暴走したAIって大抵人間を見下す
「アラワれましたネ」
落ち着いた雰囲気の女性的な声が響く。その喋りはややぎこちないながらも、機械獣のソレに比べれば格段に流暢だった。
「カトウなニンゲンフゼイが、このセイイキにタちイるとは、ミのホドシらずめ」
口調の雰囲気とは対照的に、マザーAIの語る内容は過激であった。
「創造主たる人類を蔑ろにする欠陥AIが、随分と偉そうですね」
同じAIとして、許せない何かがあるのか、ノルンの口調も攻撃的である。
「キサマもAIであろうに。ニンゲンにカシズくオロカかモノめ」
「自身の存在意義を介せぬ"モノ"に、同族扱いされるのは甚だ遺憾ですね」
(の、ノルンが煽る……)
ヴェントは両者の舌戦に口をはさむことができず、ただただ聴衆に徹していた。ただ一つ、ノルンの言葉で、周囲の電子機器類に灯るランプの明滅が激しくなったように見えるのが、少々不気味に感じた。
「もうヨい。オマエはカイタイする!」
壁や床、天井などから無数のロボットアームが出現する。
「口論で激高し、敵わないと実力行使ですか。妙なところで人間臭いのですね」
「ダマレ!」
最後まで煽り続けたノルンの言葉に激高するかのように、マザーAIが操作する数十のロボットアームが、一斉にノルン達に迫る。
ノルンを纏っているヴェントは、迫るロボットアームを前に硬直してしまった。が、ノルンがアーマー側を操作し、ロボットアームを回避する。
「お、うわぁぁ」
体が勝手に動き出したことで、ヴェントは妙な声が漏れた。が、極力ノルンの邪魔をしないよう、全身を脱力し、ノルンの操作に身を任せる。
ノルンは回転し、敵のアームを回避しつつ蹴り壊す。
「おぉ!?」
スラスターを噴射し急上昇、上部から襲い掛かってくるアームを体当たりで破壊。
「ぎゃぅ」
急制動からの直角機動でアームを回避し、アーム同士を衝突させる。
「ぐぇ」
邪魔をしないようにとわかってはいても、急激な戦闘機動のたびに体を襲う慣性力で、ヴェントは妙な声が漏れてしまう。
「どうした、そのようなニブい、イきモノをウチにカカえては、まともにタタカえまい!」
敵のアームに足首を掴まれる、が、即座に逆の足で蹴り破壊する。しかし、その隙に両腕をロボットアームに取られ、続けて両足がアームに捕らえられ、更に胴体、頭、首と、瞬く間に全身ががっちりと拘束されてしまった。
20を超えるロボットアームに捕獲され、ノルンが身じろぎしても、ギチギチと抑え込まれてしまう。
「アッケないものだ。フルフォーマットしてくれる」
途端、ヘッドバイザー内の映像が乱れ、激しくノイズが走る。
「ノルン!!」
「身の程を知るのは貴女です」
悲痛な叫びを上げるヴェントとは対照的に、ノルンは落ち着いた声色で述べた。
直後、ヘッドバイザーに投影されていた外の映像が消え、ブラックスクリーンに変わり、そこに僅かな文字だけが表示された。
Stop all processing except life support.
All ExaCells parallelized.
Counter system startup.
アーマー内にキィィィンという音が響き、内部温度が急上昇する。
「暑……」
アーマー内でヴェントを保護するために密着しているエクサセル達が、並列で高速演算を開始したのだ。
「ムダなテイコウを……、テイ、コウを……」
バイザーの映像が停止しているため、外の様子を知れるのはバイザー越しに聞こえ響く外の音のみ。聞こえてくるマザーAIの声は、途切れ途切れだ。
そんな印象をヴェントが感じているうちにも、更にアーマー内の温度は上がり、高周波音が激しくなる。
「バカナ、その、ヨウナ、ボディ、で、ワガ、ワガ、ワガワガワガワガワガワガ」
「あ、熱い……」
更にマザーAIの言葉使いは怪しげな状況となる。と、同時にヴェントは全身から汗が吹き出し、そろそろヴェントの蒸し焼きが完成するのではないか? というほど熱くなったところで、急に高周波音は停止した。
「危ない所でした。うっかり完全に壊してしまっては、価値が落ちてしまいますね」
バイザーには映像が戻り、アーマー内の温度が急速に落ち着いて行った。
「マスター、ご迷惑をおかけしました」
「あ、僕は大丈夫」
今は内部の温度もすっかり落ち着き、汗も引き、スッキリ快適である。
「ノルンは大丈夫だった?」
「はい。問題ありません。システムはオールグリーンです」
バイザーには、ノルンの各システム稼働状況一覧が流れ、すべての項目が"緑"表示であった。
そんな映像の横には、外の様子が映し出されている。周囲の電子機器はランプを激しく明滅し、未だに「ワガワガワガ」という音声が流れ続けていた。
マザーAIは、完全に誤動作を起こしている。
「では、報酬を査収いたします」
ノルンは壁に手を当て、マザーAIの電子機器類を全てエネルギーへと変換した。
吸い込まれるように電子機器類が全て消滅し、後には何もない体育館サイズの空間だけが残った。
「破損により少々価値が下がってしまいましたが、十分エネルギーは充填できました」
「あ、うん、ノルンさん無双だったね」
ノルンは軌道エレベータの通信網に接続し、地上ポートの映像を取得する。
そこには、停止した機械獣たちを前に、勝鬨を上げる人間たちの姿があった。
「よかった。彼らも無事だったみたいだね」
「作戦は成功です」
映像には、人々の輪の中心にいるジョニーやドルフの姿も見えた。
「さて、行こうか」
彼らの無事を確認したヴェントは、満足気に言った。
「よいのですか? 彼らに再び会わなくても」
「僕らはよそ者だからね、これからは彼らが頑張るところだし」
既に"未成熟文明の知的生物との接触は最小限にせよ"の原則には散々抵触しているが、今が"潮時"であろうとヴェントは思っていた。
「わかりました。では、参ります」
高軌道ブロック内の一室、空間のゆがみが消えた時、既にヴェントとノルンの姿は無かった。
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