在来種怪獣の"身の上話"が重い
警察署にある留置場から堂々と脱走する二人。しかし、誰も二人を止めない。
「えっと、いいのかな……」
「はい、問題ございません」
署員たちから向けられる視線に、ヴェントは怯え、ノルンは全く意に介さず、二人は正面玄関から外へ出た。
警察署から出て、空を見上げる。まだ日も昇らない早朝だ。空は少しだけ明るくなってきている。そんな朝焼けの空の下には、半分廃墟となった街が広がる。よく見れば、警察署も一部崩落している。
「こんな状況でも、警察はちゃんと仕事してるんだね……」
取り調べは辛かったが、彼らのプロ意識に、ヴェントは頭が下がる想いだった。
「ノルン?」
そんな感慨に耽っていたヴェントの横で、ノルンはどこかを見つめていた。その視線の先には、ヴェントらが巨獣Wと呼んでいた、狼型の巨大生物が横たわっていた。
「彼女は"スコル"という名のようです」
ノルンが狼型の巨大生物、"スコル"を見つめたままに述べる。
「……彼女? え? 女の子なの!?」
ノルンが"え? そこから?"という表情をヴェントに向ける。ヴェントは"いや、わかんないし"と、目線で答えた。
「時間がございましたので、この惑星について、更に多くの情報を精査しました。彼女には、数年前まで"ハティ"という姉がいました。が、ハティは老朽化の末、暴走。それをスコルが撃破したようです」
「お、おぅ……」
思いのほか重たい"身の上話"に、ヴェントはどう返したものか、反応に困っている。
「元々、彼女ら"2体"揃っての運用が、"アノ"侵略型外来生物に対しての防衛体制だったようです。つまり……」
「1体では、そもそも勝てない」
ヴェントの言葉に、ノルンはゆっくりと頷く。
「少し、スコルのところに寄ってもよろしいですか?」
(ノルンが希望を言うなんて、珍しい)
「いいよ、行ってみよう」
遠慮がちに聞いてきたノルンに、ヴェントは快く答えた。
二人は歩いて"彼女"の元へと向かう。距離を空け、数名の警察官が彼らの後を付いてくる。
スコルの周囲100m程は、警察により立ち入り禁止に制限されていた。黄色いテープが張られ、ところどころに警察官が立っている。
「ここは立ち入り禁止で──」
ノルンが近づくと、警備をしていた警察官が彼女を止める。が、二人の後ろを付いてきていた警察官がそれを遮る。
彼らに一瞥し、ノルンは立ち入り禁止のテープを超え、中へと進む。ヴェントも軽く会釈して、ノルンの後を追った。
スコルは、静かに横たわっていた。
生態が異なるためか、呼吸をしている様子がないため、生きているのか、それとも死んでいるのか分からない状態である。
しかし、ノルンが近づくと、彼女は静かに目を開いた。
「グルゥゥゥゥ」
彼女の唸り声は、エクサセルの翻訳機能を通じ、認識できる言語として響いた。
『アナタからは、人工物の気配を感じます』
しっとりと落ち着いた、女性のような声が、ヴェントの脳に響く。
「はい、私はドロイドです」
巨大な狼は大きな瞳でノルンを見つめる。その眼差しには、どこか優し気な雰囲気がある。
「……、貴女の使命は、この星の防衛であるはず。人間を庇わなければ、そこまでの傷を負うことも無かったのではないですか?」
スコルは静かに目を閉じ、ゆっくりと答える。
『そうですね。そうかもしれません……。ですが、私にとって"彼ら"もかけがえのない、この星の命です』
「……、しかし、彼らはそう思っていないのでは? 現に孤独に戦った貴女を、助けることもしていません」
スコルがカマキリと戦っていた時、人間たちは手出しをしていなかった。今も、彼女に近づかないようにしているだけで、助けようとはしていない。
『彼らは、命短く、そして臆病で、いつも必死に生きています。私はそれをいつも見守ってきました……』
彼女は"それに"と言って更に続けた。
『私を想い、心を通じ合わせた者も居たのですよ?』
そう述べるスコルは、薄っすらと笑みを浮かべているように、ヴェントには見えた。
「……」
ノルンはただ、無言で彼女を見つめる。
『私はそろそろ行きます。奴を倒さなければ……』
そう言うと、スコルはゆっくりと体を起こし、4本の足で力強く立ち上がった。
「その状態では、無謀です」
彼女にも自己修復能力がある。が、完治とは言い難い状態である。
『それでも、行かなければ。何としても奴を止めます。私の全てを賭けてでも……』
狼の体毛がブワリと逆立ち、仄かに青いオーラを纏う。
『"彼ら"に伝えてください。街を護れずごめんなさいと』
スコルが飛び上がると、空中に雪の結晶のような足場が出現し、そこへ飛び乗る。
『アナタと話せてよかった』
そう言い残し、彼女は空中に連続で足場を作り出し、その上を駆けて行った。
「ノルン……」
走り去る狼を見送るノルン。いつも通りの無表情だが、どこか寂し気な雰囲気を見せている。
「彼女はこの星を護るために作られました。でも、どうしても、この星と、"人間"を護りたいそうです」
「うん、聞いていたよ」
ノルンはヴェントに向き直る。ヴェントにはその顔が泣きそうな表情に見えた。
「なぜでしょう。私は自分が分かりません。私は……、彼女を破壊させたくありません」
「あぁ! 彼女を助けよう!!」
ヴェントはノルンの手を握り、励ますように言った。
ゴナイア中央駅、その高層駅ビルのあちこちが謎の粘液と土の混合物で補強され、巨大な"巣"へと作り替えられていた。その様子は、さながら"蟻塚"のようであった。
そんな蟻塚の周囲は、国防陸軍の1個師団が包囲していた。
「だ、大丈夫、なんだよな……?」
包囲網を展開している歩兵隊員の一人が、小さく呟く。彼らが待機しているのは、蟻塚から500m程の距離。そこから見える蟻塚の表層部分には、大量の小型カマキリが這いまわっていた。その中には羽の生えた個体も居る。
「無駄口を叩くな」
小隊長の叱責で居住まいを正す隊員。だが、小隊長も強くは指摘できない。このような威容を前にして、彼自身も恐怖に震えそうになっていたからだ。
お互いに沈黙を守る奇妙なにらみ合い。これがいつまで続くのかと、戦々恐々としていた。
国防陸軍が攻撃を開始しない。その理由は、内部に人間が囚われている可能性があるためだった。
中央駅の駅ビルが奴らに占拠された際に、辛くも難を逃れた被害者たちによれば、数十人あるいは数百に及ぶ人数が、蟻塚から脱出できていない。その人々を救出するまでは、全面攻撃を行うことができないのだ。
逃げ遅れた人々を救出すべく、国防軍のレンジャー部隊が地下街から蟻塚内部への進入を試みる。
そして彼らは目撃する。
内部の階層がぶち抜かれ、巨大な吹き抜けとなっていること。
その吹き抜けには、外以上に大量の小型カマキリが闊歩していること。
逃げ遅れた人々は全て肉団子にされており、生存者はいないこと。
吹き抜けの最下層部、肉団子が運ばれていく先には、腹を大きく膨張させ、"女王"の風格を見せる巨大生物"アグレスタ"が居ること。
そして、巨大生物"アグレスタ"は肉団子を捕食し、次々と産卵を行っていること。
レンジャー部隊が、"全滅"するまでに報告した内容は以上だった。
報告を受け、ついに指令本部は全面攻撃を指示する。
戦車隊の砲撃により、戦端は開かれた。
一斉に国防軍に向け地を這い接近してくる小型カマキリの大群。と、同時に"羽付き"も一斉に飛び立ち、上空から国防軍へと迫った。
接近する敵に、小銃や重機関銃などで迎撃する国防軍だが、敵の進行と止めきれず、乱戦状態へと突入した。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
また一人、歩兵隊員が捕獲され、蟻塚へと運搬されていく。
徐々に戦力を減らす国防軍に対し、敵は蟻塚から次々と出現している。
"全滅"
その二文字が誰の頭にも浮かんだ時、一陣の風と共に巨大な狼こと、巨大生物"スコル"が出現した。
「グオォォォォォォォ!!」
スコルは咆哮と共に、多数の氷塊を発射した。
蟻塚に着弾した氷塊は、その一部を崩落させ、内部を露出させる。
小型カマキリ全軍が、何かの指示を受信したようにピクリと反応する。直後、一斉にスコルへと殺到した。
国防軍の兵士たちが茫然と見守る中、1体の巨獣は、大群相手の絶望的な戦いに飛び込んでいった。
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