記憶を失った技術者ですが、未開の惑星に置いて行かれました。美少女ドロイドと一緒に家に帰るので、宇宙開拓船団にはもう戻りません

たろいも

Section0001:記憶を失くし、未開惑星に置いて行かれた技術者

記憶を失くす、ついでに人生も

 ここは遥か未来の地球。

 ハイスクールに通うヴェントは夢を見ていた。


 宇宙開拓船団は、宇宙を渡り、未開の惑星を調査し、開拓する。

 開拓後には移住者たちに惑星を任せ、再び船団は旅立っていく。


 そんな開拓船団に勤めるヴェントは、技術者であり、発明家でもあった。今回、彼が、新たに開発したマター──




「マスター、マスター、お気を確かに」

 機械合成したような女性の声が聞こえる。

 ヴェントが目を開くと、模式的な"困り顔"が表示されているモニタが見えた。

「お気付きですか?」

 ヴェントはどうやら床に倒れていたらしい、彼の横には、緑色のドラム缶型のボディから蛇腹状の手足が生えたドロイドロボットが立っていた。

 頭部に当たる箇所には表情を表示するためのモニタがあり、そこには相変わらず"困り顔"が表示されている。


「お体をチェックします」

 ドロイドはピリリリという音を立て、しばし沈黙。

「特に問題ございません」

 ドロイドに助け起こされ、ヴェントは立ち上がった。目線の高さにある表情モニタには、"笑顔"が表示されている。


「君は?」

「……、私はマスターのサポート用ドロイド、"ノルン"です。マスターによって開発された新型ドロイドです」

「ぼ、僕が作ったの?」

 全く記憶にないため、ヴェントはただただ混乱するばかりだ。何か、少しでも記憶に引っかかるモノが無いかと、ヴェントは周囲を見回す。


 ベッドやビルドインのキッチンがあり、おそらくトイレやバスルームであろう扉も見える。ワンルームマンションの一室というべきか、むしろ、船室といった風にも見える。唯一開け放たれた扉からは、廊下が見えている。

 少々室内が乱れているのは、この部屋の住民が片付けできないタイプだからだろうか? と思いつつ、

「えっと、ここは?」

 恐る恐るノルンに問うヴェント。


「ここはマスターの私室です」

 そして告げられる残念な事実。

(僕って、片付けできないタイプだっけ……? いやそうじゃない!)

「こんな部屋に住んだ記憶無いんだけど……」

「……、ここは第108宇宙開拓船団 2号艇 ラケシスの船内です。マスターはこの船で技術者としてお勤めです」

 ヴェントの疑問をどのように解釈したのか、ノルンはそのように回答し、それに対し、ヴェントは「はぁ!?」と大声を上げた。


 ヴェントの"記憶"では、彼は現在17歳で地球のハイスクールに通っている。確かに、彼の将来の夢は、技術者として宇宙関係の仕事に就くことであったが……。


「ヴェント~、扉開けっ放しだけど、居るのか~?」

 扉が開いたままになっている入り口から、女性が入ってきた。赤髪で20代後半風な女性は、ヴェントと目が合うと絶句した。

「ま、まさか……、ヴェント……なのか?」

 女性はワナワナと震える手でヴェントを指さす。

「そ、その、僕は、ヴェントです」

 ヴェントの様子をみた女性は、小声で"かわいい"と呟いた。かと思えば、何かに気が付いたように部屋から飛び出した。

「親方ぁぁぁぁ!! ヴェントが縮んだぁぁぁぁ!!」

 そして、叫びながら廊下を駆け抜けていった。




「そりゃあれかい? キオクソーシツってーやつかい?」

「いや、親方、どちらかと言えば若返りでしょ?」

 ヴェントは引きずられるように私室から連れ出され、整備工場のような場所に連れてこられた。

 彼の目の前には、回転椅子に座った白髪の老人が居る。先ほどから"親方"と呼ばれている。

 親方は白髪を短く刈上げにし、タオルを鉢巻のように巻き付け、油で汚れたツナギを身に付けていた。まさに職人といった雰囲気だ。


「つまり、ヴェントはこのジュリアのことも覚えてねぇのか?」

 親方が先ほどの赤髪の女性、ジュリアを示しながらヴェントに問う。

「えっと、すみません」

「いいカンジだったのに?」

「い、いいカンジですか?」

 親方はニヤニヤとした表情をヴェントに向けるが、

「ちょ、親方何言ってるの!!」

 ジュリアの張手でその顔が吹き飛ぶ。工場内にはバチィィィンという小気味良い音が響いた。

「あ、親方ごめん」



「マザーさんよぉ、なんの影響か、わかるかい?」

 親方は張られた頬を撫でつつ、天井に向けて話しかけた。

『船内の汚染など調査しましたが、異常はありません』

 親方の問いかけに応えたのは、館内放送のスピーカーだった。

「マザー?」

「この船の管制AIだよ」

 ヴェントの呟きに、ジュリアが答えてくれた。

『直近の調査惑星である"FTGY01020"では、そのような事例は確認できておりません。それ以前の調査については……』

 マザーが数秒間沈黙し、

『同様もしくは類似の症例はありません』

「原因不明ってことかい……」

 腕を組み、親方が唸る。


「まぁ、覚えてねぇんじゃ仕方ねぇな。ジュリア! とりあえず新人のつもりで教えてやりな!」

 親方は自分の膝を叩きつつ、ジュリアにヴェントの面倒を見るように告げた。

「え、あの、いいんですか?」

 もしかして何かの細菌やウイルスだとマズイのでは? と思いつつヴェントは親方に確認すると、

「たりめぇだろうが、どんなナリだろうが、お前は俺の部下だ」

 と、親方は快活に笑った。

 ヴェントの横で、ジュリアが「ヴェントの面倒、ヴェントの面倒、チャンス? お姉さんが、手取り足取り……」と、小声でつぶやいていたことに、ヴェントは気が付いていない。


「カーリグも頼んだぜ!」

 親方は大声で後方に声をかけた。整備工場に置かれている小型艇の影から男が姿を見せ、「へーい」と小声で答えた。

 カーリグと呼ばれた男は40歳手前くらいの中年男性で、長い黒髪を後ろで一まとめにしていた。服装は親方同様にツナギだ。

「カーリグ……?」

 ヴェントは、彼だけは見覚えがあるような気がした……。カーリグのギラリとした視線がヴェントを射抜く。と、ヴェントは背筋がひやりとするのを感じた。



 かくして、多くの記憶と人生を失ったヴェントは、"第108宇宙開拓船団 2号艇 ラケシス 技術部"で下働きとして働くこととなった。


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