第10話
朝。
教室の扉を開けると、すでに
「おっす! 今日はすいぶん遅い登校じゃんかユウ…………って、なにそれ?」
誠司が訊いてきたのは、僕が手に持っている物のことだろう。
僕の両手には今、大量のお菓子が収まっている。
「いや実は――」
*
数十分前。
登校し、玄関で上履きに履き替えて階段を上ろうとした時、
「あ! かいちょーじゃん!」
「はい……?」
背後からの声に振り向くと、そこには派手に制服を着崩した女子が四人。
リボンの色を見るに全員3年生の先輩だ。
僕も生徒会に所属している手前上級生との関わりはそれなりにあるが、彼女たちと面識はなかった。
それなのに、彼女たちは
「やーん! 可愛いー!」
「え、近くで見るとめっちゃ小っちゃいねー」
「この身体でかいちょーやってるとかウケるんだけど」
「その頑張ってる感じが可愛いんじゃん」
生徒会長という知名度が裏目に出たようだ。
こうやって知らない人から絡まれるのも、実は初めてじゃない。
その大抵が軽く挨拶されたり、チビであることをからかわれたりするだけだったのだが、今回は違った。
「え……あの、ちょっと……?」
彼女たちはどんどん距離を詰め、そのうち僕は完全に逃げ場を失ってしまった。
これがドラゴンクエストの世界だったら、メッセージウィンドウに「まわりをかこまれてしまった!」と表示されることだろう。
「かいちょーホームルーム始まるまでウチらの教室で遊ぼーよ」
「てか手ぇ繋ぐ?」
「やばー。見た目完全に誘拐じゃんウケる」
「よしよし。お姉さんと一緒に行こうねー」
結局、僕はそのまま彼女たちに連行され、いろいろいじられ
無遠慮に頭を撫でられたり、頬をペタペタ触られたり、ツーショット写真を撮らされたり。
まるで動物園に来たパンダみたいだ。
「生徒会の仕事があるんで、それじゃ!」
と嘘をついて逃げ出そうとすると、なんやかんやと手土産にたくさんのお菓子を持たされた。
そして断るとまた面倒くさそうだったのでそのままそれを受け取って、
*
一連の流れを説明すると、誠司を筆頭に話を聞いていた男子たちが
「おいユウ! 朝っぱらからなんだその羨まし過ぎるシチュエーションは!」
「ぐあああっ! 俺も年上のお姉さんに絡まれて好き勝手されてぇー!」
「これは
しまいには悔し泣きするやつも出てくる始末だ。
誠司は僕の持っていたお菓子をごっそり奪い取って、
「これはお前んじゃねぇ!」
「そーだそーだ!
「(むしゃむしゃ……)ああ……
彼らはお菓子の包装を根こそぎ引き裂き、手の平一杯につかみ取って口に放り込む。
「……いや、別にいいけどさ」
欲しいわけじゃなかったし。
それに僕、どちらかというと和菓子派だし。
「カッ。
「揉んだのか⁉ 乳揉みバイキングだったのか⁉ 大きいサイズから小さいサイズまで揉み比べしてきたのかぁー⁉」
「実は手土産にお姉様方のパンツ持たされてたりして……うひひひひひ……」
誠司たちは妄想を膨らませ、どんどんヒートアップしていく。
「そこまでのことはしてないって。なにもなかったから本当」
僕がそう弁明しても彼らの勢いは止まらない。
「そ・こ・ま・で・の・こ・と・は、だとお⁉ なら囲まれた時にちょっとおっぱいが当たったりはしたんじゃないのか⁉」
「さぞかし良い匂いがしたんだろうなぁ! その空間は!」
「ミニスカギャルの
詰め寄られ、僕は「んっ……いや、その……まあ…………」と
ぶっちゃけほとんど事実だから強く否定できない。
抱き寄せられた時に胸が当たってたし。
化粧と香水の匂いが入り混じってむせかえるくらい良い香りがしたし。
ギャルっぽい人が屈んだ
すると、僕の動揺を
「こぉぉぉんのやろぉぉぉぉ‼」
「許せねえ! 俺、片桐のこと一生許せねえよ!」
「コロス……」
教室内は大騒ぎだった。
僕が「まあまあ」となだめても、彼らの怒りの炎は消えるどころかさらに勢いを増した。
もはやこの騒動を止める術は一つしかない。
そう思って、僕はこんなことを言ってやった。
「じゃあお前ら、僕みたいなチビになりたいの?」
「「「それは絶対に嫌だ」」」
三人とも口を
「いっくら年上のお姉さんにかわいがられたってなぁ」
「身長低いと合う服とかなさそうだし」
「長期的にみたらデメリットしかないよね……」
顔を見合わせ、アッハッハ! と、軽快に笑う三人。
……この野郎ども。
僕が見ないフリしてきた諸問題を一気に掘り起こしやがって。
「
「お菓子いっぱいあるじゃん! 美味しそー!」
騒ぎとお菓子の匂いにつられたクラスメイトの女子たちがやって来る。
「これ全部ユウが上級生たちから貰ってきたんだとよ」
「えー! そうなんだー! 私たちも食べていい? 片桐くん」
「……いいよ。好き勝手に食べてもらって」
「やったー! ありがとー!」
こうして、その後のホームルーム前の時間はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
*
自分ではモテないって言っているけど、片桐くんは結構モテる。
今朝だってそうだ。
わたしが朝練終わりに廊下を歩いていたら、片桐くんは3年生の先輩たちに囲まれていた。
そのあと教室に入ってきた彼の様子を見る限り、相当可愛がられてきたらしい。
彼が貰ってきたお菓子をみんなで開けて、ホームルームが始まるまでの間ちょっとしたパーティーとなっていた。
わたしは加わることもできず遠くからその光景を眺めていて、胸のざわつきを抑えられずにいた。
モヤモヤするし、むしゃくしゃする。
昼食の時はお母さんが作ってくれた特大弁当だけに飽き足らず、購買で惣菜パンを二個も買ってしまった。
朝からそんなことがあって、その後一日を明るく過ごせるはずもない。
沈んだ気持ちのまま一日を終え、寂しい気持ちを埋めるように
電話口で、彼女はこんなことを言いだした。
『
「め、メスぅ⁉」
びっくりして訊き返す。
『うん。
「画面越しでわたしの変化に気づくとか美理ちゃんヤバくない……?」
『別におかしいこたないでしょ。中学ん時はそれこそ姉妹みたいに一緒にいたんだし』
「そうだけど……」
『あんたが生理の時だってわかるくらいだし』
「うん、ごめん。それ初耳。ちょっと引いた」
わたしが言うと、美理は『あっはっは!』と
『んで、どうなの? ついに好きな男、できたの?』
スマホの小さな枠内で、美理はニマニマと楽しそうに笑っている。
「できた……のかな? それっぽい人は…………いる」
『ほぉー!』
美理は目を見開き、口をすぼめて
『いやぁー。あの男嫌いの明日香がついに……ねぇ。あたしゃ感動しちまったよ』
「男嫌いってわけじゃ……」
『そう? クソ毛嫌いしてたじゃん。席替えで隣に男子来たらめっちゃ顔しかめてたし』
「そ、そうだっけ……?」
あの時のわたしは精神的に不安定ですごくトゲトゲしていたから、もしかしたらそうだったかもしれない。
『卒アルの将来の夢の欄に「
「うぅぅぅ……わたしの黒歴史掘り起さないでよぉ……」
〝森羅くん〟とは、わたしが当時ガチ恋していた漫画のキャラクターだ。書いた時はやってやったぜ感が強かったが、後々なんでこんなことを……と後悔した。
『で、相手はどんなやつなわけ? イケメン? それとも
「うーん。どっちかというと優しい感じだね」
『へえ。まあそっちの方が恋愛初心者の明日香には向いてるかもね。その優男の、どんなところが好きになったの?』
「……良いところはいっぱいある、と思う。真面目だし、頭良くていろんなこと思いつくし、手先が器用だし、女装が似合うし」
『……なんか最後のスゲー気になるんですけど』
「ま、まあそれは置いといて……」
適当にはぐらかし、わたしは核心的な一言を口にする。
「でもやっぱり、わたしのありのままを見て〝可愛い〟って言ってくれたからかな……」
『……そんだけ?』
「そ、そんだけってなによー!」
『いや女子だったら一生のうちに何回も言われる言葉でしょ』
「はん、どうせわたしは美理みたいな彼氏持ちの美少女とは比べ物なんないデカブツですよーだっ!」
通話切ったろかと思ったが、美理が『ごめんごめん、明日香は可愛いよ』と取り
『して、そのお相手の名前は?』
「えー……そんなことも言うのー……?」
『いいじゃんいいじゃん。どうせ高校違うんだからわかんないんだしさ』
「ん…………」
わたしは数秒間たっぷりと
「
言葉にすると、一気に現実味が増してきた。
――ああ、わたし、片桐くんのことが好きなんだ。
今までわたしの中でふわふわと漂っていたものに、形が与えられた感じ。
身体が熱を帯びてくる。心臓が
『カタギリくんね。下は?』
しかし、美理はそんなわたしの気持ちなんざ知ったこっちゃないという様子だ。顔をスマホの画面から逸らして、見えないところでなにかもぞもぞとやっている。
「ユウ。片桐
言っちゃった。下の名前。
ユウくん。
心の中で
かゆいような、苦しいような。
でも決して嫌なんかじゃなくて、ふわりと浮かび上がってしまいそうな心地だ。
『カタギリユウ……っと。おけおけ。教えてくれてありがとー!』
「……美理ちゃんさっきからなにやってるの?」
『おん? 意中の彼の名前をメモってただけだけど?』
「なんで……?」
わたしは嫌な予感がして訊く。
『えー。別に忘れたらヤだなって思っただけー』
美理はニヤニヤしながら、『そういえば』と続けた。
『あたし、今度あんたのとこの文化祭行くから』
「なっ……!」
やられた!
片桐くんの名前メモってたのはそういうことだったのか。
『だってあの明日香が好きになった人だよ? 見に行きたいじゃんよー』
「来ないで」
『嫌だね。絶対行く』
「ぐぬぬ……」
『あっはっは! そんな顔しなくたっていいじゃん。最近会ってなかったしさ、あたしも明日香に会いたいのよ。んで、カタギリくんはそのついで』
「絶対ついでじゃない……」
『でも、明日香もあたしに会いたいでしょ?』
「それは……その通りだけど」
『んふふー。明日香ったらツンデレなんだからー。んじゃそういうことで、また文化祭で会いましょ。バイバーイ!』
そうして、通話を途切れた。
「もう、美理ってば……」
ため息をつき、それからふっと笑いがこみ上げる。
懐かしいこの感じ。わたしにとって絶望の時期だった中学時代を乗り越えられたのも、彼女のおかげだ。
――美理にわたしの恋バナをすることになるなんて思わなかったな……。
そうだ。さっきのは恋バナだったのだ。
昔なら考えられなかった出来事に、自身の成長(というか更生?)を感じる。
だけど、それでもまだ、わたしは正しい世界の住人になれたわけではない。
ただスタートラインに立っただけ。
世の中の人々は不思議だ。
わたしの見えないところで勝手にくっついていく。
高校で彼氏が出来た美理だって、「なんかわからんけどできた」と言っていた。
どうなっているんだ。
告白とかしたのだろうか。それともされたのだろうか。
その前にどっか遊びに行ったりとかしたのかもしれない。
雰囲気でそんな感じになったのか。
わからない。
恋愛初心者のわたしには、どうやってそこまで行き着くのかがわからない。
――片桐くん。
胸中でもう一度、彼の名前を呼ぶ。
彼にわたしの思いを伝えるには、一体どうしたらいいのだろう。
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