氷の上の宝玉
平日はどうしたって食事がおろそかになる。
昼は社食でなにかの麺、もしくはコンビニのおにぎりとカップ麺。夜は夜で、スーパーで見切り品の惣菜をみつくろって適当に済ませる。
もうちょいうまいもんが食べたい。淡い不満を持て余したまま金曜日。仕事の合間にふとスマホを見ると、沢村からメッセージが入っていた。
〈お宝入手しました。こないだのお礼に持っていきたいんですが、今日大丈夫ですか?〉
文章だとちょっと畏まるのがおかしくて笑う。お宝ってなんだ。いかがわしいものじゃないだろうな。
べたつくシャツに辟易しながら帰宅すると、ドアの前で沢村が待ち構えていた。俺に気づくと「見て見て」と子供のように駆け寄ってくる。
まるまると太った茄子だった。水茄子というらしい。
「行きつけの飲み屋でめちゃくちゃ美味かったんで、言ったらちょっとくれたんすよ」
「金ないんじゃないのか」
「まあまあ、飲みにくらい行かせてくださいよ。で、このタイミングで茄子っつったら先輩しかいないと思って」
部屋に上がると、勝手知ったる様子で台所に立つ。その手際のよさを横目に、俺はスーツを着替えに行った。
しばらくして戻ると、ちょうど支度が済んだところだった。皿に敷いた氷の上に、割いただけの茄子とそうめんが盛られている。
「生じゃん」
「まあ、食ってみてくださいよ」
「……いただきます」
促されるまま、添えられたもろみ味噌をつけてひとかじり。てっきり苦みやえぐみがあると思いきや、みずみずしい甘さがふわっと広がる。
「うまい」
「でしょう」
べつにお前の手柄じゃないだろう、と喉まで出かかったが思いとどまる。このところの食の充実は、間違いなく沢村のおかげなのだ。
「釣れたのがお前でよかったよ」
「えっ」
心からの賛辞に、沢村はぎょっと身構えた。なんだ、まったく失礼なやつ。
味噌もいいけどめんつゆでもうまそうだな。一度ハマると、今度は食べ方を考えるのにいそがしい。どうやら、俺のなかに眠る食い意地が目覚めてしまったらしかった。
もくもくと箸をすすめる俺にようやく警戒をといて、沢村も椅子を引いた。うまいものはうまいのだ。そして、うまいものの前では何人たりとも和解すべきなのである。
茄子紺の宝玉は、氷に抱かれてきらきらと輝く。ルームシェアの話が出るまで、そう長くはかからなかった。
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