追放展開、退艦させられました

 宇宙開拓船団は惑星の調査を行い、知的生物が生息せず、文明が存在しない場合には、地球人類の移住先として惑星を開発する。

 もし知的生物が既に存在し、文明が興っているのであれば、何もせずに立ち去る。

 こうして、地球人類の文化圏を広げているのだ。


 ヴェント達が所属する"第108宇宙開拓船団"は、つい数日前に1つの惑星を調査していた。

 "FTGY01020"と命名されたその惑星には"産業化以前"の文明が存在していたため、船団は調査を終了し立ち去るところである。

 現在は、調査員の引き上げと、各設備や装置のメンテナンスをしつつ、次の目的地を選定中である。数日内には船団は出発する。


「そうそう、そうやってシステムから各部の状態をチェックして……」

 ヴェントは現在、調査で使用された装備のメンテナンスを行っている。ジュリアが付きっ切りで教えてくれているのだが、如何せん、距離が近い。

「あ、はい、ありがとうございます」

 ヴェントも健全な青少年である。少し歳が離れてはいるが、女性との距離が近いとドギマギしてしまう。


「チンタラやってんじゃねぇぞ」

 そんな二人に、カーリグが苦言を述べる。

「す、すみません……」

 ヴェントは咄嗟に謝ったが、ジュリアが噛みついた。

「ちょっと! 最初は誰だって分からないんだから仕方ないでしょ!?」

「"役立たず"の面倒は暇な時にしろってんだよ」

 現在は調査明けすぐであるため、チェックやメンテ対象となる装備が多数ある。技術部としては、最も忙しいタイミングである。

「だとしても言い方があるって言ってるの!」

「うるせぇ、さっさと仕事しろ。そこの"役立たず"は邪魔だ、隅で大人しくしてろ」

 尚も噛みつくジュリアを、カーリグは一蹴し、それ以上話すことは無いとばかりにその場から去った。


「あ、ジュリアさん!!」

 カーリグに掴みかからん勢いで後を追おうとしたジュリアを、ヴェントは止める。

「いいんです! 僕、出来ることやっときますから!」

 ジュリアは悲痛な表情を浮かべ、ごめんねと言いつつ、仕事に戻って行った。


 ヴェントは工場内の掃除や片付けなど、分かる範囲で出来ることをし、その日を過ごした。




 船団での食事は、全員が食堂で行う。食費は給料から天引きされるため、キャッシュを持ち歩く必要はない。

 サポートドロイドであるノルンに調べてもらったところ、ヴェントにはそれなりの預金があった。そのため食堂での食事は可能だった。今後給与がどうなるか分からないが……。

 ヴェントは節約のために、一番安価である"本日のおすすめ定食"のプレートを取り、食堂の席に着いた。

 

「よぉ、働かずに食う飯は美味いか?」

 ヴェントが口を付けようとしたところで、カーリグが声をかけてきた。ヴェントに確認もせず、彼はわざわざ正面に着席した。

「掃除なんて、掃除用ドロイドでもできることしかしてねぇだろ?」

 カーリグは食事を口に運びながらも続けた。

「よくそんなんで飯食う気になるな」

 ヴェントは耐えられず席を立つ。

「おい、どこに行く気だ? 先輩とは一緒に食べられませんってか? あぁ、働いてねぇから腹も減ってねぇのか。もったいねぇな、そんなに残して」

「よかったら、食べますか?」

 もう面倒になったヴェントは、とにかくそこから立ち去りたかった。

「いいのか? わりぃな、なんか督促したみてぇで」

 そんな気も無い言葉を述べ、さっさとヴェントのプレートに手を付けたカーリグを後目に、ヴェントは食堂を去った。



 相変わらず、扉が開けっ放しの部屋に戻ったヴェントをノルンが出迎える。

「おかえりなさい、マスター」

「ただいま」

 ヴェントはゴリゴリと音を立て、やや強引に扉を閉める。本来はスライド式の自動ドアなのだが、ヴェントの部屋の扉は故障しているらしく、自動で閉まることも無ければ、自動で開くことも無い。


「マスター、お元気がありませんだ、大丈夫ですか?」

「いや、大丈夫」

 あまり何も語る気にならなかったヴェントは、それだけ告げてベッドに入った。


 ノルンがゴソゴソとしばらく室内で何かを探し、ヴェントが潜り込んだベッドの横にやってきた。

「マスター、これを」

 ノルンの言葉に体を起こしてみると、彼女は1本のチョコバーを持っていた。

「この程度しかございませんが……」

 チョコバーをノルンから受け取ったヴェントは、涙が溢れてきた。

「ありがとう……」

 彼女はドロイドだ。これもプログラムされての行動だとはわかっていても、彼にはこの優しさが沁みた。




 地道に片付けや掃除などを行い、数日経ったある日。

「おい」

 使用済み治具の片付けをしていたヴェントに、カーリグが声をかけてきた。

「お前も少しは役にたて」

 彼はそういいつつ、一枚の紙をヴェントに渡した。

「脱出用ポッドのテストマニュアルだ。R252地区にあるポッドの動作テストをしてこい」

 今どき珍しい紙のマニュアルを受け取るヴェント。

「紙、ですか……」

「役立たずが、一端に文句でもあるのか?」

「いえ……」

 何か問いかけても、ひたすらに攻撃的な言葉を向けられるだけであるため、ヴェントは大人しく指示に従うことにした。




 宇宙開拓船団を構成する船舶は、一つの街にも匹敵するほどの大きさがある。

 その船の中を徒歩移動すること数分。R252地区の脱出ポットエリアに、ヴェントはやってきた。


 脱出ポッドエリアには、通路の左右にいくつもの入口があり、それぞれが1つ1つのポッドに繋がっている。この一画だけでも、100近いポッドがあった。

「これ全部チェックするのか……」

 ヴェントは呟きつつ、手近の1つを覗いてみた。

 壁に張り付くように4つの座席が設置されただけの小さな空間だ。なぜか席の1つには、赤いボディのサポートドロイドが立てかけて置かれていた。どうやら故障したドロイドのようだが……、

「倉庫代わりに使われてない?」

 この船は建造されて既に100年以上が経過しており、その間、脱出ポッドが使われたことはない。そのため、このようなことになっているようだ。


「この故障したドロイド、退かしたほうがいいのかな……」

 しかし、持っていく先も思い当たらない。

 それよりも、早くチェックを始めないと、またカーリグに嫌味を言われてしまうと思ったヴェントは、早速ポッドの起動テストを始める。



 4つある座席の一つに腰かけるヴェント。ひじ掛け部分にあるコンソールに手を当てる。

『認証番号、HMN15221845、氏名ヴェント、確認しました』

 ヴェントの手から情報を読み取ったシステムが、彼の情報を読み上げる。

「えーっと、」

 ヴェントは紙のマニュアルを確認し、読み上げた。

「退艦シークエンス起動?」

『退艦シークエンス起動します』

 彼の声をシステムが復唱し、ポッド内に赤色灯が灯り、扉が閉じた。

 同時に、跳ね上がっていた座席の安全バーが降下し、ヴェントの体を座席に固定した。

「こ、これ、大丈夫だよね?」

 ヴェントは不安になり、マニュアルをざっと見流す。手順の末尾には"最後の確認で[いいえ]と答えると解除"と記載がある。

 そこまでは進めても大丈夫か、と認識したヴェントは、手順を進めることにした。


「緊急脱出」

『緊急脱出』

(この後の最終確認で「いいえ」と答えて──)

 ガコンッという音が響き、これまで感じていた人工重力が消え、ヴェントの体が浮遊感に襲われる。

「えっ!?」

 ゴォンと何かが滑る音が鳴り、その後には無音となった。

 閉じたハッチには小さな丸い窓があり、そこからは多数の星がきらめく宇宙と、徐々に遠ざかる巨大船舶が見えた。



「ど、どうにかして戻らないと!!」

 ひじ掛けに手を置くと、脱出ポッドのシステムメニューが表示された。しかし、そこで判明したのは……、

「惑星の重力にひかれてる……!?」

 宇宙開拓船団はつい先日、惑星FTGY01020の調査を終えたばかりであり、現在はその惑星の近隣空間において、移動軸を合わせて停船していたのだ。

 ヴェントの乗り込んだ脱出ポッドは、まさにその惑星に向け、降下を始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る