第一村人発見

「手あたり次第に周辺の物質をエネルギー変換しても良いですが、やはり"価値"を変換することが効率的です」

 ノルンの勧めにより、まずは知的生物との接触を目指すヴェント。"価値"を理解する生き物が居なければ、"価値"など"無価値"であるからだ。

 

 なお、落着した脱出ポッドは、隠滅を兼ねてマターコンバータでエネルギーに変換した。しかし、大した"価値"は無かった。

「船団にはたくさんあるしなぁ……」

 独り言を呟きつつ、ヴェントは木々がまばらな森の中を進む。その後ろをノルンが楚々とした様子で追従している。


 落着時点では午前中だったが、そろそろ日が中天に差し掛かる。気が付けば、ヴェントは空腹と喉の渇きを覚えた。

「ちょっと、休憩しよう……」

 手近にあった倒木に腰かけ、ふぅ~と息を吐くヴェント。


「結構移動したけど、知的生物が見つからないね」

 ヴェントの言葉に、ノルンが反論する。

「いえ、まだ移動距離は2km程です」

「え……」

 あまりの移動距離の短さに、ヴェントは絶句する。


「森での移動は、慣れない場合にはかなり手間取ります。あまり無理せず進まれるのが良いかと」

 そう言いっつ、ノルンは木の実とコップ入りの水を取り出した。

「途中、食用できそうな木の実を採取しておきました。水は大気から取集した水分です」

「あ、ありがとう……」

 コップはどこから出したのだろう? という疑問を覚えつつ、ヴェントはピーナッツのような木の実を齧り、水を口にした。水は少し冷たい。


 一通り食べたヴェントは、コップをノルンに返す。コップはノルンの手の中にシュンと吸い込まれた。

(あぁ、そうか、エクサセルを加工して成型したのか……)



 そんなことに関心していると、それほど遠くない距離から悲鳴が聞こえた。

「誰かいる!?」

 ヴェントとノルンは、急いで音のする方へと向かう。

 近づくにつれ、女性らしい甲高い声と、オオカミのような吠え声が聞こえてくる。


 二人が遭遇したには、粗末な着物を着た10歳くらいの少女が、複数のオオカミに追われている現場であった。

「現地民を発見しました」

「そうだね……、じゃなくて、助けなきゃ!」

 ヴェントは石を拾い、オオカミに向けて投げる。当然だがオオカミは避け、そしてヴェントに狙いを移した。

「あ、ちょっとまずかった……?」


「──、──!」

 少女が何事かを叫んでいる。が、言葉が分からないため理解できない。

 ヴェントは再び木の棒を拾い、オオカミを威嚇するように突き出す。その間に、彼の体内にあるエクサセルに搭載された翻訳プログラムが少女の言葉をサンプリングし、自動翻訳を開始した。

「あぁ! お兄ちゃん危ない!」

 初めて理解できた少女の言葉は、ヴェントへの警告だった。


「うわぁ!」

 ヴェントの振るう木の棒などものともせず、オオカミは彼に飛び掛かる。

 彼に喰いつくべく、大口を開けて飛び掛かるオオカミ。接近するオオカミに視線がくぎ付けとなり、ヴェントは身動きできない。視界一杯に映し出されたオオカミの口内の様子は、直後、突然に消え去った。


 ノルンに叩き落とされ、ドンッという音で地面に衝突し、オオカミの頭部が半分潰れた。

 一撃で彼我戦力差を理解したオオカミたちは、あっという間に撤退した。



「マスター、このような場合、私にご指示いただければ……」

「お、お強いんですね、ノルンさん」

 棒を正眼で構えたまま、引きつり笑いを浮かべるヴェント。ノルンはしゃがんでオオカミをエネルギーに変換した。

「ダメですね、精々、今の平手打ち10発分程度のエネルギーです」

「ははは……」

 ヴェントは乾いた笑いが漏れた。一応、戦闘で使用したエネルギー分の元は取れたようだ。



「助けていただいて、ありがとうございます」

 少女が二人に近づき、礼を述べる。その少女は、不思議そうな表情でノルンを見ている。

「お姉さん、不思議な力が使えるんですね」

 ノルンの一連の行為を目の当たりにし、少女はそう評した。

「全てはマスターの能力です」

「え? そうなんですか?」

「あはは……」

(作ったのは僕らしいけど、全く覚えがないんだよなぁ……)

 引きつり笑いが顔に張り付いたままになるヴェントであった。


 少女はカスミという名で、薬草取りに来ていたのだと二人に説明した。

「お礼もしたいし、うちの村に来て?」

 カスミからの提案に、"未成熟文明の知的生物との接触は最小限にせよ"という"開拓船団"における原則を思い出して躊躇するヴェントだったが、"村なら金目の物があるかもしれません"という、ノルンの現金な勧めに折れる形で、村へお邪魔することにした。




 森が切れ、しばらく草原を進むと、カスミの住む村へとたどり着いた。

 村には木造の家が30ほどあり、中でも一番大きな家へと案内されたヴェントとノルン。「ここが村長の家だよ」と説明しつつ、「おじいちゃんただいまー」と中へ入っていくカスミ。


「村長の孫だったのか……」

「そのようですね」

 二人もカスミに続くように、「お邪魔します」と述べつつ家へ上がった。



「お二人には孫がお世話になったようで、儂はこの村で村長しております、オボロと申します」

 囲炉裏端で二人に応対したのは、村長であるオボロであった。少々年嵩なこの男は、さすが村長だけあって一癖ありそうな雰囲気である。

「何もない村ですが、ごゆっくりなさってください。ところで、お二人はみやこからお出でになられたので?」

 ヴェントは"みやこ"が何処なのかサッパリ分からなかったが、「まぁ、そんなところです」と曖昧に答える。

「そうですか、最近は物騒な話も聞きますからな、お二人はさぞかし腕がお立ちになられるのですなぁ」

「いえ、大したことは無いです……」

 何やら話は不穏な方向へと向かっていると感じたヴェントは、小さな抵抗を試みた。が、小さすぎて村長には効かなかった。


「最近、山の奥に"妖怪"が出るようになりまして……、そのせいか、このあたりではあまり見かけなかった狼が増えてしまいましてな……。うちの村にも、お二人ほど腕が立つ者がおればいいのですが……」

(うわー、完全に妖怪退治の流れだ、これ……)

 どうやって対処すべきか、ヴェントが考え巡らせていると……、


「"妖怪を退治してほしい"という依頼であると理解しました」

 これまでの迂遠なやり取りを、ノルンがストレートに言い直した。

「の、ノルンさん? そこはほら、もう少しオブラートにね……」

「え、ええ、もちろん、そんなことは申しておりませんよ?」

 ノルンの言葉に慌てるヴェントとオボロ。だが、ノルン節は止まらない。


「そうでしたか。では、妖怪への対応は不要ですね?」

「あ、いえ、そう言うわけでも……」

 流石AI。YESかNOしか許さないノルンの勢いに、オボロはたじたじである。

「ノルンさんすごい、鋼の心臓だわ」

「私のフレームはチタン合金で形成されており、体表および内部機構の大部分はエクサセルで構成されています。"鋼"は使用されておりません」

「あ、はい、すみません」


「お嬢様はかなりの腕前と伺いました。どうか! 妖怪退治をお願いできませんでしょうか!」

 ヴェントとノルンが益体も無いやり取りをしているうちに、オボロは覚悟を決めたらしく、ストレートに要求を口にした。

「報酬はいかほどいただけますか?」

 それに対し、ノルンもストレートに要求を返した。なぜか指でわっかを作っている。

(ノルンさんの知識に偏りを感じる……)


「今、お支払いできるのはこの程度で……」

 渋い様子で別室に向かった村長は、1つの革袋を持って戻ってきた。

 革袋の中には、一文銭のような穴あき貨幣や、四角い銀色の貨幣などが入っていた。

「拳打30発程度のエネルギーです」

「狼よりは価値あるのね……」


「これ以上の金目の物となりますと……」

 二人のやり取りから、不足しているという印象を受けたオボロは更に苦々しい表情になる。

「あ! 別にお金じゃなくても、その、皆さんが大切にしているものとか、愛用しているものでもいいんで」

「……、でしたら、その、この娘を……」

 オボロはカスミを一瞥したのち、絞り出すように声を出した。

「えぇっ!? いや、僕はそういうつもりでは!!」

 完全に誤解されている!と焦ったヴェントは、何と言って誤解を解くべきかと逡巡し、

「次元転移2回分ですね」

「冷静に換算しないで! ちょっと怖いから!!」

 ノルンの言葉で更に場が冷え込んだ。


「と、とにかく、皆さんがお困りでしたら、妖怪退治させてもらいます! 報酬は……さっきのお金でいいですから!」

 もうこの空気を改善する方法を思いつかなかったヴェントは、依頼を受けることで強引にこの場を鎮めることにした。

「おぉ! よ、よろしいのですか……?」

 喜びを見せつつも、恐る恐る確認してくるオボロ。そこで、"退治"を行うのはノルンであると思い出したヴェントも、恐る恐るノルンに尋ねる。

「よ、よろしいですかね? ノルンさん……」

 ヴェントの様子に、軽くため息をつくノルン。その仕草は妙に人間臭い。

「マスターはお人好しですね」

「うぐっ、で、でも、困ってるみたいだったし……」

 "現在進行形で僕らが困らせていたし"と思いつつ、ヴェントは少々気まずい表情になる。

 

「でも、私はそんなマスターを好ましく思います」

「なっ!?」

 緑髪の美少女のほほえみに、ヴェントはドキリと心臓が高鳴った。

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