第2話

 昨日のトウコさんの期待に満ちた瞳に舞い上がって、短歌らしきものを幾つも作ってきてしまった。


 まずはこれだ。


『鍋蓋のメッキ剥がれてお星様光ってはしゃぐ自分が痛い』


 トウコさんは時間を掛けてケイジの短歌を眺めていた。


「上出来だと思います! まず説明文にならなかったことが偉いです!」


 経緯の説明を入れようとしても字数が足りなかったんだよ……。


 ちなみに彼女も一首作ってきたらしい。


『髪の毛が排水口に溜まってく欺瞞ぎまんをせきとめた果てに死ぬ』


 ケイジが何とも言えない顔で見つめると、トウコさんが慌てた。


「一応、言わせて下さいね? これはあんまり良くない例です。下句で句またがりしてますし……」


「句またがり?」


「ええと、『せきとめた』って単語が四句と結句をまたがってますよね……?」


あ、『欺瞞をせきと/めた果てに死ぬ』ってとこか。読みづらいな。


「せめて良い例出してよ」


 トウコさんがむっと口を尖らせた。


「そんな一朝一夕で良い短歌が作れたら頭抱えてうんうん唸ってませんよぉ」


 拗ねてしまったトウコさんを慰めてから、ケイジの作ってきた短歌を全て見せてみた。


『菜の花に埋もれて空を見上げてる日のぬくもりに泣きそうになる』


『足音を音符にすれば胸弾む毎朝タンタン階段のぼる』


『看板の手書きの文字に親切が滲み出ている散髪行こう』


 こちらの短歌はあっけらかんと一刀両断してくれた。


「全然だめですねぇ。無理に明るい歌にしたのではないですか? ケイジくんらしさが消えてます」


 らしさってなんだよ。

 ケイジはむくれて反論を試みた。


「いや、暗いのばっかじゃどうかと思って……」


「……誰かにそう指摘されたのですか?」


 ケイジが首を横に振ると、トウコさんは悪戯っ子の顔になった。


「これ全部、暗い歌もしくはケイジくんの実感の伴った歌にしてきてくれますか?」


 は⁉ 全部⁉ 無理……。

 と続けようとしてトウコさんの視線の圧力に負けた。


 それから短歌を作ってはトウコさんに見せ、を繰り返す日々だった。


 ひと月が経つ頃にはケイジも創作活動にのめりこんでいた。

 短歌創作はトウコさんの元に通い続ける名目でもあった。




 短歌添削中、よく話が脱線した。


「ケイジくん。前世って信じます?」


 それはトウコさんらしからぬ言葉に聞こえた。


「あたしは前世で貧しく生まれました。自分のものとして所持していたのは母の形見の帽子だけ。

 その他、足りないものは何でも盗んでいました。バック、夕飯、服、宝石、家、愛情、家族……。

 段々とただ奪うのではなく、人の心の隙につけこみ騙し取るようになりました。あたしは詐欺師でした」


 どこか遠い国のおとぎ話を口伝えるような、本当の罪の独白のような、奇妙な熱を帯びた目だった。


 ケイジは「へえ……」と言ったきり言葉が出なかった。


 トウコさんは叱られる前のようにケイジを窺った。


「あの、信じます?」


「悪いけど……」


 ケイジが苦笑すると、トウコさんは「すみません……」と項垂れ、すぐに話題を短歌のことに戻した。





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