第2話

 交番に着いて、被害の説明を簡単にした。


 被害に遭った自宅アパート前の現場にも男性の警察官二人と珠香と聖良の、四人で歩いて行った。

 被害に遭った時に着ていたシャツを警察官に渡した。


 これから調書を書くから、と言われて交番に戻った。

 机を挟んで向かい合って座っている男性の警察官が調書を読み上げていた。


「……私は本当に怖い思いをしたので、えー、早く犯人を捕まえてください」


 警察官の棒読みの低い声に、珠香は思わず口を挟んでしまった。


「あの、怖い思いをしたというか、そこまでは……、大したことなかったので……」


 警察官の顔色を窺うような、媚びた自分の態度に愕然とする。

「大したことない」という台詞が自分の口から零れたことにも。


「でも、怖い思いをしたって書かないと被害届出せないからね?」


 警察官は、我が儘な子供に言い聞かせるように、いかにも辟易した顔で片方の眉を上げた。


 後々に思い至ったのはこれが親告罪だったんじゃないかということだ。


 被害者からの訴えがなければ刑事事件として扱えないのだから警察官からすれば、被害を訴えてきたくせに何を言ってるんだこの女は、といったところか。


 帰り際に警察官が世間話のトーンで漏らした。


「最近多いんだよねぇ。他にも被害が出てて」


「あ、そうなんですね」


 相槌を打ったのは聖良だ。妙に納得したという声音で。

 ……たった今納得できたという声色にも受け取れてしまった。


 ちょっと待って。もしかして今の今まで私の言ったことを疑ってたの?

 私は何かを痴漢だと勘違いしていて、本当は誰か知り合いの悪ふざけだったんじゃないか、とでも思ってたの?

 いや、それは無理がある。


 けど何にせよ、聖良が私を信じてなかったことは確かなのかな……。




 聖良とは高校時代からの付き合いだ。珠香が唯一親友と呼べる相手。


 珠香は気が強く、悪く言えばプライドが高い。聖良はそれと正反対だ。


 彼女はクラスの中でも大人しい性格で、ポメラニアンのようにふわふわした垂れ目。


 大学に進学することを選んだ珠香と違い、聖良は就職を選んだ。

 仕事内容を嬉々と話す彼女を前に内心、焦燥に駆られた。

 どんどん社会人になっていく聖良。


 珠香にはない確かな基盤を着実に手に入れていることが何気ない呟きから、それこそ週末に出掛ける予定を二人で立てる時にだって、窺えてしまう。


 劣等感を撒き散らしたがる心を、飴玉を噛むようにガリガリ砕いて飲み込んだ。

 尖った飴玉の破片が喉をつっかけて過ぎていく。

 飴玉が溶け、異物感が消えるまではいつもじっと口を噤んでいた。


 珠香が聖良を慰める図ならこれまでいくらでもあった。


『知り合いもいない仕事場で上手くやっていけるのかな……』


『上司が笑顔の少ない人で……。私が怒らせてるのかな』


『私ほとんど役に立ってない気がする……』


 聖良が愚痴を漏らして甘えてくるたびに、珠香は姉を気取って髪を梳いた。


 だから余計に聖良からの慰めを期待することは珠香のプライドが許さないのだ。

 この程度のことで傷ついていると思われることすら我慢がならない。






(※「親告罪」について改めて後書きで説明する予定です。)





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