地下秘密基地って浪漫

 地下通路を数分程歩いた後、金属製の扉の前にたどり着いた。


「入れ」

 拳銃を構えた男に促されるまま、ヴェントは扉のノブに手をかける。やや立て付けの悪い金属製の扉は、ガコンという音を立てて開く。


 その部屋は6畳程度の大きさだった。やや大き目な机が置かれ、6脚の椅子がある。小ぶりな会議室と言った風情である。

 そして、部屋の中には一人の男がいた。

「ようこそ」

 男は椅子から立ち上がり、鷹揚な仕草でヴェントとノルンを迎え入れた。


「まずは掛けてくれ」

 促されるままに、ヴェントとノルンは男の対面に腰かけた。


 先ほどまで拳銃を突きつけつつ、ここまで二人を案内した男は、室内に居た男に小声で「手短にしろよ」と言いつつ、その背後に控える形で立った。


「私はジョニー・フマッツ、ここまで君たちを案内した彼はドルフ・タインだ」

 室内に居た男は、ジョニーと名乗った。先ほどまで二人に拳銃を突きつけていた男はドルフと言うらしい。

 そこまで語ったジョニーは、ニコニコと笑顔のままヴェントを見る。

(あ、これはこちらにも名乗れってことか……)

「ぼ、僕はヴェント。こちらはノルンです」

 ヴェントの反応に、満足気に頷くジョニー。

「うん、ヴェント君に、ノルンさんだね」

 そう言うと、それまで笑顔だったジョニーは、急に真剣な表情に変わる。

「さて、私たちとしては、君ら二人が何者で、どこから来たのかを問わねばならない」

「……」

 突然の核心を突く問いに、ヴェントは一瞬絶句した。

「えっと、それはどういう……?」

 答えに窮したヴェントは、とりあえず時間稼ぎ的に"問いかけ"に対して逆質問を返した。なにより"自分たちの正体がバレているかも"という疑念が、自分の思い過ごしだと確認したかった。



「ふむ、あまり時間もないか……」

 ジョニーは小さく呟くように言うと、ヴェント達に"何者であるか?"と問うた根拠を述べた。

「君達の服装、それは私たちに比べかなりの上物だ。とても荒野を渡るような衣服ではないし、汚れてもいない。さらには荷物が無い。食料や水はどうしたのか。それに、君達は戦えるように見えない。護衛も無しにどうやって荒野を越えられるのか? そもそも外の世界に人類は居ない。ではどこかのシェルターから来たのか? だが最も近いシェルターでも100kmは離れている。仮に、荷物は失くし、護衛も居たが死んでしまい、なんとか100kmを越えてきたとしよう。だが、それにしては君達は綺麗すぎる」

 つらつらと淀みなく紡ぎ出されるジョニーの言葉に、ヴェントはただただ圧倒されるのみである。


「それで、君ら二人が何者で、どこから来たのかな?」

「え、あ、その……」

 圧倒されたヴェントは、ただただ言い澱むしかできなかった。


 宇宙開拓船団の、もとい、今や銀河文明レベルに到達しつつある地球文明圏における原則は、"未成熟文明の知的生物との接触は最小限にせよ"である。

 これは、未成熟な文明の保護を目的としており、そのために、文明レベルが「星間航行」に到達していない文化圏に対しての接触を"最低限"としなければならない。当然地球文明圏が持つ技術や、文明圏そのものについて明かすことも禁止である。


 この惑星の文明レベルは、AIが存在することもあり、それなりに"高い"と表現できるが、星間航行レベルには到達していない。

 そうなると、ヴェント達の目の前にいるジョニーやドルフは、"未成熟文明の知的生物"ということになり、"接触は最小限"とする対象であり、"地球文明圏"について明言することはできない。



 ここまで推理されていると、下手な嘘は言えない。かといって本当のことも言えない。困り果て黙り込んでしまったヴェントとは対照的に、ノルンはアッサリと答えた。

「言えません。あなた方にあなた方の都合があるように、私たちにも言えない理由があります」

 ノルンの言葉に、ジョニーは困った表情を浮かべた。

「そうなると、"正体不明"な君らを、私たちは迎え入れることができないし、アジトの入り口を知られた者を、そのままお帰りいただくわけにもいかない」

 小部屋内は急激に剣呑な空気に汚染されていく。ジョニーの背後に立つドルフが一触即発の雰囲気を漂わせているが、それはノルンも同様であった。


 この中で唯一、両者の戦闘能力を正確に把握しているヴェントは、何としてもこの空気を払拭すべく、頭を働かせた。

 働かせて、働かせて、とにかく考えた。その結果……

「ノルン! 僕の膝に乗るんノルンだー!」

 自分の膝をポンポンと叩きつつ、豪快に述べるヴェント。



 室内に満たされる、痛いほどの沈黙。



「マスター素晴らしいです。感銘を受けました」

 ノルンが拍手を交えて述べる。口調は棒読みだ。

「やめて! 褒めるのやめて!! 沈黙だけでも痛いのに、これ以上抉らないで!!」

 一瞬空気は弛緩した。しかし、

「真面目に答えるつもりが無いなら、仕方がないね」

 状況は全く好転していなかった。

「二人にはこのまま──」

 ジョニーが何かを言いかけ、ドルフとノルンが動き出そうとした瞬間、会議室を衝撃が襲った。


「長居しすぎだ!」

 ドルフが叫んだ直後、壁の一面を突き破り、機械獣が現れた。


「ニンゲン、ハッケーン」

 蟹のような機械獣が、穴の中でハサミをカチカチと鳴らす。

「チッ!!」

 ドルフが拳銃で機械獣の頭部を射撃する。当然そのような武器程度では機械獣には効かない。が、一瞬敵を怯ませることには成功した。

 その隙に、ドルフはジョニーを扉の外へと押し出し、

「ニンゲン、コロース!!」

 が、機械獣の爪が扉ごと、ジョニーとドルフを挟み込む。

 数瞬の後には、二人は爪によりひき潰され、金属の扉諸共に胴体が上下に分離するであろう。だが、その瞬間は訪れなかった。

 ジョニーとドルフを挟んだ機械獣のハサミは、関節部が切断されていた。

「ギギギ!?」

 右腕だけ白磁のフレームを露出させたノルンが、手刀を振り下ろした姿のまま、機械獣を睨みつけた。

「ギギ、ソンショウ、ソウンショウ」

「黙りなさい」

 ノルンが高々と振り上げた右足、それを頭部へと叩き落とされた機械獣は、あっさりと沈黙した。




 機械獣のハサミが力を失い、ジョニーとドルフをその拘束から解放する。

「ぐっ……」

 直後、ドルフは呻きながらも拳銃を構え、右手と右足だけ内部フレームを露出しているノルンに、それを向けた。


「お前も機械獣か!」

 ノルンは泰然としている。対してドルフは震えていた。

「ま、待ってください! ノルンは機械獣では……」

 ヴェントは手を広げ、ノルンを庇うように銃口前へと出る。が、当のノルンにそれを制止され、逆にノルンの後ろへと庇われた。その様子に、ドルフは更に緊張を高める。

「だが機械だろう!?」

 ドルフはノルンから銃口を逸らさず、更に必死の表情で叫ぶ。


「でも、でも、僕の大事な人なんです!!」

 全員が言葉の意味を理解すべく、一瞬の沈黙が訪れた。

「あ、いえ、その、これはそういう意味じゃなくて……」

 ヴェントも一瞬後に、自分が口走ってしまった言葉の意味に赤面し、ゴニョゴニョと言い訳の言葉を呟く。そんな彼の様子に、ドルフと、ノルンまでもが呆気にとらてた表情になった。



「やめろドルフ」

 ジョニーが静かにドルフの銃を下ろさせた。その顔は、何かの覚悟を決めた表情であった。

「しかし……」

「そんなモノで倒せる相手じゃない」

 ジョニーの言葉に、ドルフは苦々しい表情を浮かべる。


「俺達はアンタらに何も聞かない。だから、俺達を手伝ってくれないか」

 ジョニーは覚悟を決めた顔でヴェント達、特にノルンに向けて述べた。それは依頼ではなく、懇願だった。

「ジョニー! こんな得体のしれない奴らにっ!!」

「だとしても、だ。彼女の力を見ただろう?」

 ジョニーに諭され、ドルフは黙り込む。当然、納得している顔ではない。


「その、迷惑でなければ、お手伝いさせてください……。いいかな、ノルン?」

「……はいマスター」

 ヴェントの言葉に、一瞬の思考時間の後にノルンは承諾した。

 "未成熟文明の知的生物との接触は最小限"の原則に大いに抵触する行動ではあるが、ノルンは黙認するようだ。

「すまない、助かる」

 険しい表情のまま、ジョニーは頭を下げる。


 ヴェントとしては、言いづらい状況だが、言わないわけにはいかない。彼は申し訳なさを感じつつ続けて口を開いた。

「あの、それでですね……、」

「?」

 怪訝な表情になるジョニーに、ヴェントは渋々告げた。

「報酬を……」

 ヴェントの言葉に一瞬納得した顔になるジョニーは、困ったように考え込む。対照的に、ドルフは怒りの表情を露わにした。

「お前ら! 更に報酬まで!?」

 ヴェント達の出どころを不問としたことを"恩を着せた"と考えているであろうドルフが、ヴェントに抗議を向ける。が、それはすぐにジョニーによって制止された。

「我々も物資はギリギリだ。君達が満足するような、そんな報酬は用意できないと思う」

 ジョニーはヴェント達の出方を窺うように、そう述べた。


「確かに、ここには"人間"以外で価値の高い物がほぼありません」

 マターコンバータの価値情報を参照しているのだろう、ノルンが告げた。だが、それを聞きジョニーとドルフは、警戒を通り越して青くなった。ノルンに何もかも把握されていると錯覚しているのだろう。その上で、価値があるのは"人間"のみであるため、それを渡せと聞こえただろう。


「あ、いえ、人間は要らないですから! 全然そんなことないですから!!」

 ヴェントは焦って取り繕うが、それが逆に怪し気に聞こえてしまう。

「ええ、そうです。この星で最も価値の高い物をいただきましょう」

 煽るように述べるノルンに、ヴェントは冷汗が噴き出してきた。ジョニーとドルフの表情は、脅迫を受けている被害者のようになっている。


「この星で最も価値の高い物、それはマザーAI本体です」

「えっ!?」

 室内の空気が硬直する。誰もがノルンの言葉を理解できていない。


「い、いや、待て。我々にはマザーを攻略するだけの戦力が……」

 焦って反論したのはジョニーだ。だが、ノルンは彼に笑顔を向けた。

「問題ありません。ヤルからには徹底的にやりましょう」

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