第4話 王女のはなむけ
「私からは以上となります。では王女、貴方からも一言お願いしますね?」
「は、はい」
リンダがパレッタの方に視線を移すと、パレッタはソワソワしながら、両手を後ろにして椅子から立ち上がった。
「えっと……勇者ゼロ様、本日という日を迎えた事、私も嬉しく思います。おめでとうございます」
「ハッ、ありがとうございます!」
「ヒャッ!……びっくりした……」
ぎこちなく、しどろもどろと祝言を述べるパレッタに、ヨハンが芯の通ったハッキリとした返事をしたので、パレッタは体をびくつかせた。
「んと……あれ? 何だっけ? えっと……お父様……いやっ! へ、陛下と女王様に並び……えっ? 並び?」
すると先程の動揺のせいで、昨日から前もって考えておいた祝言の台詞が頭から飛んでしまい、パレッタはパニック状態に陥ってしまった。
その姿を見て、ヨハンは顔には出さないものの心中で笑いを堪え、リンダはあらあらと相変わらず笑みを絶やさず、ジョンソンはやれやれと呆れ返っていた。
「パレッタ」
見るに耐えなくなったジョンソンは思考停止寸前の王女の名前を呼ぶと、パレッタはまたも同じようにビクッと体を揺らしてたじろいだ。
「公の場では整った言葉が必要だが、今はそうではない。お前の心の内を言葉にして伝える時だ。だから正直に思った事を言葉にしなさい」
「思った事を……分かりました」
ジョンソンに指摘され、パレッタは一呼吸入れて仕切り直すこととした。
「ゼロ君、まずはお誕生日おめでとう」
繕った言葉ではなく、自分の言葉でパレッタは話し始める。
なのでヨハンも、王女パレッタと話すのではなく、幼馴染のパレッタと話す感覚に気持ちを切り替えた。
「ありがとう。でもそういう君も、来月誕生日じゃないか」
「わたしはいいのよ。ゼロ君が十六歳になったって事に今回は意味があるんだから」
「まあ……そうなのかな」
「そうよ、だって魔王を倒す旅に出るんだから一大事よ」
「そうか……でもなんだかなぁ」
するとヨハンは首を捻って、気難しい表情をしてみせた。
「何か不満な事でもあるの?」
そんなヨハンの反応を見て、不安気にパレッタは尋ねると、ヨハンは目線をパレッタから外した。
「いや不満ではないんだけど……去年までは俺の誕生日がきて、それから君の誕生日を王宮で祝ってたのが今年は出来ないって思うと、寂しいもんだなって思ってさ」
「うん……わたしも寂しいよ。だけど魔王を倒せば次もその次も、ずっと互いの誕生日を祝えるようになるんだから、しばらくの間はって事でね」
「ああ、そうだけど……なんか不思議だな。今までは全てを覚悟したつもりになっていたから、不安なんて無いと思ってたはずなんだけど、こうやって日常から離れるって考えると胸騒ぎがしてしまう」
「ゼロ君……そうだこれ」
パレッタは動揺しているヨハンの元へ歩み寄り、先程までずっと背中に隠していた両手を表に出すと、彼女の手には小さな白い布袋が握られていた。
「ありがとう。中身見てみてもいいか?」
「うん」
パレッタから布袋を受け取り、開けてみると、中には数枚のチョコチップクッキーが入っていた。
「誕生日プレゼントなんだけど、これわたしが焼いたクッキー。冒険に出るのに、いつもみたいに洋服や靴をプレゼントしても役に立たないかなと思って。これなら歩きながら食べられるし、一応シェフに教わった、満腹感を増やすクッキーらしいから、少しは冒険の役に立つかなと思って」
「ありがとう……今一つ食べてみてもいいかな?」
「えっ!? まあ、いいけど」
パレッタの承諾を得たヨハンは、袋からクッキーを一つ取り出し、口に入れる。噛むとサクサクとした食感ではなく、少しもちっとした感触がし、生地にはバニラエッセンスが含まれていたため甘さと共にバニラの風味がさっと口に広がり、また中に入っていたチョコチップも丁度良い量が入っており、クッキーの風味を殺さず、チョコの風味もしっかりと感じられた。
「美味いなぁ……やっぱり君の作る物はどれも美味しいよ」
「そんなどれもなんて……」
褒められて、パレッタは顔を赤くした。
「冒険から帰ってきたら、また君の手料理を食べたいな……いいかな?」
「うん、いいよ。どんなものでも、いくらでも作ってあげる。帰ってくるまでに色んなレシピを覚えておくから……だから絶対に帰ってきてね?」
抑えきれない不安感とパレッタのその切なげな表情を見て、ヨハンはこの場が城内であり、両親が居る前だからと自制していたものが一気に崩壊し、気づいた時には、彼女の体を両手で覆い、そして――
「ああ、絶対に帰ってくる」
ヨハンはそう、彼女の耳元で囁いた。
抱きつかれた瞬間には驚いたパレッタだったが、しかし体を重ね合わせるとヨハンの底無しの不安が彼女の元にも伝わってき、それを安心させるために、彼女も両腕をヨハンの体にそっと回した。
「あなたここは――」
二人の姿を見て、リンダは椅子から立ち上がり、王室の奥にある自室の扉を開くと、ジョンソンに向けて手招きをした。
それを見たジョンソンは直ぐにリンダの意思を汲み取り、足音を立てずゆっくりと自室の方へ足を運んだ。
「あとは若い者同士……という事だな?」
「そうですね」
国王夫婦が自室の扉を閉める音が王室にも響き渡るが、ヨハンとパレッタの耳には届かず、二人は抱き合ったままずっと、互いの感触を頭の中に刻み込んだ。
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