軌道エレベータ"天元"
ジョニー達との会議を終え、作戦開始までのわずかな時間、ヴェント達は二人だけで待機となった。
「マスター、先ほどはありがとうございました」
ヴェントとノルンに宛がわれた室内で、ノルンが唐突に礼を述べる。
「え? なんのこと?」
「先ほど、私のことを"大事な人"だと」
ヴェントは自身の発言を思い出し、一気に顔が熱っぽくなる。
"大事な人"などと言ってしまうと、まるで恋人同士のようである。
「あ、そ、それは、勢いというか、言葉の綾というか」
「私のことを"人"と言っていただき、大変恐れ多いことです」
「あ、そっちか……」
急速に落ち着きを取り戻すヴェントは、なぜか残念な気分になっていた。その様子に、ノルンは不思議そうに首を傾げた。
「えぇっと、気にしないで。僕はノルンを大事な仲間で……、その、友達、と、思ってるから……」
「勿体ないお言葉です。ですが、私はマスターをお守りするのが役目のドロイドであり、所詮"道具"です。有事の際には、ご自分の身を第一にお考えください」
ノルンは硬質な表情で述べる。それは、無理に作った表情とも思えたが……。ヴェントはそれ以上何かを述べることはせず、静かに頷いた。
「あれが軌道エレベータ"天元"だ」
ジョニーが示す先、荒野の果て、地平線ギリギリの場所に、空を真っ二つに割るような線が走っている。その線は天高く伸び、その先端は空の霞に消えていた。
「マザーAIは、軌道エレベータの頂上にあたる高軌道ブロックにある」
AIによって文明が滅ぶ前。宇宙時代の足掛かりとして軌道エレベータを建設し、文明を象徴するように、最高峰の演算装置とAIをその頂上に設置したのだ。
その結果、最高峰のAIは暴走し、この星の文明に滅亡をもたらしてしまった。
「"天元"は難航不落なんだ」
ジョニー曰く、
軌道エレベータ内には機械獣がひしめいており、内部を上がっていくことは自殺行為である。
軌道エレベータを倒壊させることも現実的ではない。なぜなら、膨大な瓦礫が落下し、それでさえ少ない生き残りを更なる危機に陥れる。その上、倒壊させても"マザーAI"が存在する高軌道ブロックが落下することは無いため、無意味。なにより、現状それを成しうる兵器が無い。
「マザーAIを攻略しない限り、この世界に平和は訪れない。しかし、我々にはどうしようも……」
「問題ありません」
表情を曇らせたジョニーを、ノルンが一蹴する。
「作戦はわかっている、我々が"天元"へ陽動の攻撃を仕掛ける。その隙に君達が"マザー"を討つ。が、どうやって"上"に行くつもりだ?」
「飛んでいきます」
「へ?」
呆気にとられるジョニーを後目に、ノルンはヴェントに視線を向ける。ヴェントは軽く頷く。
「戦闘モード」
「指示確認、戦闘モードへ移行します」
ノルンの全身から人間的質感が消失し、白磁の装甲を持つドロイドへと変貌する。
「パワーアーマーモードへ移行します」
ノルンの全身が更に展開し、内部のインナーフレームが露わとなる。そのままノルン全体がヴェントに纏わりつき、ヴェントを取り込んだ状態で外部フレームが閉鎖されていく。
再び白磁のドロイド機体へと戻った時、ヴェントを内包したノルンは、体格が一回り大きくなった男性的シルエットのロボットアーマーと化していた。
ノルンアーマーの各部からプラズマジェットを噴射し、ヴェントを内包したノルンが空中に浮かぶ。
『では、作戦通り、お願いします』
ヴェントはそう告げると、ノルンアーマーは更にジェットを強く噴射し一気呵成に上昇、瞬く間に見えなくなった。
唖然とした表情で口を開けたまま、飛び去るノルンアーマーを見送ったドルフ。
そんなドルフにジョニーは声をかけた。
「アレは、この星のモンじゃない。もっと優れた文明の産物だ……」
しばし空を見上げていた男たちだったが、気持ちを入れ替え、行動を開始した。
「うぅ、辛い……」
人型飛行物体となり、かっこつけて飛び去ったヴェントであったが、それから1時間以上、その恰好のままで飛行を続けていた。
「マスターの頑張りにより、作戦は順調です」
ノルンアーマー内、ヘッドバイザーに様々な映像が表示される。最大望遠による地上での戦闘の映像や、軌道エレベータ内の機械獣が地上へと移動していく状況などである。なお、軌道エレベータ内の映像は、ノルンが機械獣のネットワークに侵入し、入手した情報である。
「うぅ、僕まだ何も頑張ってないよ……」
ヴェントはただ、1時間以上も姿勢が固定された状態で飛んだだけである。"頑張り"とは、ノルンなりの励ましである。
地上では、ジョニー達が軌道エレベータの地上ポートへ攻撃を行っている。これにより、エレベータ施設内の機械獣たちが、地上ポートへと集結しつつあった。
「想定通り、高軌道ブロックはほぼ空き家の状態です」
既に高軌道ブロックを視認できる距離まで近づいたヴェントとノルン。ノルンは高軌道ブロックを精査し、エアロックを探し出す。
エアロックの外部ハッチ、ノルンはそこの端末へ強制的に侵入し、外部ハッチを開いた。
ノルンを纏ったヴェントがエアロック内へと入ると、外部ハッチが閉鎖し、入れ替わるように内部ハッチを展開した。二人は軌道エレベータの高軌道ブロック内へと侵入した。
内側ハッチを抜けた先は、薄暗い通路であった。当然だが人の気配は無く、物音一つしない。
「静かだね……」
「ここには人間は居ませんし、機械獣も全て出払っています」
高軌道ブロックは無重力である。そのため、ヴェントはノルンを着込んだままの状態で、スラスター推力を用いて廊下を進む。
ノルンの指示により廊下を進むヴェント。途中に上下左右様々な方向への分かれ道があったが、その全てが薄暗く、静謐であった。
「静かすぎて耳が痛くなるね」
「ご入用でしたら、歌謡曲でも演奏いたしますが」
「あ、いえ、大丈夫です」
やがて、ひと際大きな扉の前へとたどり着く。
「この先がマザーAI本体です」
ノルンの告げる内容に、息を飲むヴェント。
「ここまで何もなかったけど、気付かれてないのかな」
「いえ、端末に侵入しエアロックを解除した段階で探知されているでしょう。機械獣を全て地上へ送り出しているため、我々に手出し出来なかったと予想します」
「そ、そうなのかな……」
相手は文明一つを滅ぼすほどのAIであるはずなのに、微妙にお間抜けな状況に、ヴェントはなんとも言えない気分になる。その間にも、ノルンは目の前の扉を制御する端末に侵入し、ロックを解除した。
プシューという音を立て、目の前の扉が開く。
中は体育館かと思うほどに広い空間であった。周囲の壁という壁では様々なLEDが発光しており、それら全てがマザーAIを形成する電子機器であることを主張している。
「アラワれましたネ」
室内に、落ち着いた雰囲気の女性的な声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます