在来種怪獣と、防衛軍と、ドロイドと

「巨大生物"スコル"、アグレスタ分体群と交戦中。戦線は徐々に"巣"へと近づいています」

「全軍、引き続き待機だ」

 通信兵の報告に、師団長は"待機"の指示を出す。

 大型のテント内に構築された作戦指揮所には、沈痛な空気が満たされる。聞こえるのは遠くから響く戦闘音のみだ。


 そんな静寂に包まれた指揮所に、戦闘機の飛行音のような高音が響く。その音は徐々に近づき、指揮所の周囲が俄かにざわつく。

 そして、テントの入り口目の前に、ゴォンという重たい落下音を響かせ、何かが落着した。

 周囲の全員が拳銃を抜き、その"何か"に銃口を向けた。



 その"何か"とは、ノルンを纏ったヴェントである。立膝で着地していたヴェントは、立ち上がると、周囲の緊張が一気に高まった。

(い、いきなり飛んできたのはあまり良くなかったかな……)

 まずは話し合いを、というつもりで、ヴェントは片手を上げて声をかけた。

『あー、いきなり飛んできて──』

 新兵の一人が焦って発砲した。頭部に命中するも、カァァンという音を立てて銃弾が弾き飛んでいく。

 それが呼び水となったのか、一斉に周囲から銃弾が殺到する。しかし、その全てはノルンに一切通用しない。

『あ、あのぉ……』

 とりあえずヴェントは両手を上げて静止する。が、そんなヴェントに尚も銃弾が撃ち込まれる。


「撃ち方止め!! 止めんか!!」

 師団長の喝により、銃撃は止む。

 重たい空気が当たりを包む。ヴェントは相変わらず両手を上げたままである。

「撃っても無駄だ。銃を下げろ」

 師団長の指示で、全員が銃を下ろした。その様子を見ていたヴェントは、恐る恐る声をだした。

『は、話しても、大丈夫ですか?』

 誰も彼の問いには答えない。ただ、射殺さんばかりの視線を向けるのみである。

(やっぱり、いきなり飛んできたのはあかんかった……)


『マスター、私が話します』

『あ、お願い』

 ヘタレなヴェントは、ノルンの提案にアッサリ折れた。


『あの侵略型外来生物を駆逐するチャンスは今しかありません』

 先ほどまでは若い男性の声だった者が、急に女性の声を出したことで、再び怪訝な視線を向けられるヴェント達。

 しかし、師団長はじめとした指揮官クラスの人間たちの視線は、別の意味を含んでいた。

「どういう意味だ」

 代表として師団長が答える。


『今、戦力が最も充実し、今、敵は最も弱体化しています』

 ノルンは語る。

 敵は現在営巣中であり、巨大生物"アグレスタ"は産卵中のいわゆる"身重"な状態であるため、戦闘能力が低下している。

 そしてこちら側には、まだ大いに戦力を残す防衛軍が居り、巨大生物"スコル"が居り、そして自分が居ると。


 現在の巨大生物"アグレスタ"ならば、巨大生物"スコル"で討つことができる。そのためには、防衛軍とノルンが"スコル"のための血路を開き、温存した"スコル"を"アグレスタ"にぶつける必要がある。


『敵の中枢であり"女王"である巨大生物"アグレスタ"を討てば、統率を失い、敵の戦力は半減以下になります』

 ノルンの言葉に耳を傾けていた師団長が、重々しい雰囲気で口を開く。

「お前と、お前の言葉を信じろと?」

『信じないなら、滅びるだけです』

「保証は?」

『ありません』

 しばしにらみ合う両者。


「勝算は、あるのか?」

『不確定要素があるため、断言することはできません』

 絞り出すように問いかけた師団長は、ノルンの回答を受け更に険しい表情へと変わる。



「お前の目的は何だ」

『私は……、彼女、"スコル"に、死んでほしくないだけです』

 師団長にとって意外だったのか、ノルンの言葉に一瞬目を丸くした。そしてニヤリを笑みを浮かべた。


「全軍に通達、"スコル"を援護しつつ、"蟻塚"へ攻撃を集中せよ」

 指揮所内が一気に慌ただしくなり、通信兵たちが各隊へと一斉に指示を伝え始める。


「そこまで言ったのだ、達成してみせてくれよ」

『全力を尽くします』

 師団長の言葉に、ノルンは頷いて見せた。



『マスター、よろしいでしょうか?』

『大丈夫、行ってきて』

 ノルンはヴェントと分離し、パワーアーマーモードを解除し、ドロイド体へと変形する。防衛軍の面々は、その様子を再び驚愕で見守る。


「皆さま、申し訳ありませんが、マスターをどうかよろしくお願いします」

 白磁のドロイドが、急に慇懃に頭を下げて依頼する様子に、防衛軍の面々はただただ驚くばかりである。

「あ、ああ」

 状況が良く理解できないままに、師団長は頷き答えた。それに満足した様子のノルンは、そのまま指揮所を飛び出し、プラズマジェットで飛翔した。




 突然の援護射撃に、スコルは戸惑っていた。人間たちを護るつもりではいたが、共闘できるとは思っていなかった。

 彼女が自身の"姉"を止めた時も、人間は手出しをしてはこなかった。しかし今は違う。人間の軍隊は、彼女を援護しつつ、蟻塚へと攻撃を加えているのだ。まるで、彼女の"道"を作るように。

 だが、まだ足りない。彼らの攻撃能力だけでは、敵の大群を切り開くことができない。


 蟻塚からは、更に追加で飛行型の小型カマキリが出現する。100近いその新手は、彼女と人間の軍隊に襲い掛かる。

『人間たち、下がりなさい!』

 言葉が通じないとわかってはいても、彼女は人間に語り掛ける。そして人間たちを護るべく、氷の塊を撃ち出そうとした。

 その瞬間、深緑の光線が彼女の真横を通過し、飛行型カマキリを20ほど焼き殺した。


「スコル、ここは私たちに任せてください」

 いつの間にか、スコルのすぐ横には白磁の人型が浮かんでいた。

『アナタは……』

「私と彼らが"道"を作ります。貴女は"女王"を倒してください」

 ノルンが蟻塚の、その中にいるはずである女王を指し示す。その彼女らの頭上を防衛軍の砲撃が通過し、蟻塚へ次々着弾する。


 ノルンは再び飛翔し、全身の内蔵兵器類を展開する。

「道を空けなさい!!」

 ノルンの全身が展開し、10を超える発射口が出現する。キィィィィンという駆動音の後、全身の発射口から緑の光線が連続発射された。

 数多の小型カマキリたち、地を這う個体、羽で舞う個体、蟻塚の表面を這っていた個体、内部から出ようとした個体、次々と光線に貫かれて絶命していく。

 防衛軍砲撃とノルンの連射による連続攻撃が蟻塚側面を穿つ。崩落した壁面には、内部へと通じる大穴が生じた。


 スコルの居場所から大穴へと、敵が居ない空間が形成された。ノルンと防衛軍の攻撃により、"道"が切り拓かれたのだ。


「行ってください!」

 光線を連発しつつノルンが叫ぶ。

 一瞬の逡巡を見せたスコルは、だが、すぐに意思を固め、彼らが築いた"道"を駆けた。


 スコルの行く道を示すように、緑の光と砲撃が周囲に飛来し、彼女の歩を止めるような存在を近づけさせない。

 トンネルのような援護射撃の雨に導かれ、大穴から蟻塚内部へと飛び込んだスコル。建物の階層が大幅に破壊され、内部は大きな吹き抜けの空洞となっていた。

 既に、大半の戦力が出払っているらしく、内部には非戦闘タイプの個体ばかりで、目立った抵抗勢力が無く、ただただ、侵入者であるスコルに怯えているのみである。


 しかし、吹き抜けの最下部。そこにいる個体だけは別だった。

 巨大生物"アグレスタ"、現在は産卵形態であるため、腹部が大きく肥大化した状態のソレだけは、禍々しいオーラを纏い、殺意をスコルに向けていた。



「オォォォォン!」

 スコルの周囲に氷塊が浮かぶ。彼女はそれを撃ち出しながら、吹き抜けの底に向けて駆ける。

「ギギィッ!!」

 "アグレスタ"は青白いオーラで防壁を形成し、氷塊を受け止める。が、重量の大きい氷塊による打ち下ろしは撃ち返すことができず、射線を逸らすことしかできない。


「ガァァァ!!」

 高速で"アグレスタ"に接近するスコル。食いつくために口を開いて飛び掛かろうとした瞬間、彼女の左右から青い光を帯びたカマが繰り出された。

 咄嗟に飛び退くスコル。"アグレスタ"を護るように、大型のカマキリが2体、姿を現した。


 その2体は女王を護る"近衛"であった。元の"アグレスタ"よりは小さいが、兵隊として生み出していたカマキリたちよりはかなり大型であり、その上、"アグレスタ"のように"オーラ"を使っている。


「ギッギッギッギィィ」

 "アグレスタ"が満足気な音を立てる。まるで嗤っているかのようである。

「グルゥゥゥ」

 スコルはギリリと奥歯を噛み締め、牙を剥いた。彼女を送り出してくれた者たちのためにも、ここで負けるわけにはいかない。


「ガゥガァァ!!」

 氷塊を撃ち出しつつ近衛に突進するスコル。だが、アグレスタが作る防壁は、近衛すらも守っている。

 スコルは前足の爪に氷を纏わせ、その爪で近衛の1体を薙ぎ払う。敵はそれを、青いオーラを纏ったカマで迎撃した。冷気とオーラが衝突する。

 競り合う彼女らの横から、もう一体の近衛が襲い掛かってきた。スコルは焦って飛び退く。


「グォォォォン!!」

 スコルの咆哮と共に、吹き抜け下層の空間に多数の氷雪足場が出現する。向きも位置もバラバラなそれに、一瞬怯むアグレスタと近衛。

 スコルは飛び上がり、自分専用のその足場を飛び回る。濃紺色の巨大狼は、足場を経由するたびに加速し、だんだんと青い砲弾のようになる。

「ギギィィ!!」

 高速で通過したスコルにより、近衛の1体が手傷を負う。

「ギチィィ!!」

 再び近衛に飛び掛かるスコル。だが、アグレスタの防壁と衝突し、ギャリギャリと異音を上げる。だが、彼女は止まらない。


 高速で飛び回るスコルに、近衛は徐々に対応する。通過するスコルの攻撃を青いオーラで受け流す。

「ギギィィ?」

 近衛の1体は考えた。次に目の前に来た時に一撃入れてやる。そして近衛の目の前に水色の塊が飛来した。

「ギギィィィィッ!!」

 高速でカマを振り抜く近衛。だが、そのカマが捉えたのは氷の塊であった。まんまと囮にひっかかったのだ。

「ギ?」

「ガアァァァア!!」

 振り抜いた状態で伸びきった腕に、スコルが食いついた。牙を深くめり込ませ、近衛の腕を食いちぎる。

 スコルは口に咥えた腕をそのままに、体ごと回転するようにそれを振り抜き、青いオーラを残したカマで近衛2体を切り裂いた。


「ギギギィィィィィ!!」

 アグレスタが悲鳴のような音を立てる。

 耳障りな音を出すアグレスタに向け、スコルは多数の氷塊を発射しつつ突貫する。


 防壁で氷塊を護るアグレスタに向け、口にくわえたカマを突き立てた。未だにオーラの青さが残るカマは、アグレスタの防壁を貫き、その胸部に吸い込まれるように突き刺さった。


「ギィィギギギィィィィ!!!」

 呻き、もがくアグレスタ。だが、スコルは両の前足で敵を押さえつけ、更にカマを押し込んだ。


「ギ、ギギィ……」

 呻きがだんだんと小さくなり、やがてアグレスタは動きをとめた。


「フー、フー、フー」

 加えていたカマを離し、スコルは顔を上げる。

 周りに居た小型カマキリたちは静止していた。女王の死により、分体は指示系統を失ったのだ。

 外の戦闘音も止まり、蟻塚内には束の間の静寂が訪れた。



──パキリ



 その静寂の中で響いたのは、1つの卵が孵化する音だった。

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