お星さま光って

第1話

 ケイジはアルバイト先で客に難癖をつけられ、ムカついて飛び出して、逃げた先でトウコさんと出会った。


 彼女は菜の花畑を夢現の足取りで歩いていたのだ。

 日傘も帽子すらなく、その白い肌を惜しげもなく日光に晒して。


 彼女はケイジに目を留め、はっと夢から覚めたような顔をした。


「あの、あたし、貸本屋をしている者です。実は開店以来お客様が一人もいらっしゃらなくって困っていたのです。ぼく、少し寄っていかれませんか?」


 その穏やかな声音に誘われるまま貸本屋の扉をくぐった。


 ケイジはその日から野良猫のように貸本屋に居ついた。

 トウコさんは十も年上だと後に知った。




 トウコさんは変人だった。

 偶に庭をうろちょろする蜥蜴を追いかけ回している。


 蜥蜴が尻尾を切り落として素早くくさむらに身を隠せば、彼女の興味は勢いよく地を跳ねる尻尾の方へと移る。


 彼女はその尻尾が息絶えるまで見守り、あろうことかぐったりと絶命した尻尾を口に運ぼうとした。


 その時は流石にケイジが全力を尽くして止めた。

 彼女は何故叱られているのか分からないようでにこにこ笑った。


 そんな人だったから、ケイジは目を離せなくて貸本屋に通い詰め、すぐにトウコさんのいる生活に馴染んでしまった。




 彼女をトウコさんと呼び慣れた頃、彼女が熱心に書き綴っているノートの存在が気になり出した。


 ある時こっそりのぞいてしまい、そのことが露呈した。


「だめっ」短い悲鳴だった。

 ノートを掻き抱いたトウコさんの目には不信がありありと広がっている。


「トウコさん、ごめん、それ……」


 ノートには彼女のものとは思えないほど大小様々な単語や短文が散らかっていた。


「これは別に、大層なものではないのです……。あたし、よく短歌を作っていて、これは思いついたことを書き留めるためのノートです……」


 短歌。ケイジに馴染みのないものだ。


 トウコさんが顔の前に掲げたノートから目だけを覗かせた。


「……ケイジくん、短歌を作ってみます?」


 反射的に忌避したい気持ちが湧いた。


 そんな堅苦しそうな響きのモノ、自分に扱えるわけがない。


 しかし、彼女からの初めての期待に応えたくて頷いてしまった。


 トウコさんの挑発にまんまと乗せられていた。


「短歌は五七五七七の三十一音から成り立ちます。では、早速ですが五か七のフレーズを何か思いつきませんか?」


 彼女の瞳が挑戦的に輝いた。


 ケイジは彼女の思惑に乗せられていることに不貞腐れて投げやりになる。


「お星様ー、キラキラ光ってー、きれいだなー」


「素敵ですね。では、余分な言葉を削ってみましょうか」


 まさかこんな雑な五七五を添削する気なのか。


「まず、余程のことがなければ感情語は使わないのです。あたしは入れなくても読者に『きれいだな』って思わせたら勝ちって気でいます」


 何の勝ち負けなのだろう?

 トウコさんが「きれいだな」の文字に取り消し線を引いた。


「そして、『キラキラ』と『光って』は意味合いが同じですね」


「じゃあ、お星様光って?」


「そうですね……」


 歯痒そうなトウコさんに、ケイジは突っかかってしまう。


「トウコさん、正直に言ってよ」


「その、気を悪くしないで下さいね。『星』という語句に光るイメージはくっついてきます。雨は降るものですし、花は咲くものですし、星は光るものです。

 それと……『お星様』という言い回しにこだわりがなければ、わざわざ音数を費やすこともないのかもしれません」


 遠回しだが、要は「お星様キラキラ光ってきれいだな」の十七音を必要最小限にすると、残るの「星」⁉ 二音⁉


 あたふたするケイジに、トウコさんはくすくす笑いながら取り成した。


「あたしなら『星』のみするかもしれませんが、これはケイジくんの短歌ですし、今回は『お星様光って』を残しましょう?」


 子供を宥めるような口調……。


「あ、でも待って」


 やさぐれる気持ちを脇に置いて、ふっと湧いた考え。


「星って綺麗か? なんかさあ、鍋蓋のメッキが剥がれたとこみたいにポツポツ白くてむしろ汚い……」


 トウコさんがケイジの手をガシッと鷲掴んだ。


「それ! 素敵です! それで作って下さい!」


 最初に何も考えずに並べた五七五と今とでは食いつきが違う。

 ケイジはトウコさんの創作意欲に火を点けてしまったらしい。





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