

 誠司の提案に、演劇部部長・奥平響子の眼鏡がキラリと輝いたのだ。


「男女逆……王子様役を小峰さんにやってもらって……お姫様役に片桐くんをえれば……うん! いけるわ! それでいきましょう!」


 そこからは怒涛どとうの勢いだった。


「小峰さんの王子様コスですって⁉」「見たい見たい!」「男装の明日香様……ああ、想像しただけで鼻血が……」とは女子の声。


「片桐の女装か……(ゴクリ)」「ふひひ、男の娘は大正義でござる。拙者せっしゃ、今から胸が高鳴って参りましたぞ」「ボク、去年の片桐くんの女装姿がいまだに忘れられないんだよね……これって恋なのかな……ハァ……ハァ……」とは男子の声。


 我がクラスの男どもがこんな変態ばかりだとは思わなかった。小峰は毎日のように同姓からこのような視線を浴びせられているのだと思うと、気の毒だと思わざるをえない。

 もちろん必死に抵抗した。

 今年の文化祭でも女装させられるなんてまっぴらごめんだ。

 だが結果は先ほどの通り。

 見事なまでの惨敗である。

 僕や小峰を置き去りに、会議はどんどんヒートアップしていく。


「衣装は手芸部の私たちに任せて! 片桐くんや小峰さんに似合う衣装、低コストで作ってみせるから!」


「照明はボクたちコンピューター部に委ねてもらいましょう。機械関連であれば、ボクたちを頼ってください」


「メイクはあたしがやるよ! こう見えても、将来スタイリスト志望なんだっ!」


「小道具なら俺らの出番だな! 特になにかしてるわけじゃないけど、無駄に手先が器用な俺らの底力を見せる時だぜ!」


「監督と演者の指導は演劇部部長の私に一任してちょうだい。必ずや、あなたたちをベストアクターに仕立て上げることを約束するわ。それに、文化祭では優秀な出し物には賞が贈られる。私たち2年B組が今年の文化祭最優秀賞、頂くとしましょう!」


「「「おおーーー‼」」」


 そんな感じで祭りの前から大盛り上がりをみせ、会議は終了したのだった。

 


     *



「まずいことになったな……」

「そうだね……」


 昼休み。

 僕と小峰は、人気ひとけのない空き教室で昼食をとりながら駄弁だべっていた。


「まっさかまた女装するハメになるとは……」


 今年の文化祭こそは心から楽しもうと思っていたのに、始まる前から憂鬱ゆううつになってしまった。


「小峰も嫌だろ? 王子様の役なんて」

「……うん。わたし、お姫様の役がよかった」

「僕だって王子様がよかったさ」


 とは言ったものの、そんなの絶対に似合わないだろうなと思った。

 185㎝のお姫様を助けに来るのが、155㎝の王子様だなんて。

 結局これが最適な人選だという事実になさけなさを感じる。


「でも」

「ん?」


 うなだれながら竹輪ちくわを咀嚼していたら、向かいに座る小峰が、


「(わたしは片桐くんの女装、また見たいけどな…………)」


 ボソボソと言っていて聞き取れない。

 聞き返すも、「な、なんでもない!」とはぐらかされた。

 彼女はすごい勢いで特大弁当をかき込む。

 相変わらずよく食べるものだ。

 小峰のお母さんも、娘がこれだけ食べれば作っていてさぞ楽しいことだろう。


「そういえば。最近はどう? 脱王子様計画の方は?」


 小峰は、あれからも自身の「王子様」というレッテルを払拭ふっしょくするために奮闘ふんとうしているようだ。僕も一緒になって直接的な作戦を考えることはなくなったが、彼女自ら意識を変えて行動に移しているらしい。


「うーん。前より感情隠さないようにしたり、なるべく喋るようにしたり頑張ってはいるけど……どうだろ、結果に繋がってるのかなぁ?」

「繋がってるんじゃないか? 僕、男子から噂聞くよ。このところ小峰の雰囲気が柔らかくなったって」

「え、本当⁉」

「ああ。柴田しばた倉内くらうちが言ってた。前よりは怖がられてはいないみたいだな」


 柴田に倉内、どちらも僕と仲が良いクラスメイトだ。クラスでは、彼らに誠司を加えた四人で行動することが多い。


「そっか……よかった……」

「一歩前進だ。文化祭もあるし、この浮ついた空気なら男子と会話するくらいにはなれるさ」

「……そうだね。うん! わたし、もっと頑張るよ!」

「おう! その意気だ!」


 言って、僕は小峰を鼓舞こぶするように笑って見せる。


「この調子で、彼氏ができるように頑張ろうぜ」

「かれ――⁉ びぶぇっ!」


 小峰は飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。


「お、おい、大丈夫か⁉」


 ゲホゲホと咳き込み、慌てて濡れた箇所をハンカチで拭いながら「だ、だだ、大丈夫……」との返事が返ってくる。


「ふぅ……ゴメン汚くて。……それよりも彼氏、ね。…………うん、彼氏……カレシ……」

「それが最終的な目的だったんじゃないのか? 王子様辞めて、彼氏作るって」

「ウン……ソウ……ワタシ、カレシホシイ」


 自分で言っていたことのはずなのに、なぜか小峰は遠い目をしていた。

 僕は同じ悩みを持つ友人としてサポートしていこうと思ったのだが、どこかでボタンをかけ違っていたのだろうか。


「……片桐くんは? 彼女、欲しくないの?」

「欲しい」


 僕は即答する。


「彼女と文化祭一緒に回るとか憧れるよなぁー。まあ叶わぬ夢だろうけどさ」


 今度は僕が遠い目をする番だった。

 この世のどこに、155㎝のチビを恋人にしたがる女性がいるというのだろう。いたとしても、筋金すじがね入りの変人に違いない。


「ふ、ふーん。ちなみに片桐くん、好きな女性のタイプは?」

「好きな……そうだなぁ……ちょっと抜けてる人がいいかな。ドジというかさ、不器用な人って可愛いと思うんだよね」

「んぬぅ!」


 小峰はいきなり自分の右ももを殴りつけた。


「えぇ? どしたの?」

「な、なんでもないよ……虫がいただけ……」

「? そうか」


 彼女の奇行にあっけにとられながらも、僕は先ほどの質問に答える。


「あ、あとベタだけど笑顔が可愛い人かな。笑った顔が可愛いと、楽しませてあげたいって気持ちが強くなるよね」

「うらぁ!」


 小峰は自分の左ももを殴りつけた。


「ぉおう。また虫?」

「ははは……うん。そんな感じ…………」


 小峰の謎行動には驚かされたものの、その後は他愛のない話が続いた。

 休日はなにしてるとか。

 小峰が最近ハマっている少女漫画のこととか。

 部活の話とか生徒会の話とか。

 そして再び。話題は文化祭のことへ。


「やっぱお姫様役なんてやりたくねーーーーー!」


 頭を抱えて嘆く。

 前の時間から考えるのはそればっかりだ。


「あはは。でもみんな片桐くんの女装期待してたよ?」

「クラスの変態どもだろ」

「わたしはあの男子たちの気持ちわからなくないけどなー」

「え? 小峰ってもしかして変態?」

「な! 失敬な。わたしはいたってノーマルです」

「小峰の男装だって期待されてたじゃんか」

「わたしは……もう普段から似たようなことやってるからね。だよ、無」

「今回の文化祭でまた小峰のファンができたりして」

「それは嫌だぁ……」

「ぶっちゃけシャレになんないよなぁ。王子様辞められるように小峰が頑張ってんのに」

「いっそのこと、わざとテキトーな演技して主役降ろされるようにするとか」


 平時の僕であれば、そんな提案は承服しょうふくしかねるだろう。

 もらった仕事をぞんざいにするなんて、あってはならないことだ。

 だけど、


「これに限ってはその手もアリかもなぁ…………」


 空き教室に、僕の深い深いため息が浸透していった。

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