Section0100:惑星FRT101020で襲撃されるドロイド

開拓惑星で休日を

 転移直後に、耳朶を打ったのは街の喧騒だった。

 ヴェントが目を開くと、発展した都市がその目に映る。


「ここは……」

 背の高い建物が立ち並び、その合間を小型ジェットが飛び交う。地上にも多くの人々が行き交うような大都市。その小さな路地に彼らは居た。

「ここは、開拓惑星FRT101020です」

 開拓惑星とは、宇宙開拓船団が開拓し、テラフォーミングした惑星である。惑星FRT101020は、開拓して既に百年以上が経過している。


「この惑星には縮退炉が設置されておりますため、フリーエネルギーです。3日ほどお待ちいただければ、AMバッテリがフル充填となります」

 ノルンに搭載されているバッテリは小型であるため、それほど大容量ではない。が、フル充填できれば、残りの道程での充填はほぼ不要となる。

「そうなんだ、なら、とりあえず待てばいいかな」

 3日間どうしようかと考え始めたヴェントに、ノルンは更に情報を提供する。

「それと、この惑星であれば、本星への直行便が利用できます。少々費用はかかりますが……」

 ここは宇宙開拓船団が開拓した惑星である。であるならば、当然地球への帰還便が就航している。しているのだが、

「お金無いね……」

「はい」

 ヴェントは着の身着のままの状態で、嵌められて"退艦"させられてしまった。そのため、お金も持ち出しては居ないどころか、まともに着替えなども持っていない。本当に、ノルンが居なければどうなっていたことか。


 灌漑に耽りつつも、ヴェントの中で3日間の過ごし方は決まった。

「どうせ3日待つなら、その間にバイトでもできないか探してみよう」

「それがよろしいかと」

 "私もお手伝いします"と述べるノルンと共に、ヴェントはまず、渡航費用の確認を行うことにした。


 しかし、現実は非情である。

「渡航費用10クレジット……」(日本円換算で約100万円)

 ヴェントは目の前の中空に浮かぶ画面、そこに映る非情な結果に呻くように呟く。

 この惑星の情報ネットワークに接続し、検索サイトで確認した結果、このような金額が明らかとなった。

「数日のアルバイトで貯まる金額ではありませんね……、真っ当な仕事では……」

「真っ当じゃないのは勘弁して……」


 更に彼らを脅かす情報が、そのサイトには記載されていた。

「人間サイズのドロイドも一人分の費用が掛かる!? ってことは、20クレジット……」

 一気に必要金額が倍に増え、ヴェントは打ちひしがれる。

「仕方がありません。こうなっては私の身を売っていただき……」

 ノルンが憂いを含んだ表情で述べる。その様子は妙に色気があり、ヴェントは"身売り"という言葉とも相まって、ピンクな想像を駆り立てられた。彼も17歳の青少年なのだ。

「だ! ダメ! それはダメ! なんかダメ! と、とりあえず3日! 3日待とう!」

 ヴェントは自分の妄想をかき消すように、手を振りながら訴えた。

 "そうですか、わかりました"と述べたノルンの表情は、どこか嬉し気であった。




 とはいえ、無一文の彼らは、当然宿泊費用も持ち合わせが無い。

「渡航費用は無理にしても、バイトはした方がいいね」

 今度はバイト情報を検索しつつ、ヴェントが述べる。

「"メイドリフレ施術補助"の募集がございます。幸い女性型ドロイドも可とのことで──」

「他のにしよう。それはちょっとアレだね。うん」

 ノルンにそう述べつつ、ヴェントはうっかり赤面してしまった自分の表情を隠すように"バイトバイト"と呟きながら画面に目を向けた。

 そんなヴェントに突然ノルンが抱き着く。ノルンの体表を覆うエクサセル、その柔らかな凹凸がヴェントに押し付けられ、そのままの勢いで押し倒された。

「の、ノルンさん!? 一体何を──」

 ピンクな邪念に埋まりそうな思考を精一杯引き留めていたヴェントの目の前、先ほどまでヴェントの上半身があった場所を、ゴゥッという音と共に金属の塊が通過した。

「えっ!?」

 仰向けに押し倒された状態のまま、ヴェントは頭を上に向ける。元々彼の背後だった場所に、寄せ集めの機械で形作られた歪なロボットが立っていた。

 そのロボットはバイクやらエアコン室外機やら、継ぎ接ぎだらけのめちゃくちゃな部品で構成されている。


 ロボットは、振り抜いた鈍器のような右腕を掲げ上げ、倒れているヴェント達に向けて振り下ろした。

 咄嗟にノルンが立ち上がり、ゴシャァという音と共にその打ち下ろしを両手で受け止める。が、ギチギチと徐々に押し込まれている。

「ノルン! 戦闘モード!!」

「指示確認、戦闘モードへ移行します」

 白い外殻のドロイド体へ変貌したノルンが、その両腕を押し広げ、膂力に任せて寄せ集めの右腕を粉砕する。


 右腕を失い、数歩後退するロボットへ、ノルンは追撃の蹴りを叩きこむ。胴体部分に大穴が開き、雑多な部品が後方へと散らばる。

 突然電池が切れたように、ロボットは膝を付き、バラバラに崩れ落ちた。


「これは──」

 ノルンが何かを言いかけた瞬間、崩れ落ちた部品群から野球ボール大の玉が飛び出した。


──ピピガガガガ


 玉が異音を発すると、崩れ落ちた部品が持ち上がり、玉を中心として再びロボットが形作られた。

「復活したぁ!?」

 肥大化した右腕を再び振り上げるロボット。そして、その巨大質量をノルンに向け叩き落す。が、ノルンはそれを右回し蹴りで粉砕し、その回転のままに足払いで両足を粉砕、流れるように掌底を胴体に打ち込み、内部にあった"野球ボール大の玉"を背中から叩き出した。

 再度崩れ落ちるロボット。

「足払いって何だろう……、足払ってない。足砕けてる……」

「マスター、移動します!」

「え? え!?」

 "足払い"についてブツブツと呟いているヴェントを、ノルンは担ぎ上げてプラズマジェットで飛翔する。

「うひゃぁぁぁぁ」


 しばしの空中散歩の後、再び路地裏へと身を隠すヴェントとノルン。

「足払い……、じゃなかった、あの玉は何?」

 未だに白いフレームのドロイド体のままであるノルンに向け、ヴェントは問う。

「あれはドロイドボールです。マスターの元同僚である"カーリグ"が開発した物です」

「カーリグ!?」

 その名でヴェントは思い出す。開拓船団から退艦"させられた"時の記憶。カーリグに騙され、ヴェントは脱出ポッドを起動してしまい、開拓船団の船から放り出されてしまったのだ。


「ドロイドボールは、現地の資源でドロイドを生成し攻撃するための戦闘用ドロイドです。本体であるボール自体には戦闘能力はありませんが、ボールを破壊しない限り、何度でも復活します。ボディは現地調達ですので、現地の文明レベルに相応しい兵器として運用でき、戦果に対し、相手方文明へ与える影響が最小限であるということがメリットとのことです」

 ノルンが述べる"ドロイドボール"の説明に、ヴェントは閉口する。

("未成熟文明"への攻撃を前提とした兵器じゃないか!)

 その仕様の悪辣さに、ヴェントは怒りを覚えた。


──ゴリゴリゴリゴリ


 その時、路地の奥から、何かが擦れるような音が響いた。薄暗い路地裏から、巨大な蛇がぬぅっと姿を現す。

「なっ!」

 こんな大都市で巨大蛇!? と少々現実を受け入れきれないヴェント。だが、よく見れば蛇の体は先ほどのロボット同様に、雑多な部品の寄せ集めで構成されている。

「ドロイドです!」

 巨大な顎を開き、ヴェントに食いつこうとする大蛇を、ノルンがせき止める。

 上顎と下顎をそれぞれの手で掴み、大蛇の突進を止めるノルンと、何とかして食いつこうとする大蛇。


 ノルンは大蛇の顎下を蹴り上げ、頭部を粉砕すると、ヴェントを担ぎ上げて路地裏から離陸する。


 直後、ゴンッという鈍い響きと共に、ノルンが仰け反り、ヴェントが肩から放りだされる。

「なっ!?」

 ノルンの背には、小型の飛行自動車が衝突していた。宙を舞うヴェントは、飛びながらその自動車の運転席を見る。が、そこは無人……、いや、人の代わりに見覚えのあるボールが有った。

(車を、乗っ取っている!?)


 上からもう一台、無人の飛行自動車が接近している。

 すぐ近くのビルには、路地から這い上がってきた大蛇型ドロイドが口を開いている。


 このままでは地面に落下するヴェント。だが、ドロイドボールたちは、彼が地面に落下するのを待たず、迫ってくる。


 ヴェントの目前まで迫る無人自動車。だが、それは緑の閃光により破壊された。

 白磁の全身に緑のエネルギーラインを灯したノルンが、無人自動車を破壊し、硬質な白いボディでヴェントを抱きかかえて助け出す。ヴェントも必死でノルンにしがみついた。

 二人に向けて躍りかかってくる大蛇をノルンは再び蹴り壊し、そのまま最大速度で追っ手を撒く。




 一気に都市郊外にある緑地帯まで飛行し、一旦ノルンは着地した。

「なんで、カーリグが……?」

 カーリグは、わざわざ"罠"にかけてまでヴェントを追い出した。にも関わらず、追っ手を差し向けてきている。

「確実に殺すため……?」

 カーリグの意図は不明だが、ヴェントの命が狙われているというのはわかる。


「マスター、ここも安全ではありません」

 ノルンが街灯を見上げながら述べる。ノルンの視線の先には、監視カメラが設置されていた。

 ヴェントもそれを見上げ、ため息を吐く。

「どこか安全に隠れられる場所はある?」

 ヴェントの問いに、ノルンがしばし黙考する、が、

「この惑星上は、隙間なく通信インフラが整備されており、監視の目も無数です。仮に大海上の真ん中まで逃亡しても、数時間隠れるのが限界かと……」

 どうやっても3日間──、そろそろ残り2日半程度だが、どちらにせよ、それほどの長時間、追っ手を避けて隠れることは現実的ではない。


「転移は?」

「1回ならば可能です」

 本当ならば、ノルンのバッテリーを最大充填し、余裕をもって残りの道程を進みたいところだが、この状況ではそうも言ってはいられない。

「なら、転移してしまおう」

「わかりました」


 ヴェントとノルンは、追っ手から逃れるため、空間のゆがみへと消えていった。

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