外来種は在来種生物を取り込み、新種になる
小型カマキリたちが静止した。
防衛軍も攻撃を中止し、戦場に静寂が訪れた。
まだ終わりではない。停止しているとはいえ、依然として多くの小型カマキリが数が残っている。これを全て掃討して、初めて勝利と言える。が、ノルンの役割に関しては終わったと言っても──
「!?」
ノルンのセンサーが最大級の警報を鳴らす。
ドォォォォンという激しい破砕音と共に、蟻塚の壁面を突き破ってスコルが飛び出し、地面に落下した。その全身が青い血で塗れている。
「あ~ぁ、ママったらこんな奴らに負けちゃうなんて、情けないなぁ~」
スコルが飛び出してきた穴から、悠然と歩み出る存在。
その姿は、かなり人間に近い。ただ、手首からはカマが生えていたり、体のあちこちにカマキリの外骨格が残っていたり、と、"アグレスタ"の特徴が随所に散見されるが、まるで人間がカマキリのコスプレ衣装を身に付けているようにも見える。
体そのものの大きさは人間より一回り大きい程度で、少々長い手足や、羽などの大きさを含めれば体長は5m程である。
"アグレスタ"や、スコルに比べれば圧倒的に小さい。小さいにもかかわらず、その怪物は圧倒的な存在感を放っていた。
「まぁ、私が跡を引き継げばいいし、ま、いっか」
そう言って怪物は指を鳴らす。途端、停止していた小型カマキリたちが活動を再開する。
再び乱戦となる小型カマキリと防衛軍。だが、ノルンはその怪物、"新女王"を視線に捉えたまま動かない。
「グルゥゥ」
スコルは青い血を滴らせつつ立ち上がり、同じく新女王を睨みつける。
「アナタたちが、私のお相手?」
残虐な笑みを浮かべ、新女王は背の羽を震わせる。青白い光を背から放出し、新女王はふわりと浮き上がる。
「いいわ、遊んであげる」
ノルンとスコルに向け、新女王がその手を翳す。すると背中から10本の青白い触手が出現し、二人に殺到する。
咄嗟に左右へと別れて回避するノルンとスコル。回避の瞬間、ノルンは触手を解析する。それはアグレスタが用いていた青白いエネルギー体で形成されていた。その触手は、触れただけでもダメージを受ける代物であった。
触手は5本ずつで分担し、左右へと回避したノルンとスコルを別々に追跡する。
ノルンはうねる触手を避け、避けきれないものは防壁で防ぐ。が、スコルは躱しきれず、数本の触手を被弾し、新たな傷口からは青い血が流れた。
スコルを援護すべく、腕を砲撃形態へ変え、深緑の光線で新女王を狙い撃つノルン。しかし、光線は新女王が展開する防壁を通過屈折し、ノルンへと撃ち返された。
戻ってきた光線をひらりと回避し、襲い来る5本の触手の隙間を押し通り、ノルンは強引に新女王へと肉薄、バチバチと電撃が迸る右拳を、新女王へと叩きこんだ。
新女王はノルンの拳打を受け止める。電撃が敵の体を伝う、が、何の痛痒も与えてない。
「ビリビリするじゃないの!」
ノルンに新女王の蹴りが迫る。そこへ援護のように氷塊が飛来する。新女王は飛び退いて回避したが、その動きを予測していたスコルが、新女王の回避先へと回り込み、大顎を開いて敵に食らいつく。
「私、小型犬が好きなの」
スコルが食らいつく、まさに寸前、スコルの頭蓋を貫くべく、新たに5本の触手が突き出された。スコルは強引に体をひねってそれを回避。しかし、完全には躱しきれず、喉や頬、前足など、複数の箇所を触手による貫かれた。
「ガフッ!」
口から青い血を吐き、落下していくスコル。ニヤリとそれを見下ろす新女王の視界の隅に、緑の光が差し込む。
ノルンが放った光線は、新女王の防壁内を屈折し飛び回る。
「またこの攻撃? 芸が無いわねぇ」
緑の光により遮られた視界、その光の膜を突き破ってノルンが出現し、その拳を新女王の腹部に叩きこんだ。
「ガァッ!」
ノルンの右腕が甲殻を破って腹に突き刺さり、新女王は低い声で呻いた。新女王は青い血を吐血し、強引な突破で白磁のボディが破損しているノルンに降りかかる。
「この距離なら」
──反射できないはず
突き刺さった右腕を砲撃形態に変形し、体内に向け光線を──
「いてぇぞコラァァァァ!!」
スパンという小気味良い音。そして、ノルンの右腕は肘から切断されていた。新女王の右手首から生えるカマ、それは青白い色を通り越し、白銀に輝いていた。
右腕切断に怯んだ一瞬の隙、直後10本の触手を束ねた物に薙ぎ払われ、ノルンは地面へと叩きつけられた。
「あぁ! もう! 傷が残ったらどうしてくれるのよ!」
腹部に刺さったノルンの腕を抜いて放り投げ、新女王は悪態をつく。腹の傷はメキメキと修復されていく。
青い血を吐きつつ、スコルが起き上がる。倒れているノルンを一瞥し、空に浮かぶ新女王を睨め上げる。
「反抗的な目つきね」
エネルギーの触手をスコルに向ける。
「その目、潰しちゃおうかしら」
スコルが全身に冷気を巡らせ、羽衣のように纏う。目は白く染まり、口から吹雪のような吐息が漏れ出る。
「ゴォアァァァァァ!!!」
スコルの咆哮と共に、空中にトンネルのように足場が形成される。それは、スコルから新女王までの直通トンネルであった。
直通トンネルの中を、飛び回り駆け上がるスコル。これまでにない速度は、彼女の体を大きく蝕み、傷口から流れた青い血がまき散らされ、まるで青い雨のように大地を濡らす。
「ス、コル、今、手助けを──」
ノルンは機能不全に陥りかけている体を鞭うって、上体を起こす。
スコルが最後の命を燃やそうとしている。
新女王に対して冷気を吹きかけ、絶対零度の爪で薙ぎ払い、鋼鉄のごとき氷の礫をぶつけている。だが、その全てを躱され、防がれて、逆に攻撃を受けている。
「スコル……」
ノルンは動かない自分のボディに歯噛みした。
その戦場で、多くの者が求めた。
戦闘指揮所で指揮する防衛軍司令部、そこで見守ることしかできないことに無力感を募らせるヴェント。
小型カマキリと乱戦状態で死闘を繰り広げる防衛軍兵士たち。
そして新女王と渡り合い、傷つき、命を削るスコル。
彼らの想いと求めに応じるように、この星に存在する情報体の海から、一つの意思が浮上した。
そして必然のように、ノルンの中にあるマターコンバータが"ソレ"を受け止めた。
──あの
「!?」
"ソレ"が、ノルンに語り掛ける。
──でも、本当にバカなのは私ね
"意思"は、自嘲するように述べる。
──私は理性を失くして、あの
「ハティ……?」
ノルンは、スコルの姉の名を問う……、
──だから、ね、助けてあげて
マターコンバータを介して何かがノルンの中に広がり、一気に体中を満たす。と同時に、彼女のボディに走るエネルギーラインが緑から焔色へと変貌する。
失った右腕の切断面から炎が噴出し、それが右腕を形成した。
ノルンは飛び跳ねるように起き上がり、体のあちこちから紅蓮を吹きつつ飛翔した。
「!?」
急速接近する赤い閃光に、新女王は目を剥いた。
咄嗟に青白いエネルギーの触手を振るい、赤熱するノルンを薙ぎ払おうとする。が、回転と共に振るわれた右腕の手刀、その手が放つ火炎により、触手は悉く粉砕される。
「なっ! なんなのよ!!」
白銀のカマと交錯する赤熱の手刀。激突した両者がバチバチと干渉し、空気を揺らす。
そこへ襲い掛かる氷塊。それを新女王は防壁で防ぎ、射線を逸らす。瞬間、ノルンの右腕が肥大化し、新女王の防壁内部を炎で埋め尽くす。更に追加で飛来した氷塊は、防壁を易々と貫通し、新女王に突き刺さった。
「ぐげぇ!!」
吹き飛ぶ新女王を追撃するノルンとスコル。
「寄るなぁぁぁ!!」
触手を振り乱し、ノルンとスコルの接近を止めようとする新女王。しかし、二人の攻撃を交互に浴びた触手は、バキバキと音を立てて消滅する。
「な、こんな!?」
戸惑いの声を上げる新女王に、スコルが噴き出した猛烈な吹雪が襲い掛かり、両手両足が氷結する。
「この程度──」
新女王は氷結した両手両足にオーラを籠める。しかし、オーラで氷結を砕くより早く、火炎と化したノルンが肉薄していた。
ノルンの右腕が、再び新女王の腹部を穿つ。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
新女王は苦痛からの叫びを上げる
「なにがっ、こんな……」
新女王はノルンの腕を取り、自分の腹部から抜こうとする。が、ノルンから吹き出る火焔は、その腕をも焼き焦がす。
「元々二体一組の存在。プラスとマイナスの力で、敵を打ち砕く」
ノルンは独り言のように呟く。が、新女王には既に聞こえていない。
「さようなら」
ノルンは右腕から火炎を吹き出し、スコルが再び強烈な吹雪を見舞う。
「ギャァァァァァァァァ!!」
内外で相反するエネルギーをぶつけられた新女王は、その相乗効果により肉体が分解されていく。
「ァァァァァ……──」
炎と吹雪が形作る渦が、崩壊した新女王を飲み込み、空へと消し去っていった。
渦が雲を消し去ったのか、天に上った炎と吹雪が雲を裂き、ノルンとスコルを照らすように晴れ間が覗く。
その光に吸い込まれるように、ノルンの体から徐々に炎が抜けて登っていく。
──ありがとう……
その声を最後に、ノルンの体からは完全に焔が消え、元の緑の光へと戻った。
「センサー異常でしょうか……」
ノルンには、赤い大型の狼が、走り去っていく姿が見えたような気がした。
その後、再び停止した小型カマキリたちを防衛軍が掃討し、本作戦は終了となった。
新女王戦から3時間後。
戦闘後に倒れたまま、動かなくなっていたスコルが再び起き上がった。
彼女はノルンを一瞥し、小さく頷き、そして空中に足場を作って走り去っていった。
「無事で、良かったね」
走り去るスコルを見上げつつ、ヴェントはノルンに語り掛けた。
「はい」
ノルンは笑顔を見せる。
彼女は戦闘モードを解除し、緑髪の少女形態へと戻っている。が、損傷が激しく、十分には体が動かせない状態だ。特に右腕の損傷が酷く、切断された部品を一応接合はしているが、ちゃんと稼動させられるようになるまでには、今しばらく時間がかかりそうである。
「あ、そういえば、"価値ある物"を探すの忘れてた!!」
彼らは"地球へ帰る"事が目的であり、そのためのエネルギー源として"価値ある物"を求めている。
「大丈夫です。エネルギーの補給は完了しています」
「あれ? いつの間に?」
ノルンは蟻塚へと視線を向ける。
「内部に、新女王の卵があと20ほど残っていました。ですので、それをコンバータで変換いたしました」
ノルンの言葉にヴェントがぶるりと震える。
「あ、アレが、あと20個も?」
「はい、20個も」
笑顔で述べるノルンに、ヴェントは引きつった笑顔を返した。
戦後の混乱の中、ヴェント達は
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