第3話 残された者の悲しみ
「あなた、ここは王の座す間ですよ。そんなペコペコなさらず、堂々としてください」
「しかし……」
「フフッ……それに、折角の教え子との話が、たった二、三分で終わるとは思っていませんでしたし、気にする事はございません」
「そうか……全部お見通しという訳だな」
「もう何十年も共に居るんですから、これくらいは分かりますよ」
「そうか。ハッハッ! であるなら、悪い事は出来んな!」
「信じてますよ?」
ジョンソンとリンダは互いに顔を見合わせ、笑い合った。
「あっ……申し訳ありませんゼロさん。話があると言っておきながら待たせてしまいましたわね」
夫と話す事に夢中になり、すっかり蚊帳の外になってしまっていたヨハンに気づき、リンダは詫び入れるが、ヨハンは首を横に振った。
「いえ、お気になさらずに。むしろ旅を前に、良い物を見せて頂き安心致しました」
「安心ですか?」
「はい。国のトップの円満は国の円満。グランドームの平穏は未来永劫まだまだ続く。そんな希望を感じさせて頂きました」
「ふふっ、嬉しい事を言ってくださいますね?」
リンダはヨハンからの賞賛を受け、快く上品に笑ってみせた。
「ゼロさん、まずは近衛隊長の任お疲れ様でした。よく最後までやり遂げましたね」
「ハッ、ありがとうございます」
「道中厳しい旅となるでしょうが、くれぐれも無理はなさらず命を大事にしてください」
「はい、心得ます」
ヨハンはそう言って、リンダに頭を下げた。
「それと、あなたのお母様の事についてですが――」
「ッ!!」
リンダがヨハンの母の話を切り出そうとした刹那、ヨハンは瞬時に頭を上げ、彼女を注視した。
ヨハンがこの旅を始めるにあたって、最も気がかりだったのは母親の事だった。
ヨハンの父も、兄も、魔王討伐の旅に送り出して亡くしている母親にとって、ヨハンの旅立ちは快いものでは無く、以前より何度も王室へ、ヨハンの旅立ちの打ち消しを直談判しにやって来ていた。
しかし結局その直談判は通る事なく、ヨハンの旅立ちが決定してから、母親はこのところずっと気を病んで心を閉ざしていた。
何度もヨハンが声を掛けても、返ってくるのは気の抜けた返事のみ。その内家事も出来なくなったので、近衛隊の仕事を終え、家に帰ってきてからヨハンがこなしていた。
今日の式典も、本来なら母親も参加するはずだったのだが、母親自身が参加を拒みそれも叶わず、直談判を受けていたジョンソンもリンダも、彼女の事を気に掛けてヨハンから定期的に事情を聞いていたのだった。
「王室全体でお母様を見守らせて頂こうと思っています。お母様があのような状態に陥ってしまったのも、理由はともあれ、元を正せば貴方の父上、兄上、そして貴方を引き離してしまった事に問題があり、その責任は王室にあるという考えに陛下が至ったからです。そうですよね?」
リンダがジョンソンに目配らせをすると、ジョンソンは「そうだ」と言って頷いた。
「君の母上には一度ならず二度までも心苦しい思いをさせてしまった……今はまだ面会が出来ないかもしれないが、いつかしっかりとした形で謝罪したいと思っている。その罪滅ぼしの一つにもならんかもしれないが、君が不在の間は病まれている母上をサポートさせて貰おうと思っている」
「ジョンソン先生……本当にありがとうございます!」
ヨハンは心の底から頭を下げると、ジョンソンは直ぐに頭を上げなさいとヨハンに促した。
「君が頭を下げる必要は無い。むしろ下げるべきは我々なのだ。だからヨハン君、是非我らに母上の世話をさせてくれないか?」
ジョンソンが悲痛の眼差しでヨハンに尋ねると、ヨハンも彼の気持ちを理解し、頭を縦に振った。
「では、母の事をよろしくお願いします」
「ああ、承った」
ジョンソンが一礼し、頭が上がったタイミングでリンダが話の続きを始めた。
「基本的には使用人が随時二人着くよう手配しております。そしていつか面会の機会が叶えば、陛下だけでなく私も共にお母様の元へ伺ってお話をしようと思います。あなた達の事を許して頂くことは叶わないかもしれませんが、せめてあなたを応援する者として心を通わせたいと思っておりますので」
「そうですか……不肖、私が言うのもなんですが、母もいつかはこのお役目の事を理解してくださると思います。その日が来るまで、どうか母をよろしくお願いします」
「ええ、もちろん」
リンダは返事と共に、ヨハンに向けて優しくにっこりと微笑んだ。
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