第3話
ケイジが正午に貸本屋を訪ねると大抵トウコさんは居住スペースのウッドデッキに腰掛けていた。
彼女が定位置を陣取ると、ぽこん、ぽこんと間抜けな音が響き始める。
これがししおどしだったなら「風流だなあ」で済ませられるが、彼女の場合はウッドデッキにスリッパを叩きつけるのだ。
スリッパ叩きに夢中になるトウコさんの背後から「何してんの?」と訊けば、
「創作活動です」
と当然のように返答があった。
確かに彼女の膝にはいつもの短歌のアイデアノートが載っていた。
ぽこん、ぽこん!
彼女がまた腕を振り下ろしてスリッパを打ちつける。
そこにケイジには見えない悪霊でもいるのだろうか……。
短歌や俳句を作り出すときはウッドデッキにスリッパを叩きつけるのがトウコさんの奇妙な習慣だった。
短歌に触れる気が起こらない日だってある。
カンカン照りでウッドデッキが熱せられた鉄板のようになる日や、湿気をふんだんに帯びた雨が降る日は、ケイジもトウコさんも貸本屋の本棚を歩き回って半日を過ごした。
そうは言っても、ケイジは元より本を嗜まない人間なので背表紙を流し読みするだけだ。
トウコさんはケイジが詰まらなそうにしていることに気づいて、手招きをした。
「ケイジくん、何か読みたい本はありますか? お貸ししますよ」
トウコさんの心遣いは嬉しかったし、彼女と共通の話題ができると考えると読みたい気分にもなってくるが、
「やー、金持ってないし」
彼女はきょとんとした。
「いいですよ、お金なんて」
ここ、貸本屋じゃなかったっけ?
――まあ、トウコさんが良いと言うならば良いか。
ちょっと真面目に本を探してみた。
そして、ケイジが不意に魅かれてなぞった本の背表紙にトウコさんが目を留めた。嬉しそうに回り込んでくる。
「あ、ライラン・フランク・ボームの『オズの魔法使い』ですか? 誰が好きです?」
『オズの魔法使い』に出てくる登場人物の中で、誰が好きかという問いだ。
「あー……勇気を欲しがるライオンかな。僕もこいつみたく臆病な自覚あるから。
中二の夏だっていうのに学校から逃げて、結局取り残されてくんじゃないかって焦りとか、ちょっとライオンと重なる、みたいな……」
喋りながら、何故こんなことをトウコさん相手に語ってるんだろうと自己嫌悪に陥りかけた。
トウコさんはそんなことは意に介さず、大真面目に頷いた。
「あたしは心を欲しがるブリキの木こりです。……あたしもずっと心を探しているので」
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