Section0010:惑星FTGY01020から旅立つドロイド
親方! ドロイドから女の子が!
さわやかな風が草原を吹き抜け、草がさわさわと音を奏でる。
解放感と喪失感から、ヴェントはぼんやりと景色を眺めた。
「いい星だなぁ……」
風を肌に感じつつ、ヴェントは呟く。
ここは惑星FTGY01020。つい数日前に宇宙開拓船団が調査を行い、文明が存在するとして開拓対象から外れた惑星だ。
なお、大気の成分は地球と微妙に異なるのだが、現在の地球人類は"エクサセル"と呼ばれるナノサイズの生体ロボットが注入されており、このエクサセルの効果により、地球とは少々環境が異なっていても、生存が可能である。
「どうしようかな……」
脱出ポッドのテストをするだけのつもりであったため、ヴェント自身は何も持ってきていない。ポッドから船団に連絡できないか、と考えたが、ポッドの通信装置が故障していた。そういう意味では、脱出ポッドのテスト結果はNGである。最も、それを報告することはできないのだが……。
「そこまで嫌われてたのか……」
紙の操作マニュアルは、明らかにこれを狙っていたとしか思えない。そもそも紙であることも怪しむべきだったのだ。電子データとして証拠を残さないために、わざわざ紙で渡したのだ。脱出ポッドで一緒に外へ出てしまえば、同時に証拠隠滅できる。
「ぐるぅぅぅぅぅぅ」
「!?」
物騒な唸り声を聞き、ヴェントは周囲を見回す。図鑑や動物園でしか見たことの無い、"オオカミ"によく似た動物が、ヴェントの回りを囲んでいた。
外見的特徴は明らかに肉食であり、彼らは今からヴェントを"食事"にする気満々である。
ヴェントは手近にあった木の棒を拾い、せめてもの威嚇としてオオカミに向ける。しかし、周囲をゆっくり回るように様子を窺うオオカミたちには、大した威嚇効果もないようだった。
「く、くるな!」
「がうあふっ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
数体が一気にヴェント目掛けて飛び掛かった。ヴェントは悲鳴を上げ、頭を庇いつつ目を瞑った。
ガコォンという音が鳴り、同時にオオカミが「ギャンッ」と鳴き声を上げた。
ヴェントが目を開けると、赤いドラム缶が見えた。
「ドロイド?」
赤いドラム缶型ボディのドロイドは、蛇腹状の手足を動かし、ヴェントに振り返る。
この赤いドロイドは、ヴェントと一緒に脱出ポッドで落ちてきたソレである。
「壊れてなかったんだ……」
ドロイドに助け起こされ、ヴェントは立ち上がる。
「ありがとう……」
「勿体ないお言葉です、マスター」
赤いドロイドは、流暢な女性の声で答えた。
「え? マスター?」
「はい、私はノルンです」
一瞬思考が停止するヴェント。
「あれ? でもノルンは緑色だったよ?」
「あのボディも、このボディも、船内でスムーズに活動するための擬装用ボディです」
そう言いながら、赤いドラム缶ボディが前かがみになり、プシューという音と共に、背中が展開した。
中から緑色の髪の少女が姿を現す。髪の長さは肩より少し下程度、一糸纏わぬその肢体は──
「ちょ、ちょ! 服、服ぅぅぅ!!」
美少女姿になったノルンは、きょとんとした表情で自身の体を見て、なにやら納得した様子を見せた後、体表面のエクサセルを変性し、白いワンピースのような着衣を生成した。しっかりと靴も履いている。
「お見苦しい物をお見せいたしました」
「いえ、見苦しくは無かったです、はい」
では、元の状態に戻しましょうか? とのノルンの問いに、ヴェントはやや歯切れ悪く否定しておいた。冷静に対処できない辺り、若さである。
「この後、どうされますか? ご指示をお願いします」
ワンピース姿のノルンに問われ、ヴェントは改めて考える。
「はて、どうしよう……」
ノルンが居れば、船団に連絡が取れるかもしれない。が、戻って何かできるのだろうか。かといって、この星で暮らせるものなのだろうか……。
「もう、どうしようもない……」
「僭越ながら、マスターは肉体的、精神的にも17歳です。まだ、これからかと」
悲嘆に暮れるヴェントに、ノルンが慰めの言葉をかける。その言葉は、AIが発したとは思えない。
彼女の弁を信じるなら、彼女を作ったのはヴェントであるらしい。
「ふふ、記憶を失くす前の僕はすごかったんだね、こんなに人間味のあるドロイドは見たことないよ」
「光栄です」
やや俯き加減で述べるノルンの様子は、本当に人間のようだった。しみじみと感心しつつも、ヴェントは考える。
「これから、か……」
可能であるか不可能であるか、という点を考えず、ヴェントの希望を考えたとき、
「なら、地球に帰りたい……かな」
ヴェントは希望を述べた。
「本星には遺伝学上のご両親はご存命です。しかし、面識は……」
ノルンがやや言葉を濁す。現在において、多くの地球人は、肉体を保存液に漬けた状態で、仮想世界に生活している。
地球人は宇宙に広がり、現在1000億人を超えている。その内の約半数が仮想世界で生きているのだ。
縮退炉が実現し、エネルギーがほぼ無尽蔵に供給できる状況において、福祉は過分に充実し、労働は義務ではなくなった。現実世界における"労働"とはある種の趣味であり、そういう意味では宇宙開拓船団は"趣味人の集まり"ともいえる。
むしろ、ある程度文明レベルを低く操作した仮想世界の方が、"生きがい"を持って生きられるという考え方すらあるほどだ。
ヴェントの両親も仮想世界住民であり、多くの仮想世界住民の子供がそうであるように、ヴェントも人工授精、人工子宮から生まれたデザインベビーであった。
「別に実の両親に会いたいわけじゃないよ、僕は、15年分の記憶を失くしてしまって、自分では17歳という思いしかないんだ……。だから、僕の体感では、ついこの間まで地球のハイスクールに通っていたんだよ……。だから、地球から、もう一度始めてみたいんだ。僕の、人生を」
ヴェントは、地球と同じく青い空を見上げながら述べ、"まぁ、帰る方法があれば、だけどね"と最後に付け加えた。
「承りました。では本星への帰還ルートを検索いたします」
この状況で、まじめに検索を始めるあたり、やはりノルンもAIなんだなぁ、と感じつつ、
「あくまでも希望だから……。船も無いし、地球への帰還は──」
「検索完了しました。5ルートから案内可能です」
「えぇ!? 可能なの!?」
ノルンの出したまるでカーナビゲーションのような答えに、ヴェントは大声を上げてしまった。
「はい、私には"
「記憶失くす前の僕、何やってるの!? ドロイドに
「"
惑星間をワープで移動し地球まで帰る。それがノルンが提示した帰還ルートであった。
「いや、でもエネルギーが足りないよね……?」
「ご心配なく、マターコンバータで賄うことが可能です」
「マターコンバータ?」
こちらはヴェントにも聞き覚えの無い装置であったため、オウム返しで聞き返した。
「マターコンバータは、マスターが開発された装置です。四次元跳躍技術を応用し高次元との同調を行い、ダークマターを介して──」
「ご、ごめん! 前の僕は相当すごかったみたいだけど、ごめんけど、良く分からない……」
ノルンの説明を遮ってしまった形だが、彼女は特に気を悪くした様子は無く、ただきょとんとして小首をかしげている。
こんな時ではあるが、ヴェントはそれを見て「かわいい」という感想を抱いてしまった。人間15年経っても趣味は同じであるようだ。
「マターコンバータは、物質や価値をエネルギーに変換します」
現在のヴェントの理解力を鑑みて、ノルンは改めて簡潔に説明しなおした。
「価値?」
「はい、知的生物が物体に対して持つ"唯一性"や"貴重さ"、"価格"、"信奉心"といった物体の"価値"も、マターコンバータでエネルギーに変換可能です」
「それはつまり、誰かにとって大事な物や貴重な物ほど、大きなエネルギーになるってこと?」
「はい、概ねその通りです」
誰かにとって大事な物、ヴェントは"形見の品"であるとか、結婚指輪などの"記念品"を思い浮かべた。
「譲ってもらえるものなのかな……」
「手っ取り早く集めるなら、"お金"ですね」
「げ、現金なのね……」
確かに、"価値がある物"である。
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