ドロイド、妖怪を退治する
山林に分け入り、村長のオボロが言う"妖怪"が出る地点へと向かうヴェントとノルン。
まだ数kmの移動ではあるが、既にヴェントはヘロヘロである。
彼は、展開式スペーススーツを身に付けている。これは脱出ポッドに備え付けられていた物で、不要な場合にはバックパックとして背負い、ワンボタンで簡単に着用できる優れものだ。万が一宇宙空間に投げ出された場合にも、自動展開してくれるというセーフティ機能まで付いている。
このスペーススーツには、"多少のパワーアシスト機能"や"気持ち程度の防御性能"があるため、妖怪退治のために着用していた。しかし、"多少"では、彼の体力の無さはアシストしきれなかったようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「マスター、お静かに。村長の情報通りであれば、このあたりのはずです」
息切れしているヴェントだが、ノルンの言葉で口を閉じ、出来るだけ静かにするように努める。しかし、鼻から息が漏れており、あまり静かになっていない。
周囲を観察していたノルンが、何かにピクリと反応する。
「発見しました。おそらくアレです」
エクサセルの通信機能を使用し、ノルンが観測した情報がヴェントに共有され、スーツのバイザーに映像情報が表示された。
「これは、熊? にしては、様子がおかしい……」
表示された映像情報を見つつ、ヴェントは述べる。
映像には一頭の熊が、後ろ足で立っている様子が映し出されているが、頭部にコブのようなものがあり、そこから伸びる菌糸のような組織が、熊の全身に纏わりついている。
「……、はい、寄生生物に取り付かれているようです。情報検索……、検索完了、あれは惑星PRST00125の寄生生物"β026"です」
「え? それって、この星の、生物じゃない……?」
「はい」
ヴェントの疑問に、ノルンは淡々と答える。
「ということは……」
「98%以上の確率で、開拓船団の"落とし物"です」
「自作自演みたいになってる!!」
ヴェントが思わず大声を上げたことで、熊の寄生体は二人の存在に気が付いてしまった。
「マスター、来ま──」
ノルンが警告の途中で、ヴェントの視界から消える。
「ノ、ノルン!」
熊寄生体の背中から菌糸の触手が伸び、その触手はノルンに突き刺さり、そのまま木へと彼女を縫い付けていた。
「マ、スター、ご注意を」
その触手攻撃は、ヴェントをも襲う。
「うっ」
迫る触手は、ヴェントの直前で黄色い防壁に衝突し折れ曲がった。
スペーススーツの簡易防壁機能である"電磁防壁"だ。あくまでも簡易であるため、強度も弱く、展開可能時間も短い。
「マスター、戦闘モードへの移行をご指示ください」
「すぐに移行して!」
ノルンは触手を腕で押し返しながらヴェントの指示を求め、彼もそれに即答した。
「指示確認、戦闘モードへ移行します」
ノルンの体表は流動性のある"エクサセル"で覆われ、疑似的に"人肌"を形成している。そのエクサセルが全て吸引され、白い内部フレームが露わとなった。彼女はツルリとした白い外殻を持つロボットの姿へと変貌する。
「出力リミッター解除、対象を撃破します」
全身のフレームに走るエネルギーラインに、緑の光が灯る。ギィィィンという音と共に、これまで力で拮抗していた触手をノルンがへし折る。
拘束から解放された白い機体は、両足と背部からプラズマジェットを噴射し、一気に熊寄生体へと突貫した。
「ギシャァァァァァァ!!」
熊寄生体は威嚇の咆哮を上げつつ、更に背中から触手を多数出現させ、そのすべてをノルンが襲う。
緑の残光を引きながら飛行するノルンは、体を回転させ、触手を回避し、弾き、蹴り逸らして熊寄生体に肉薄した。
「ガルアァァァァァァ!!」
熊の巨大な爪と、ノルンの回し蹴りが衝突する。バギャッという小気味良い音を立て、熊の右腕がはじけ飛んだ。そして、熊の頭部に右手を置くノルン。
「焼き切ります」
バァァァァンという激しい炸裂音と共に、ノルンの右腕からの放電が熊寄生体を焼いた。
多数の触手は全て力なく落下し、熊寄生体もプスプスと煙を吐きながら倒れた。
「戦闘モードで使用したエネルギー分には、やや足りておりません。収支は"赤字"です」
村へ帰る道すがら、すっかり"人間モード"に戻ったノルンは、討伐の証拠として持ち帰る"熊の左腕"を抱えつつ"妖怪退治"の収支報告を述べた。
「なんかごめん」
"妖怪退治"を決めた手前、"赤字"と聞かされたヴェントは、少々後悔していた。
「いえ、マスターがなさりたいことを、なされるのが良いかと存じます。私にできることは、お手伝いいたします」
「ありがとう」
これも、ノルンの言っていた"ヴェントの人生はこれから"という意味に含まれるのか? と思いつつ、彼はノルンに礼を述べた。
「おぉ……、これは確かに、狩人たちが見たという妖怪の手!」
一部寄生体により変質している熊の左手を見て、村長のオボロが感嘆の声を上げた。
「せめて、今日は当家にてお休みください。大した物はお出しできませんが……」
ヴェントとノルンは、オボロのお言葉に甘え、その日は村長宅に宿泊した。
翌日、二人は
この村にはあまり金銭などが無い。
「本当にありがとうございました」
村はずれまで見送りに来てくれたオボロが、何度目かの礼を告げた。
「いえ、こちらこそお世話になりました」
お互いに頭を下げ合い、ヴェントは別れを告げ、ノルンと共に村を後に──
「お兄ちゃん!」
そんなヴェントを、カスミが追いかけてきた。
「お兄ちゃん、誰かの大切な物が要るんでしょ?」
追いついたカスミが、その小さな手を差し出す。
「コレあげる。私の宝物」
それは、真珠のような光沢をもつ小さな貝殻だった。ここは周囲に海が無い山岳の村だ。この村で手に入る物ではない。
「死んじゃったお母さんはね、昔、海のあるところに住んでたんだって。これはお母さんからもらったの」
「そ、そんな大事な物、貰えないよ!」
母の形見である品を渡そうとする少女を、ヴェントは止める。しかし、
「お兄ちゃんも困ってるんでしょ? 私を守ってくれたし、村も守ってくれたお礼だもん」
笑顔で貝殻を差し出すカスミから、顔を歪めながらヴェントはそれを受け取る。
「ありがとう……」
いつまでも手を振るカスミに見送られ、村を離れる二人。
「その貝殻であれば、転移1回分以上のエネルギーが確保できます。」
ノルンの言葉を聞き、貝殻を手の上で転がすヴェント。
「なんだか切ないね」
「変換せず、残しておきますか?」
ノルンの問いに、ヴェントはしばし逡巡する。
「……、いや、折角の厚意だ、ありがたく使わせてもらおう」
ノルンに貝殻を手渡すヴェント、そして、
「でも1回分以上あるなら、少しくらい寄り道できるよね?」
ヴェントが旅立った翌日。カスミの寝床の枕元に、美しい光沢を放つ二枚貝の殻が置かれていた。
それに気が付いたカスミは、小さく呟いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……」
「
ヴェントとノルンを球体状のゆがみが覆う。
「ヴォォォォ……」
ビリビリと空間が揺れる感触に、ヴェントからは妙な声が漏れた。
そして二人はその場から消滅した。
──時間は少し遡り……
"第108宇宙開拓船団 2号艇 ラケシス"の船内。ここは元"ヴェント"の私室。
緑のドラム缶型ボディのドロイドが再起動した。カーリグはその様子を満足気に見守る。
「マスター登録の更新が完了いたしました。汎用ドロイド"ノルン・レッサー"、通称"ノルン"です。よろしくお願いします」
緑色のノルンが語る言葉に、カーリグは表情を歪める。
「なに!? ノルンレッサーだと!?」
「はい」
「お前、マターコンバータはどうした!」
カーリグはノルン・レッサーに怒鳴りつけるように問いかける。
「……、申し訳ありません、マスター。そのような機能は搭載しておりません」
「くそっ!」
カーリグは緑のドラム缶型ボディのノルンレッサーを、憎悪を籠めて蹴り倒した。
「入れ替わっていやがったのか!! やってくれたなヴェント!」
カーリグはスペースドローンを使用し、ヴェントとノルンが落下した"惑星FTGY01020"を探査する。
「転移痕だと……? 奴ら転移したのか」
その後、彼は整備工場の技術班である立場を利用し、小型艇を奪取して船団から逃亡する。彼が求めるのは"ノルン"の"マターコンバータ"であった。
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